一番ヤバいのは先生でした
ニコニコと笑顔を絶やすことなく浮かべている女教師の佐藤だったが、三島の質問には一切答える様子は見られない。
思い起こせば職員室に足を踏み入れた時点で佐藤の様子はずっとこんな感じだったとマックスはつい数十分前の出来事を振り返った。
(このティーチャー、笑ってやり過ごそうとしている・・・!!)
「あの、先生・・・こんなこと言うのは失礼だってわかってます。
わかってますけど、どう見たってマックスくんは大学生、いや、社会人にしか見えませんっ!!!」
まるで弓矢でも飛んできたかのように三島の言葉という名の矢がマックスの胸にぶすりと刺さる。
思わず胸を押さえるマックスは思う。
そんなにか、と。
「言いたいことはよくわかりますよ、三島くん。」
(いや、わかっちゃダメだろ・・・)
「でもよく考えてみてください。日本人が外国に行った際によく子供と間違えられるという話があるでしょう。
それと同じで外国の方は日本人と比べて大人っぽいのです。
ですから、マックスくんもこんな見た目ですが実年齢はちゃんと貴方たちと同じ13歳の少年なのです!」
(今、”こんな見た目”って言った・・・。ティーチャー、”こんな見た目”って言ったよ。)
「せ、先生ぇ・・・僕が間違ってました。マックスくんごめんね、ようこそ我が2年1組へ!!」
「サンザンウタガワレタアトニムカエラレテモウレシクネーヨ!!!!」
マックスの怒りも空しく、2年1組の教室内ではパチパチとマックスを迎えるクラスメイトたちの拍手が鳴り止まなかった。
その様子に佐藤は薄っすらと目尻に溜まった涙を拭い、三島をはじめとするクラスメイトたちはスタンディングオベーション状態。
マックスはここで本当にやっていけるのだろうかと不安を感じずにはいられない。
だが、転校早々のマックスを襲ったのは年齢詐欺疑惑だけではなかった。
ほとんどの生徒が立ち上がり、拍手を送る中、教室内には数名ほどその光景を冷めた目で見ている生徒たちの姿がある。
その中でもくだらないとでも言うように頬杖をついて教卓の前に立つマックスに視線を向けている少年、後藤はマックスの髪に隠れていた右耳に僅かに光るものを発見し、ニヤリと口角を上げた。
「先生。」
「は、はい。なんですか後藤くん。」
「マックスくんの耳にアクセサリーついてるんですけど、うちの学校って校則でそういうの禁止されてますよね?
注意しなくて良いんですかぁ?」
「えっ!?」
(おまっ!!余計なこと言いやがって・・・!)
「マックスくんちょっと耳元見せてね。」
佐藤の手がマックスの耳元にかかる髪に触れる。
髪を少しずらし、マックスの耳が露わになると博士お手製の翻訳付きイヤリングが彼女の目に映った。
佐藤はため息を一つ付くと先生らしく厳しい顔つきでマックスと向き合う。
「あのね、うちの学校ではアクセサリーは禁止なの。だからこれは学校に付けてきてはいけないわ。」
先ほどまで笑ってやり過ごそうとしていた顔はどこへ行ったのやら。
教師としての役割を果たさんと真面目に振舞っている佐藤に対してマックスはただただ危機感を覚えた。
(ど、どうしよう・・・これがなかったらまともに会話成り立たないんだが・・・)
「デモ、ボクノイタクニデハアクセサリーオッケーダッタヨ?
ボクノトモダチナンテ、ミミノアナガドレカワカラナイクライアナダラケダッタヨ!」
「何それ!?怖っ!!!
と、とにかく・・・ここは貴方のいた国ではなく日本の学校です。
ここにいるからにはここのルールに従ってもらわなければなりません。」
「ジャア、アレダ!!コレ、マミィノカタミデース!
ボク、マミィノカタミハズシタクアリマセン。」
「今、”じゃあアレだ”って言ったよね?絶対嘘だよね?」
「ソ、ソンナコトナイヨ・・・」
「本当に?」
「ホ、ホントウダヨ・・・」
「・・・」
「・・・」
ギラリと光る鋭い眼光に思わずマックスは目を逸らしたくなった。
否、逸らした。
ふと視線を再度佐藤の目に移してみれば、先ほどの光はなく、その代わりにその深い深い黒い瞳が映る。
まるでブラックホールのように全てを吸い込みそうになるくらい深く暗い。
目玉が飛び出さんほどに見開いた目に光は宿っておらず、あまりの恐怖にマックスは呼吸が荒くなるのを感じずにはいられなかった。
「ゴメンナサイ、ウソデス。」
「没収しまーす。」
「ノォォォオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」
目にも留まらぬ速さでイヤリングをぶちりと奪い去っていった佐藤の神業にマックスはまるで耳が引き千切られたかのような痛みに悶え苦しむ。
その叫び声は2年1組の教室を飛び越えて隣近所、同じフロア内にまで響き渡るほどだった。
(このティーチャー容赦なさすぎだろっ!!)
だがしかし、これだけでは終わらない。
ゲラゲラと教室内に笑い声を響かせている元凶の後藤がマックスの首元に見え隠れするチョーカーにも目をつけたのだ。
「せーんせぇー!マックスくん首にチョーカーもつけてんぞ!!」
「オマエ!!コノハチノスアタマガッ!!!フザケンナヨ!」
「あ゛ぁ゛!?誰が蜂の巣頭だゴラァ!!!!」
「はい没収。」
「ブ、ブビバ・・・ブビバ・・・(く、首が・・・首が・・・)」
アクセサリーを没収されたことでマックスが周囲と会話ができなくなったことは言うまでもない。
急に会話が通じなくなったことでクラスメイトから変な目で見られ、中学生活初日は散々なスタートとなってしまった。
その日の放課後、職員室へと呼び出されたマックスの元に戻ってきたアクセサリーはどちらも使い物にならないほど壊されていたという。
(あのティーチャーどんだけバカ力なんだよ・・・)