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メルティピンクの大冒険  作者: カンパニーN
跳べ! 真里!!
8/10

02

一週間後。


真里とみその、そしてアリサは、都内のデパートにいた。


平日の午後なので、休日ほどには混雑していない。彼女たちは学校が終わった後、ここで待ち合わせた。


「あたし、新しいトートバッグが欲しいなぁ~。みそのちゃんは?」


「あたしは帽子新調しようかな。レザーっぽい感じのショーパンもいいな」


「アリサはねぇ、えぇっとねぇ、何にしようかなぁ」


少女たちは口々に、勝手な買い物計画を立てている。


その横で、ジキルはコホンと咳払いをした。


「あんなぁ、お嬢さま方」


「へィ?」


「はーァ?」


「なぁに?」


「いや、アリサはええねんけど。なんで、お前らも一緒におるんや?」


真里とみそのは心外だという顔をした。


「何よーう。四人で来なかっただけ有り難く思いなさいっての」


「そうだよ。まあ、雅香ちゃんと紗菜ちゃんに、おみやげは買ってもらうけどさ」


「いや、せやから、なんでお前らの分までワシが……」


するとアリサが、ジキルのTシャツの裾を引っ張った。


「アリサがさそったの。だって、うまく跳べたの真里ちゃんたちのおかげだもん」


「んうう……ア、アリサがそう言うなら……しゃーないなぁ」


「さすが店長っ! 気前がいーねっ」


真里が手を叩きながらその場でジャンプした。


みそのも腕を組み、当然だという表情で深くうなずいている。


二人は大きなつばのリボンキャスケットを目深に被り、一応は変装していた。


真里は薄い緑色のフレンチスリーブのタンクトップ。襟と袖の淵に黒い線が入っている。ボトムはいつものデニムミニだが、裾の部分に銀色の鋲がちりばめられていて、ややパンキッシュなイメージだ。


みそのは大きなフレームの眼鏡をかけている。もちろん、度は入っていない。服はピンクのむら染めTシャツと、飾りファスナーが縫い付けられた、インディゴブルーのコットンショートパンツである。


確かに一見、どこにでもいる小学生のように見える。しかし、アイドルの華やかな雰囲気は、なかなか隠せるものではなかった。


そういうわけであるから、


「……で、どうして俺までがここに来なくちゃいけないんだ?」


という槍介の問いの答えは、考えるまでもなく、わかり切ったことなのである。ここにいる二人がスターだからに他ならない。


雅香と紗菜の二人は、今日もユニット『MasakaSana』の仕事で別行動である。先日と同様、そちらにはマネージャーの直子が付いている。


「本当は、マネージャーもこっちに来たがってたんだけどね」


みそのが言った。


「どーして?」


真里が尋ねる。するとみそのは、


「人相の悪いおじさん二人で小学生を連れ回してると、通報されるかもしれないからだってさ」


と、淡々と答えた。直後、


「悪かったな!」


男二人の声がハモッた。


そういった類いの周囲の視線にもめげず、成人男性二人は三人の美少女を連れ、デパートのエスカレーターを上に昇った。


途中、子供服売場で時間を費やす。


真里とみそのは目を輝かせて、商品をいろいろと漁った。


「このバッグ、ダンスのレッスン行く時にいいなあ! いっぱい入りそう!」


「この帽子可愛い! 見て見て真里ちゃん、ここが猫耳みたいになってるの」


「うわぁ、かわいいね~っ! ねえ、この髪飾り紗菜ちゃんに似合うんじゃないかな」


「このリボンタイ、雅香ちゃん向きだよ。とってもお嬢さまっぽいもの!」


きゃあきゃあと騒ぎながら、片っ端から商品を抱えて行く二人であった。


「そっちのお嬢ちゃんは、洋服は買わないのか?」


槍介がアリサに尋ねる。アリサは売場の商品にあまり興味を示さず、ジキルの手にぶら下がったままだった。


「うん。だってアリサは、ジキルの作るお洋服がいいんだもん」


そう、アリサは槍介に向かって言い放った。


今日の彼女の服も、ジキルの手によるオートクチュールである。首から胸にかけて黒いレースがふんだんにあしらわれ、その下から赤いタータンチェックの生地が覗いている。ウエストの左右には編み上げリボンが施されて、キュッと絞り込めるようになっている。裾はミディ丈で、四段のティアードスカート。その切り替え部分にも、赤いタータンチェックをギャザーフリル状に加工したものが使われていた。


