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一話:プロローグ

金曜日書き溜め投下。


 人はどこまで残酷になれるのだろう。



 戦争なんて特別な状況ではなくて、普通の、ごくごく平凡な日常の、ただの学校生活で、僕こと『斎藤 命』は考えていた。


「おらおら、早く食えよ。 昼休み終わっちまうぞ~?」


「ぎゃははっ!」


 僕にとっての社会――高校の教室では、下品な女の笑い声と周りからの蔑みの視線とクズ男の暴力が僕を襲っていた。

 誰も助けない、誰も関わろうとしない、誰も目を合わせようとしない。 あぁ、目を逸らしているのは僕もだからしょうがない。


「うぐぇ!?」


 焦れたクズ男が僕の髪を掴み顔を上げさせ、無理矢理にパンを口に放り込んできた。 ご丁寧に、数週間前僕から盗んだ物を腐らせてカビだらけにしたパンをだ。 何が見つかった、喜んで喰えだ。 フザケルナ。 僕は涙を流しながら、クズ男を睨みつけた。


「あ゛あ? ……なんだその目、生意気だな」


 僕のクラスのスクールカーストで上位に立つクズ男。

 声は大きく体はでかく、野蛮で暴力的で不良の真似事をしてバカそうな女子たちをいつも連れている。 今もバカそうな女子たちは、やっちゃえ、とクズ男を煽る。 そんな声援を受け、僕を椅子から突き飛ばしたクズ男は肩で嗤う。 そしていつものように理不尽な暴力だ。


「ふん。 『ゴブリン』の癖に調子のんじゃねぇよ」


 身体的特徴で人を罵るのは最低だ。 僕だってこんな容姿で生まれたかったわけじゃない。 背は低くてヒョロヒョロで頭だけでかい。 小・中のあだ名はもやしだった。 色白だからね。

 高校に入ってクラスに馴染めない僕に、バカな女子がスマホ片手に何も考えずに言った『やばぁ! アイツちょー似てるよぉ、このゴブリンに!!』そんな相手のことなど何も考えていない言葉の暴力で、ファンタジーゲームのやられ役の如く、僕へのイジメが始まったのである。


「っあ、ぐッ……」

 

 予鈴が鳴った。

 仕上げだといわんばかりに、僕の鳩尾に蹴りを入れたクズ男。 容赦のない一撃に呼吸は一瞬止まり痛みと最悪の気持ち悪さが襲ってくる。 

 でもよかった、何も食べていなかったから吐かずに済んだ。


――ガラガラガラ。


 僕はバカな女子たちの嗤い声を背に受けドアを開けて教室を出る。 

 教室に向かう担任教師と目が合うが、その冷たい視線は一瞬僕を見てすぐに何も見えなかったように逸らされた。 あぁ、どうして。 誰も助けてくれない。 あぁどうして。 僕が悪いのか?


「み~つけたぁ♪」


 僕は午後の授業をサボり屋上で空を眺めていた。 本当はすぐに家に帰り引きこもりたい。 でもダメだ。 母親にバレてしまう。 心配はさせたくない。 せっかく担任教師が僕がサボってもクラスでイジメがあっても何もなかったことにしてくれているのに。 もちろん自身の保身の為だろうけど。


 何度目かのチャイムの後、聞きたくなかったバカな女の声がした。

 あぁ嫌な笑顔だ。 罪悪感などない、自身が何も悪いことをしているなど考えたことも無い。 そんな笑顔。 手に持つスマホを高速で操作している。 仲間を呼んでいるに違いない。 バカとクズがやってくる。 僕はすぐに立ち上がって屋上から逃げ出す。 


「どこいくの、あっ!」


 逃げる僕を捕まえようとしたバカな女子を、押し倒してしまった。

 振り払えるほどの力はなく、崩れた体勢を立て直せるほどの運動神経もなく、結果バカな女子の上に馬乗りになるとは。 そして、召喚されたバカとクズはやってくる。


「なにしてやがる!!」


 クズ男がいつにもましてデカイ声で叫んだ。 天井の無い屋上、空へと吸い込まれていく。 僕は突き飛ばされ屋上を転がった。 

 そして僕に押し倒された女子は100%の虚言でクズ男に媚を売っている。 いやいや、レイプなんてしようとしいませんよ? 誰がおまえみたいなビッチ……。


「……少し痛い目に合わないとわかんねぇようだなぁ?」


 ビッチの戯言を真に受けて、僕を殺さんばかりに睨みつけるクズ男。

 あぁしかしマズいかもしれない。 彼はクズらしくいつも人の目を気にしてやり過ぎない。 周囲が引きすぎないギリギリで、イジメを行っていた。 小突いたり、髪をひっぱたり、平手で叩いたり、尻を思いっきり蹴ったり。 予鈴で周囲の関心が薄れ死角になる位置を見計らってから鳩尾に蹴りを入れてくるくらい、クズ男なりに周りを気にしている。 しかし今は屋上。 バカな取り巻き女子とクズ男しかいない。


