十話:残り
魔の大氾濫から明日で一ヵ月が経とうとしていた。
世界規模の自然災害の爪痕は未だ深く、悲しみに暮れる人々も多い。
日本のどちらかといえば田舎。 いや、そこに住む人々以外は県名すら知らないことが多いくらいの田舎県――別名、陸の孤島『群馬』。
地震による津波の被害も台風の影響も原子力発電所の諸問題も、奇跡的に回避するその県は、今回の災害でも日常生活の復旧が困難のような影響はなかった。
「こっち、こっち――――隼人!」
しかし世界各地で頻発する不思議な現象は起きている。
むしろ他と比べて多いくらいに頻発している。
「下がれ!」
「うん!」
颯爽と。
黒の服に身を包んだ男――隼人が走る。
少し厳つい目は鋭く正面の女性が見つけた獲物を捉え。 アスファルトの道路をゴツゴツとした黒のブーツが踏みしめ、握り締める手には黒の皮手袋と、風になびく茶髪以外は黒で統一されている。
「ギュイ!?」
急接近する隼人に気づいた獲物。
可愛らしい鳴き声を上げ、反撃の突進を繰り出し。
二つの距離が詰まる。
「ギュィ!!」
「シッ!!」
獲物、大きな角を持った薄茶色の兎――兎とはいっても一メートルほども大きいのだが――の突進を横に躱し、隼人は振りかぶった拳を叩き込む。 果たして、兎はゴムボールのように地面を弾み煙となった。
「おおおお!」
「すげぇ、隼人!!」
隼人の動きはまるでプロの格闘選手のような、いいや、それ以上の動きを見せていた。
そんな彼を称賛する声が聞こえた。 その声を上げていたのは彼と同じくらいの若者たち。 つまり高校生くらいの集団だ。 それぞれ武装している。 鉄製バット、木刀、バール。 こんな物をもった馬鹿そうな高校生集団などすぐに通報されそうなものだが、彼らは自称『三之森高校自警団』である。
「カッコイイよ、隼人ー!」
武器を持つ者だけではない。
現代の若者の必須アイテムであるスマホで取られた映像は世界へと発信される。 再生数はうなぎ登り、信者は増え、広告収入も増える。
そして獲物が消えた後に残った石や物もまた、少なくない値段で売れた。 命の危険にみあったものか? そうと問われると疑問だが、高校生の彼らからしてみれば大金であった。
「よっしゃ! 俺たちも行くぜぇ!!」
この狩りは、彼らにとって体のいいバイトであり、遊びだ。
相手は異形の危険生物。 倒しても煙となって消えて行く。 ゲームのモンスターのように。 それゆえ倒しても――殺しても禁忌感などないようだった。 たとえ人型の生物だとしても。
「出たな、ゴブリン!!」
現れた緑の魔物。
数は多く四体。 この魔物は群れでよく出現していた。
「予定通りいくぞ」
「おう!」
人のいない公園。
現在日本では特別刑法にて外出禁止令が出されている。 それは陸の孤島『群馬』でもきちんとアナウンスされているはずだが、若者の耳には聞こえないらしい。 大抵の住民は避難場所である学校などの公共施設に避難している。 もちろん若者以外でもテレビやネットでしか魔物を見たことの無い人も多く、家での生活を送っている人たちも多い。
「ギャギャ!」
「うあぅ! ……すげぇ、怖ぇええええ!?」
粗末な短剣を持ったゴブリンと、武器を持った高校生が向かい合う。
威嚇の声を発するゴブリン。 醜悪な見た目と真っ赤な瞳、それに殺気。 対峙する高校生たちは腰が引けている。
「スタンフラッシュ!」
相手の動揺を見抜いたのかゴブリンたちは口角を上げ襲い掛かろうとしたとき、魔法が放たれた。
高校生たちの後ろから強烈な光――スタンフラッシュが発動され、ゴブリンたちは短剣を落とし両手で目を押さえ苦悶の悲鳴を上げる。
「ナイス、隼人!!」
無力化されたゴブリンへと、一斉に武器が振り下ろされる。
戦闘は一瞬で終わった。 背も低く貧弱な体のゴブリンは素人の攻撃でも数発で倒せる。 まさにやられ役の魔物。
(使えるな)
隼人は新たに手にいれたスキル【光魔法Lv.1】の手応えに拳を握る。
五回目のレベルアップで手にいれたモノだ。
どの程度ゴブリンに効くかわからず、一人では試していなかった。 しかしこれならば一人で戦える、と隼人は笑みを浮かべる。 その表情に取り巻き女子たちの黄色い声が漏れた。 また新たに増えた取り巻きたちは珍しく機嫌の良さそうな隼人に、ここぞとばかりにタオルや飲み物を持って近づいてくる。
「ふぅ……」
高揚からか火照った肌を夕暮れの風が撫でる。 ひんやりとして気持ち良く、夜の訪れを感じさせるにおい。
しかし何か不吉な。
気分は晴れない。 迫っている。 暗い闇の底から、言い知れない不安が近づいて逃げられない。 そんな感覚に彼は囚われていた。
「なんか増えてるよな〜〜」
魔物の発生する頻度。
現れ始めたころは見つけるのに何時間も掛かったものだが、今では複数の種類の魔物が至る所で発生している。
「どうなっちまうんだろうなぁ」
弱気な声を漏らす者。 他の者たちもどこか不安そうな、見通しの利かない未来に怯えるような表情をしている。 そんな者たちに隼人は声を掛けた。
「大丈夫だ、――俺がいる」
たった一人で魔物を圧倒する彼、不思議な技を使ってみせ魔物を倒させてくれた。 あまり評判の良い者ではなかったのだが、状況がかわったならば頼りになる者であった。
だからだろう、若者たちの魂は奮った。
「お、俺たちもッッ――――――――!?」
静まった世界に、決意の声を遮るように、警報の音が鳴り響いた。
世界中の放送機関はジャックされ、映像は数字のカウントダウンを映し放送は時刻を刻む。
「……」
残り、24時間。
次回……遂に……('ω')