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メルティピンクの大冒険  作者: カンパニーN
メルティピンク颯爽登場
2/10

02.BGはでっかい探偵さん!

 4人の子役タレントを乗せた車は、新宿御苑前に向かっていた。


「……ということで、事情はみんなわかったわね。今から、その探偵事務所に行くのよ」


 運転しながら、直子は4人に説明した。


「でも、信じらんないィ。みそのちゃんが狙われてるなんて」


 真里が心配そうに、後ろから助手席のみそのの肩をつついた。


「あたしも、わけがわかんないよ。でも、ボディガードつければ、今まで通りに仕事していいっていうからさ」


「よかったわー。みそのちゃんがいなきゃ、私たち困るものー」


 紗菜が後部座席の真ん中で微笑んだ。その横で、雅香が頷く。


 みそのは、極力メンバーを不安がらせないように努めた。脅迫状に対して恐怖が湧かないわけではなかったが、4人が揃っていれば、どんな困難でも切り抜けられそうな気がした。


「着いたわ。みんな、ちゃんと探偵さんにご挨拶するのよ」


「へーい」


「はァーい」


「はーいー」


「はい」


 それぞれが思い思いに返事をして、4人はビルのエレベーターで四階まで昇った。


 『神田探偵事務所』と筆文字で書かれた看板。ドアを開けると、お世辞にもきれいとは言えない事務室があった。


「お邪魔します。わたくし、飯田プロの山川直子と申しますが」


 マネージャーが中に向かって声をかけた。返事を待ち切れずに、みそのと真里は中へ飛び込んだ。その時。


「キャー!」


 突然、目の前にそそり立つ壁。……と思ったら、それは人間だった。


「おっと危ねえ。踏みつぶしてしまうとこだったぜ」


 高いところから聞こえて来る声に、二人は驚いて上を見上げた。


「ひゃあああぁ」


「ひょええええっ」


 みそのと真里がぶつかりそうになったのは、身長180センチを軽く越える大男だった。


 筋骨隆々とした体。整った精悍な顔だちをしている。大きな鋭い瞳が印象的だ。


「はぁー、大きい……」


 少し離れたところから様子を見ていた紗菜も、あんぐりと口を開けて探偵を見つめた。


「神田さんですか」


 直子が尋ねた。


「ああ。神田槍介。槍と書いて、ソウスケな」


 一瞬、一番後ろにいた雅香が反応した。


「槍介…? お兄様と同じ……」


「えっ、なあに? 雅香ちゃん。何か言った?」


 紗菜に尋ねられ、雅香は慌てて首を振った。


「ううん。お兄さ……いえ、お兄ちゃんと同じ名前だなって」


 ぼそりと雅香は答えた。


 槍介はちらりと雅香を見ると、何も聞こえないふりをして、腰を屈めた。


「お嬢ちゃんたちがピンクレディーかい? それにしちゃ人数が多いな」


「ピンクレディーじゃない! メルティピンクだよ」


「昭和のアイドルかいっ」


 みそのと真里のツッコミが同時に槍介に飛んだ。


「[イーハトーボ]のマスターの頼みだから仕方ねえけど、久しぶりの仕事が子供のお守りとはねえ。俺の今年の運勢はイマイチのようだな」


「アメリカで要人警護を……と、田島からは伺ってますが」


「まあね。いろいろやってきたよ。……っていうか、あんた可愛いね」


「恐れ入ります」


「今度、子供たち抜きで食事でもどう? 何なら今夜でも」


「ダメだよーだ。マネージャーはカタイんだから」


 真里がジャンプして、直子の肩に置かれた槍介の手をビシッと叩いた。


「てっ! すげえジャンプ力だな、お前」


「真里は全身バネだもーん。側転だってできるよ。見たい?」


「ミ、ミニスカートでかい? いやあ、それは結構なことで」


「ねー、それよりオジさま、ピストル持ってるのー?」


 目を輝かせる紗菜。槍介は首を振って言った。


「ここは日本だからね。拳銃は所持できないよ。漫画じゃないんだから」


「そう。つまんないのー。紗菜、ロシアンルーレットやりたかったのー」


「いやいや、危ないから。死ぬから」


「わー! このソファー、けっこう弾むよ! トランポリンみたい!」


 跳ねるみその。慌ててそれを止めようとする槍介。


「やめろっ! 高かったんだぞ、それ!」


「男が細かいこと気にしないの。みそのを守ってくれるんでしょ?」


「それとこれとは別だ。早く降りてくれ頼むから」


 次の瞬間、不吉な音がした。しかしそれは、ソファのスプリングが壊れた音ではなかった。


「ごめんなさい。壊しちゃった……」


 ぱっかりと割れた高価そうなクリスタル製の灰皿が、雅香の両手にあった。


「ねえねえ探偵さんっ、逆立ちして歩いてあげてもいいよ!」


「オジさまー、探偵なんでしょ? 虫メガネとパイプはどこにあるのー?」


「おじさん、変! 机の上にサンカクスイ立ててる。探偵って書いてあるし」


「あっ、また壊しちゃった……」


「ええい、うるさいっ!」


 直子を口説くどころではなくなり、槍介は事務室の中を走り回る羽目になった。


     *


「おじさん!」


「探偵さァん」


「オジさまー」


「神田さん」


 4人の美少女が、同時に下から見上げて来る。


「わかったから、そんなに近付くな。護衛の意味がないだろ」


 少女たちにとっては、自分のような存在が珍しいのだろう。しかし、この仕事は、あくまでもシークレットなのだ。


 槍介はうんざりしたように首を回しながら、『メルティピンク』を見回した。


 行きつけのバーのマスターとの長い付き合いが、こんな仕事を運んで来るとは思ってもいなかった。


 今日はスタジオで、歌番組の収録である。


 4人は待ち時間の間、何かと槍介にまとわりついていたが、本番のためスタッフに呼ばれると、ようやくアイドルとしての仕事を思い出したようだった。


「お疲れさまです」


 直子が槍介に、コーヒーの紙コップを手渡す。4人でカメラの前にいる間は安全である。


「なあ、脅迫状は、みそのに宛ててだけ来たのか?」


「そのようです。ただ、あの子はリーダーですし、お茶の間の知名度も一番高い。要するに、老若男女のファンがいるということです。ですから、今回のことに深い意味はないような気がします」


「ストーカー的愛情表現ってこと?」


「そうではないかと」


「クールだねえ、直子さんは」


「恐れ入ります」


 槍介はコーヒーを一口飲むと、時計に目を落とした。


「収録の後は、みそのは帰宅ってことでいいのかな」


「紗菜ちゃんと真里ちゃんは、子供向けのダンスレッスンの雑誌取材がありますが、みそのちゃんと雅香ちゃんは、これで終わりですね」


 スケジュール帳を開きながら確認し、直子は電話をかけに外へ出て行った。


「マサカ……、冴島雅香、か。まさかな……」


 呟きながら槍介は、人名を言っているのか副詞を言っているのか、自分でもわからなくなりかけた。

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