「アリサは、文房具やオモチャの方がええもんな。あれ何やったっけ、サンリオのでか垂れ耳の白い犬」


「シナモンロールだよ、じきる!」


「ああ、それそれ」


「シナモンロール? 何だそれ、パンか?」


「アホか。おっさん丸出しやな」


ジキルの蔑んだ視線が槍介に刺さる。養女とは言え小学生の娘を持つジキルの方が、キッズの流行には詳しいのである。


槍介は苦虫を噛み潰したような顔をして、やり過ごした。


その時、


「店長ーっ! これだけ買うー!」


「あたしも、これだけ!」


真里とみそのが、会計カウンターに商品を置いた状態でジキルを呼んだ。


店員の姿が見えないほど高く積み上げられた商品を見て、彼は卒倒した。


「お前らなぁ~~~」


と、言いながらも、アリサの手前、渋々と黒色のクレジットカードを出すジキルであった。


その後、一行はファンシー文具売場、玩具売場を回る。


アリサもニコニコと笑いながらショッピングを楽しんでいた。


そして当然、荷物を持つのはすべて槍介である。


「これも俺の仕事のうちだってのか。くそ」


海外で要人警護などを行っていた探偵は、パステルカラーの紙袋を大量に持たされ、疲れた様子でうなだれた。


    *


「ねえ、みその、オシッコしたくなっちゃった」


玩具売場で会計を終えた後、みそのが訴えた。


「女子トイレは下の階だぞ」


槍介が言う。


「やだぁエッチ! どーしておじさんそんなの知ってんの?」


「さっき、エスカレーターのところで見取り図を見たからだっ!」


「みそのちゃん、行っておいでよ。あたしたち、待ってるから」


憤慨する槍介を無視して、真里が話を進めた。


「うん、じゃあ行ってくる」


みそのは一人で下りエスカレーターに飛び乗った。


「おいおい、ちょっと待て!」


すぐに槍介が後を追う。彼の本来の仕事はボディガードであるから、みそのを一人にするわけには行かないのだ。


「何か、恥ずかしいなぁ」


「恥ずかしいのは俺の方だ」


「女の子のお尻追っかけてるみたいで、カッコ悪ーい」


「放っとけ。こっちだって仕事なんだ」


言い合いをしている間に、下の階に着く。二人は売場を横切って、階段の近くまで歩いた。


「外で待っててよ。遅くなっても覗いたりしないでね。髪の毛とかしたり、リップクリーム塗ったりするんだから!」


「誰が覗くか! ……ま、でも少し安心したよ」


「ん? 何が?」


「こんな混雑した場所で、お前さんが一人で行動しようとしたことがさ」


「え……?」


「いや、どうでもいいことだったな。早く行って来い。漏れるぞ」


「も、漏れないよ! バカッ」


みそのはベーッと舌を出して、化粧室へと走って行った。


(あたしが……あんな危険な目にあったから?)


そう言えばあの事件の後、確かにみそのは一人ではどこへも行かれなかった。


ようやく心の傷も癒えたということだろうか。


(そのこと、心配してくれてたの……?)


