01.アイドルに脅迫状! メルティピンクいきなり大ピンチ!?
都内のスタジオで、雑誌のグラビア撮影を終えた時、西園寺みそのはマネージャーの山川直子に声をかけられた。
「みそのちゃん」
呼ばれてみそのは振り向いた。やや吊り上がった大きな瞳。均整の取れた体。愛くるしい子猫のような姿が印象的な女の子である。
赤ちゃんの時から、TVCMのモデルとして活躍している彼女は、今ではドラマにも出演する優秀な子役タレントだった。
しかし最近はもっぱら、4人組アイドルユニット『メルティピンク』のリーダーという肩書きが有名になっている。
「なーに?」
スタッフに渡された紙コップのドリンクを飲みながら、みそのはマネージャーの顔を見上げた。
直子は、メンバー全員の顔を順番に見つめながら言った。
「はい、みんなお疲れさま。他のみんなは帰っていいわ」
そして、
「みそのちゃんだけ、事務所に寄ってくれない?」
と、続けた。
「えー、どーしてえ?」
「社長がお話があるんですって。大事なお話みたいだから」
「そんなあ。今日はこれでお仕事終わりだと思ってたのにぃ」
みそのはふくれた。早く家に帰って、愛犬を散歩に連れて行きたかったのだ。
しかし、そのスタジオの中で、みそのよりも俊敏に反応した娘がいた。
「どうして、みそのちゃんだけェ? 真里たちは行かなくていいの?」
長門真里。『メルティピンク』のメンバーである。サラサラの髪をおかっぱにしている。ジーンズのミニスカートがよく似合う、小柄な美少女だ。天才的なリズム感を持ち、ダンスやミュージカルを得意としている。
真里はみそのとマネージャーを交互に見ながら、不満度100パーセントでまくしたてた。
「つまんなーい。真里も行きたいなぁ。事務所の近くのアイスクリーム屋さんにも行きたいよ」
「あー、私もアイスクリーム食べたいなぁー」
横から、元木紗菜が口をはさんだ。同じく『メルティピンク』のメンバーだ。
ロングヘアを頭の両側で二つに束ねている。細い腰を包むスパッツが、すらりとした体型を際立たせていた。
幼少の頃からバレエに取り組んでいるため、その肉体はしなやかで柔らかい。彼女は、将来有望な舞台女優だった。
「紗菜ちゃんもそう思うよね。一緒に行きたいでしょォ?」
「うん。チョコミントと抹茶のダブルがいいなぁー」
「違うよ。アイスクリーム屋さんじゃなくて、事務所によ」
「あぁ、事務所へ行くの? いつ? 明日?」
「もー、紗菜ちゃんは何も聞いてないんだから」
真里と紗菜が漫才をしている間、みそのは渋々、事務所へ向かうことを承諾していた。
みそのは直子を見上げ、不安げに尋ねた。
「ねえ、社長がみそのに何の話があるの? ひょっとして……ダメ出しとか?」
マネージャーは首を振った。
「そんなこと、あるわけないでしょ。ただ、ちょっと今は言えないの。事務所へ着くまで我慢してね」
「へーい」
口をとがらせて、みそのはふざけた返事をした。
その時、スタジオの隅のパイプ椅子に座り、じっと携帯電話の液晶を見つめているメンバーの姿が目に入った。
「雅香ちゃん、どうしたの?」
みそのは、冴島雅香に歩み寄った。
雅香は、驚いたようにみそのを見上げ、にっこりと微笑んだ。そしてやや不安そうに眉をひそめ、
「ええ……。昨日から何度も、変なメールが入るの」
と、呟くように言った。
「変なメールって?」
「わからないわ。暗号みたいな感じ。誰からかもわからないし……」
その声を聞き付けて、真里が走って来た。
「暗号? どういうこと? ちょっと見せてェ」
紗菜も後ろからついて来て、おずおずと雅香の携帯を覗き込んだ。
「全然、読めないねー」
「紗菜ちゃん、それは待ち受け画面でしょ。字じゃないってば」
「あっ、そうかー。何かおかしいと思った」
再び漫才を始めた二人のそばで、雅香は利発そうな瞳を曇らせ、俯いていた。
突然、彗星のように現れた天才子役。それが雅香だった。
4人組アイドルユニット『メルティピンク』が結成される時、みそのは初めて雅香に出会った。物静かで真面目な優等生。どこか大人びていて、品のいい少女。
最初はその才能に嫉妬したみそのだったが、すぐに、彼女の常に一歩後ろに下がる控えめさが大好きになった。
「きっと、間違いメールだよ。じゃなきゃ迷惑メールってやつ」
雅香を元気づけるように、みそのはポンと肩を叩いた。
「うん。ありがとう、みそのちゃん。気にしないことにするわ」
雅香はそう言うと、二つ折りの携帯電話をパタンと閉じた。
*
「脅迫状が来てるんだ。その…、みそのちゃんに関して」
その言葉に、みそのは驚いてのけ反った。