「――ギャハハハハハハハハハハハハハハ!」


 はたして、僕は今まで最悪の羞恥と屈辱と絶望と、殺意を覚えた。 僕は妄想の中で、僕にする仕打ちを彼らにも与えた。 そうしなければすぐに僕の心は壊れてしまうから。


 あぁ、人はどこまで残酷になれるのだろう?


 今僕に力があったなら、どこまでも、この屋上の空のように晴れ晴れと、僕の心に目覚めた残酷は広がっていくのだろう。


「おねがぃ……、やめて……」


 そんな僕の心に広がっていく思いとは裏腹に、小さな小さな僕の願いは彼らには届かない。


 世界が変わらない限り、きっと届かない。



◇◆◇



「ごめん、母さん……」


 僕は母への手紙と、遺書を自分の部屋に残した。

 パーカーを羽織り、自転車に乗って月明りと点々とした街灯の下を駆ける。 冷たい風が気持ちいい。 殴られ傷つけられた肌は熱を持っていてちょうどいいんだ。


「……」


 夜の教室。

 手に持つのはロープだ。 

 

「なにもない」


 イジメの思い出以外に、なにもない。

 エスカレートする行為に僕の心はすり減った。 限界まですり減ってあっさりと消えてしまった。 今、僕の心は驚くほどに平穏だった。


「おわりだ」


 ロープをセットして僕は裸になった。

 傷だらけだ。 バカな女子がつけた火傷痕に、悪戯で押し付けられたナイフの痕、毎日書かれた落書きはもう消えることはない。 酷いものだ。 できれば死んでも隠しておきたいものだけど、どうせ明日には世界中に拡散される。 バカな女子がスマホの共有アプリに乗せたから、一気にね……。 クズ男は珍しく狼狽えてた。 そうだろう、そんなことをすればマズいことになるのはあっちだって同じだから。


「はは……」


 机の上に乗りロープを持つと、脚から震えがきた。 震えは全身に寒気で頭も痛く気持ち悪くなってきた。 さんざんバカな女子たちに踏みつけられ粗末と罵倒されたイチモツも限界まで縮小している。

 怖いのか? 僕は死ぬのが怖いらしい。


「無理だ……」


 輪に首を掛ける。 後は机からおりるだけで僕の人生は終わりを迎えることができる。 惨めでなんの楽しみもない、何がいけなかったのかわからない、でもきっと僕が悪かったんだろう。

 僕は自分を責めながら、首に掛けた輪を外そうとした。 

 その時だ。


「――――ッッッッ!?」


 地震。

 地震大国の日本においても大きいと感じるような地震は突如やってきた。 それだけじゃない、耳を劈くような雷が、豪雨が教室の窓を叩く。 驚いた僕は机の上でバランスを崩す。 僕のどうしょもない運動神経は、体勢を立て直すことも首からロープを外すこともできなかった。


「かはっ……あ゛ぁ……」


 まさか天に背中を押され自殺をすることになるなんて……。

 当初の目的を果たそうとする僕に走馬燈は駆け巡る。

 あぁ、本当に惨い人生だ。 

 楽しい思い出なんて何一つなくて、ただただ、僕の人生は虐げられるだけだった。 

 

「グガ……ゲ、るぅっ、あぁ゛ッ……」


 ロープが絞まる。

 死が間近に迫る。

 そして湧き上がってきたのは、『怒り』だった。



「――ッガア゛アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」


 バカにクズに世界に、自分に。

 ただただ怒りが湧いて、あらんかぎり僕は叫んだ。

 どうして戦わない、どうして自分で変えない、どうしてどうしてどうして。 あらゆる言い訳を否定して僕は考え続けた。 けれど答えはでない。 

 

「ああああ……」


 視界が光に包まれて世界が闇に染まり白く乾いていく。


 気づけば僕は、白の世界に立っていた。





ブクマ評価に感謝。

感想に狂喜乱舞、エタ率低下('ω')

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