ちょっと心臓がドキドキする。赤くなった顔を見られなくてよかった……そう、みそのは思った。


一方ジキルは、みそのたちを待ちながら、真里に話しかけた。


「合流したら、荷物、車に運んで、どっかで茶ァでもしばくか」


「しばくって何?」


「おぉ、すまんすまん。茶ァ飲むか、いうことや」


「大阪弁ではそう言うの? 面白~い、今度使おうっと!」


新しい言葉を覚えて、真里は大喜びだ。


「アリサ。何がええ? 喫茶店でケーキか? それともマクドとかにするか?」


「うわ。マックって言わないんだ……それも大阪限定?」


「アリサ?」


「ん……? アリサぁ……?」


二人はキョロキョロと周りを見回した。そこには二人の他は、荷物が置いてあるだけだった。


「アリサ! どこ行ってん!」


「アリサ!」


ジキルは慌てて携帯電話を取り出し、アリサに電話をかけた。


真里はゴクッと生唾を飲み込み、その様子をうかがう。


「……あ、もしもしアリサ?」


『じきるー。あのね、今、ワンちゃんのところにいるの!』


「ワンちゃんて……どこやねん? ペット売場か?」


『うん。屋上だよ。あのね、ゆーふぉーキャッチャーとかあるよ。後でやるー』


「アホッ。なんで一人で勝手に行くねん! そこにおれ! すぐ行くから!」


『うん、わかったー』


「ほな、一旦切るで。そっから動くなよ!」


ジキルは電話を切り、ホッと息をついた。


「よかったね、店長。悪い人に連れてかれたかと思っちゃったよ」


「ああ。けど、今一人やからな。早よ行かんと、そうなるかもしれん」


「あたしここで待ってるから、行っておいでよ」


「アホかっ。お前も一人にはさせられへんやろ」


「あっ、そうか」


「取りあえず、荷物持って下の階行こ。神田さんにお前を預けて、ワシはアリサ迎えに行くわ」


「うん!」


ジキルは紙袋を持ち、真里を連れて下りエスカレーターに乗ろうとした。


その時だった。


デパートに、けたたましい非常ベルが鳴り響いた。


「何っ?」


驚いた真里がジキルの腕にすがる。


ジキルは息を飲んで、耳をそばだてた。すぐにアナウンスが流れる。


『館内のお客様にご案内いたします。ただいま八階の食堂街にて、火災が発生いたしました。安全の為、係員の誘導に従って、館外へ避難してください……』


「八階やと!? 屋上のすぐ下やんけ!」


「店長! アリサが……!」


「真里、とにかくまずは下や。神田さんのところに……」


「ダメだよ! 早くアリサを助けに行こうよ! あたしもついてくから!」


「あかん。お前を預けてから上に行く」


「あたしだって、アリサが心配だよ! ねえ! 早く!」


「……わかった。一緒に来い!」


紙袋を投げ出し、ジキルは真里の手を握ると、走り出した。


反対側の、上りエスカレーターは停止している。客を上の階へ上げないための配慮だろう。


ジキルと真里は段を駆け上り、七階へ到達した。


八階から、白い煙がもくもくと下りて来ている。顔が熱くなるほど、温度も上昇していた。


係員の誘導に従って、などとマニュアル通りのアナウンスが繰り返し流れているが、実際は店員も慌てふためいていた。客を誘導するどころか、自分たちの避難さえ危うい状況だ。


ジキルは真里の手をしっかりと握った。ここで真里と離れることはできなかった。避難しようとする人の波に巻き込まれ、怪我をする恐れがある。


「店長! アリサを助けに行こうよ!」


真里がジキルを急き立てた。


    *


ジキルは再び携帯電話を取り出し、ボタンをプッシュした。


「アリサ! アリサ、今、どこにおる?」


『じきる……まだワンちゃんのとこにいるよぅ』


受話器の向こうで、アリサはべそをかいていた。すでに火災の状況は把握しているらしい。


「避難してへんのか。まだ屋上におるんやな?」


『だって……ジキルがそこにおれって言ったから、アリサ……』


「ああ、……けど、アリサ。そばに大人の人おらんか? おったら……」


『だれもいないよ…。さっき、エレベーターでみんな下りちゃったもん』


「そうか……わかった。ワシが迎えに行ったる」


『ジキル、はやく来て! 一人でこころぼそいよ…』


泣き出したアリサをジキルは宥めると、一旦電話を切った。本当はこのままずっと通話中にしていたかったが、片手で真里の手を握っているため、携帯を持つと両手が塞がってしまう。