赤坂見附にある飯田プロダクションの本社。
みそのはソファにちょこんと座り、社長の田島竜児の言葉に耳を傾けていた。
社長とは名ばかりで、業務のほとんどは彼の姉である副社長の飯田里美が執り行っている。
今日、みそのを呼んだのが副社長でなかったことに、みそのは胸を撫で下ろしていた。仕事や私生活のことにまで厳しい副社長のことが、みそのは苦手だった。
弟の田島は現役の映画俳優で、物腰が柔らかく、みそのたちにも優しい。とても41歳には見えないほど、見た目は若かった。
話すなら、副社長よりは社長の田島のほうがよかった。叱り飛ばされる確率が低い。
「あたしにキョーハクジョー? それって、どういうことですか」
「うん……。厳密には脅迫状ってわけじゃないんだけど……。ちょっと内容がね」
「イタズラじゃないってことですか?」
「わからない。イタズラならいいんだけどね。しばらく様子を見ないと」
田島は溜め息をつきながら、白い封筒を指で弄んでいた。
彼は文面についてははっきりとは言わなかったが、みそのを誘拐するとか殺すとか四つに畳んでギュッとひねるとか、そんな内容であることは推測できた。
「だからね。ほんの少しの間、みそのちゃんだけお休みにしてもいいかなって」
「えーっ! そんなのやだ!」
みそのは仰天した。
「ちょうど『MasakaSana』の方の新曲が出たばかりで、『メルティピンク』の4人の仕事の方は抑えてあるし……。しばらく、ドラマの撮影だけに専念するっていうのはどうだろう」
「そんなあ。『メルティピンク』でお仕事できない理由でもあるんですかっ?」
「4人だと、なかなかマネージャーの管理も行き届かないと思うんだ」
『MasakaSana』というのは、その名の通り雅香と紗菜の二人のユニットだ。『メルティピンク』のメンバーはそれぞれ、様々な組み合わせでユニットを結成し、CDを発売している。みそのも真里と組んだり、いろいろと活動している。
「それじゃあ、真里ちゃんにも迷惑かかるし……。それにあたし、ドラマだけなんてイヤですぅ!」
「みそのちゃんのドラマの撮影の日は、山川さんが責任を持って送り迎えできるんだよ。でも、他の仕事になるとちょっと危ないんだ。一人で帰ることもあるだろう?」
「でもやだっ! 絶対イヤ! みそのはリーダーなのに、みんなと一緒にお仕事できないなんて、あり得ないよ!」
みそのは激しく反発した。休むなんて、できっこない。
田島はしばらく考えていたが、やがて携帯電話を手に取り、
「ちょっと待っててね」
と、電話をかけ始めた。
「もしもし石黒? 俺だけど……。あのさ、ちょっと相談が……」
みそのはテーブルの紅茶を飲み干すと、ソファにゴロッと横になった。
(断固、阻止だよ。脅迫状になんか負けないもんっ!)
みそのは口をへの字に曲げながら、田島が電話を終えるのを待っていた。
やがて電話を切った田島は、みそのにこう告げた。
「わかったよ。じゃあ、仕事は減らさない方向で」
「本当っ?」
「うん。そのかわり、ボディガードをつけることにしたからね」
「ボディガード……って、あたしに?」
「そういうところに顔が広い友達がいて。今、探してもらってるから、二、三日うちには紹介できると思うよ」
「うわぁ! 何だかカッコイイ! ボディガードなんて!」
みそのは飛び上がって喜んだ。
「でも、しばらくの間は勝手に出歩いたりしないこと。ロドリゲスの散歩も、お兄ちゃんに任せるんだよ」
ロドリゲスは、愛犬のシベリアンハスキーの名前である。
みそのは少し考えて、不承不承、納得することにした。
*
自宅に帰ってから、みそのは雅香に電話をした。
「もしもし雅香ちゃん? あの後、変なメール来た?」
『ううん、全然。もう大丈夫みたい。みそのちゃんの方は、どうだったの?』
「こっちも別に大したことなかったよ。何かちょっと面白いことになりそーだけどねっ」
『面白いこと? 何だろう、楽しみね』
「明日、みんなに話すから。じゃ、スタジオで会おうね」
『ええ。それじゃ明日』
雅香の声に、明るさが戻っていた。みそのはホッとして、電話を切った。
ベッドにごろんと転がり、目を閉じる。
そして頭の中で、事務所にいた時から考えていたことを反復してみた。
(ひょっとして、同じ犯人じゃないかなぁ? みそのの脅迫状と、雅香ちゃんのメール)
あながち外れているとは思えない。そのうち、紗菜や真里に対しても、何か嫌がらせがあるかも知れない。
(スーパーアイドル『メルティピンク』にケンカを売るなんて、このみその様が許さないんだから!)
みそのはそう決意しながら、いつの間にかベッドの上で眠ってしまった。