02.BGはでっかい探偵さん!
4人の子役タレントを乗せた車は、新宿御苑前に向かっていた。
「……ということで、事情はみんなわかったわね。今から、その探偵事務所に行くのよ」
運転しながら、直子は4人に説明した。
「でも、信じらんないィ。みそのちゃんが狙われてるなんて」
真里が心配そうに、後ろから助手席のみそのの肩をつついた。
「あたしも、わけがわかんないよ。でも、ボディガードつければ、今まで通りに仕事していいっていうからさ」
「よかったわー。みそのちゃんがいなきゃ、私たち困るものー」
紗菜が後部座席の真ん中で微笑んだ。その横で、雅香が頷く。
みそのは、極力メンバーを不安がらせないように努めた。脅迫状に対して恐怖が湧かないわけではなかったが、4人が揃っていれば、どんな困難でも切り抜けられそうな気がした。
「着いたわ。みんな、ちゃんと探偵さんにご挨拶するのよ」
「へーい」
「はァーい」
「はーいー」
「はい」
それぞれが思い思いに返事をして、4人はビルのエレベーターで四階まで昇った。
『神田探偵事務所』と筆文字で書かれた看板。ドアを開けると、お世辞にもきれいとは言えない事務室があった。
「お邪魔します。わたくし、飯田プロの山川直子と申しますが」
マネージャーが中に向かって声をかけた。返事を待ち切れずに、みそのと真里は中へ飛び込んだ。その時。
「キャー!」
突然、目の前にそそり立つ壁。……と思ったら、それは人間だった。
「おっと危ねえ。踏みつぶしてしまうとこだったぜ」
高いところから聞こえて来る声に、二人は驚いて上を見上げた。
「ひゃあああぁ」
「ひょええええっ」
みそのと真里がぶつかりそうになったのは、身長180センチを軽く越える大男だった。
筋骨隆々とした体。整った精悍な顔だちをしている。大きな鋭い瞳が印象的だ。
「はぁー、大きい……」
少し離れたところから様子を見ていた紗菜も、あんぐりと口を開けて探偵を見つめた。
「神田さんですか」
直子が尋ねた。
「ああ。神田槍介。槍と書いて、ソウスケな」
一瞬、一番後ろにいた雅香が反応した。
「槍介…? お兄様と同じ……」
「えっ、なあに? 雅香ちゃん。何か言った?」
紗菜に尋ねられ、雅香は慌てて首を振った。
「ううん。お兄さ……いえ、お兄ちゃんと同じ名前だなって」
ぼそりと雅香は答えた。
槍介はちらりと雅香を見ると、何も聞こえないふりをして、腰を屈めた。
「お嬢ちゃんたちがピンクレディーかい? それにしちゃ人数が多いな」
「ピンクレディーじゃない! メルティピンクだよ」
「昭和のアイドルかいっ」
みそのと真里のツッコミが同時に槍介に飛んだ。
「[イーハトーボ]のマスターの頼みだから仕方ねえけど、久しぶりの仕事が子供のお守りとはねえ。俺の今年の運勢はイマイチのようだな」
「アメリカで要人警護を……と、田島からは伺ってますが」
「まあね。いろいろやってきたよ。……っていうか、あんた可愛いね」
「恐れ入ります」
「今度、子供たち抜きで食事でもどう? 何なら今夜でも」
「ダメだよーだ。マネージャーはカタイんだから」
真里がジャンプして、直子の肩に置かれた槍介の手をビシッと叩いた。
「てっ! すげえジャンプ力だな、お前」
「真里は全身バネだもーん。側転だってできるよ。見たい?」
「ミ、ミニスカートでかい? いやあ、それは結構なことで」
「ねー、それよりオジさま、ピストル持ってるのー?」
目を輝かせる紗菜。槍介は首を振って言った。
「ここは日本だからね。拳銃は所持できないよ。漫画じゃないんだから」
「そう。つまんないのー。紗菜、ロシアンルーレットやりたかったのー」
「いやいや、危ないから。死ぬから」
「わー! このソファー、けっこう弾むよ! トランポリンみたい!」
跳ねるみその。慌ててそれを止めようとする槍介。
「やめろっ! 高かったんだぞ、それ!」
「男が細かいこと気にしないの。みそのを守ってくれるんでしょ?」
「それとこれとは別だ。早く降りてくれ頼むから」
次の瞬間、不吉な音がした。しかしそれは、ソファのスプリングが壊れた音ではなかった。
「ごめんなさい。壊しちゃった……」
ぱっかりと割れた高価そうなクリスタル製の灰皿が、雅香の両手にあった。
「ねえねえ探偵さんっ、逆立ちして歩いてあげてもいいよ!」
「オジさまー、探偵なんでしょ? 虫メガネとパイプはどこにあるのー?」
「おじさん、変! 机の上にサンカクスイ立ててる。探偵って書いてあるし」
「あっ、また壊しちゃった……」
「ええい、うるさいっ!」
直子を口説くどころではなくなり、槍介は事務室の中を走り回る羽目になった。
*
「おじさん!」
「探偵さァん」
「オジさまー」
「神田さん」
4人の美少女が、同時に下から見上げて来る。
「わかったから、そんなに近付くな。護衛の意味がないだろ」
少女たちにとっては、自分のような存在が珍しいのだろう。しかし、この仕事は、あくまでもシークレットなのだ。
槍介はうんざりしたように首を回しながら、『メルティピンク』を見回した。
行きつけのバーのマスターとの長い付き合いが、こんな仕事を運んで来るとは思ってもいなかった。
今日はスタジオで、歌番組の収録である。
4人は待ち時間の間、何かと槍介にまとわりついていたが、本番のためスタッフに呼ばれると、ようやくアイドルとしての仕事を思い出したようだった。
「お疲れさまです」
直子が槍介に、コーヒーの紙コップを手渡す。4人でカメラの前にいる間は安全である。
「なあ、脅迫状は、みそのに宛ててだけ来たのか?」
「そのようです。ただ、あの子はリーダーですし、お茶の間の知名度も一番高い。要するに、老若男女のファンがいるということです。ですから、今回のことに深い意味はないような気がします」
「ストーカー的愛情表現ってこと?」
「そうではないかと」
「クールだねえ、直子さんは」
「恐れ入ります」
槍介はコーヒーを一口飲むと、時計に目を落とした。
「収録の後は、みそのは帰宅ってことでいいのかな」
「紗菜ちゃんと真里ちゃんは、子供向けのダンスレッスンの雑誌取材がありますが、みそのちゃんと雅香ちゃんは、これで終わりですね」
スケジュール帳を開きながら確認し、直子は電話をかけに外へ出て行った。
「マサカ……、冴島雅香、か。まさかな……」
呟きながら槍介は、人名を言っているのか副詞を言っているのか、自分でもわからなくなりかけた。