ジキルは真里を連れ、大急ぎですべてのエスカレーターや階段を回った。


しかしいずれも煙で上が見えないか、防犯シャッターが閉まっているか、どちらかだった。


ジキルはチッと舌打ちした。自分一人ならば、炎の横でもすり抜けられる。しかし真里がいる状態で、しかもアリサを救出して、二人を連れて再び八階を通過するのは不可能だった。


「こうしててもしゃーない。一旦、下へ下りよ」


「下りてどうするの? アリサを助けなくちゃ!」


「行けても、帰って来られへん。ここを通るのは無理なんや」


「そんなぁ!」


真里は両手でジキルの腕を掴み、揺さぶった。


「あたしに何かできないっ? 何でもするよ! 言い付けてよ!」


「足手まといになるな。そんだけや」


「うう……」


真里は、自分の無力さを強く感じ、下唇を噛んだ。


そんな彼女の手をジキルは引き、階段を駆け下り始めた。


「店長っ!」


「一度、外へ出る。で、ワシは隣のビルに上る!」


「隣のビル?」


真里はハッと気がついた。


さっき子供服売場で、子供のための遊び場へ続く扉があった。あれは確か、外に通じていた。きっと、テラスか何かなのだろう。


「あそこから……」


「真里、ボーッとすんな。急ぐで」


「店長、一緒に来て! 近道かもしれない!」


「近道て……」


真里はジキルの手を振りほどき、一人で子供服売場へ走って行った。


「こらっ、真里! どこ行くねん!」


慌てて真里の後を追う。足には自信のあるジキルだったが、真里には追いつけなかった。


(何ちゅう速さや、あいつ……!)


真里は、さっき買い物をしたばかりのフロアへ走り込み、テラスへ続く扉を捜した。


「あった!」


ガラス戸を通して青空が見えた。真里はその取っ手に飛びつき、ガラガラと扉を開いた。


そこは、僅かな空間の遊び場だった。人工芝が敷きつめられ、自動販売機とベンチだけが設置されている。


そして、その柵の目の前に、隣のビルの非常階段があった。


真里に続いてテラスに飛び込んだジキルは、真里の行動の意味を理解した。そして、


「真里、二分だけここで待っとれ。勝手に向こうに渡るなよ。ええか!」


と言うと、売場へとUターンした。


真里はテラスから上を見上げた。白い煙が窓から空へ立ち上っている。


(屋上が、もし煙だらけだったら……! アリサ、煙を吸っちゃうよ!)


そう思うと、居ても立ってもいられなくなる。


真里はジキルとの約束を破り、柵によじ昇った。


非常階段までの距離は、50センチほどだった。体を伸ばせば届く程度である。


ここが地上六階であるという事実を頭から振り払い、真里は柵から隣へ飛び移った。


「はっ!」


非常階段の踊り場に着地する。ホッと胸を撫でおろして、そのまま階段を駆け上ろうとしたその時、真里は大声で呼び止められた。


「こらーっ! アホボケカスッ! 動くな言うたやろっ!」


グルグル巻きのザイルを肩から下げたジキルが、真里を怒鳴り付けた。


真里は肩をすくめて、ジキルを見つめた。


ジキルはその場からダッシュして、勢いよく柵に飛び乗ったかと思うと、次の瞬間には真里の隣に着地した。


そして、真里の尻を平手で一回叩いた。


「痛ぁーい!」


「アホ! 言うてもわからんやつは鉄拳や。今度言い付け守らんかったら、パンツ脱がして直にペンペンやで!」


「ふえ~、ごめんなさぁーい」


「けど、よう跳べたな。偉いで、真里」


「う……うん!」


「その勇気。多分もう一度……必要なるで」


「えっ?」


「ほら、行くど!」


「は、はいっ!」


真里とジキルは、ビルの非常階段を駆け上った。

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