6話 王都にて 〜その1 王都到着〜
「スゥー…スゥー…。」
馬車に乗った後、大きく揺れているにも関わらずネアはぐっすり寝ていた。
「よく寝れるな…。」
「本当よく寝る子だな。」
隊長は優しい表情でネアを見つめた。俺だけで無く、亜人に対しても優しく接するなんて隊長は本当に素晴らしい人だ。
いや、皆がこうあればもっと良いのだが。
「にしても本当にありがとうございます。元々、旅の始めは王都に向かおうと思っていたので。これで思っていた以上に早く着きそうです。」
まあ半分は嘘な訳だが、半分は本当と言ったところだ。
旅の始めは両親から離れられれば良かっただけだが、旅をする内に主に金銭問題が深刻なことに気づき、王都へ職探しをするつもりだったからな。
ギルドは稼ぎは悪く無いが、無闇にこの力は使いたく無いし、それにネアの教育にも悪…いや、コイツのことは関係無いか。
魔法の手や強化の連発で飛んで行くという方法も有るのだが、先にも言った通り無闇に力は使いたくない。
目でも付けられたら大変だ。
リーム市やフト市は国の端だし、そこまで気にしなくても良さそうだが、果たしてあの爆弾、瞬間移動野郎は…。
「(まあ来た時は来た時だ。面倒ごとになる前に今度は確実に仕留めてやる。)」
「気にしないでくれ。こうして旅人を送るのはそう珍しい話では無い。それと、私のことはカウロで良いよ。」
「え?しかし王国を守る兵士、しかもその一個隊の隊長にそんな…。」
「そう堅くなるな。こう見えて貴方とは一つしか歳は変わらないのだぞ?」
巨乳隊長の情報更新。年齢は18歳。
胸の割に若い…。つまりまだ成長の見込みが…!?世界は広いな…。
「は、はあ…。ではカウロ…さん?」
「フフ、まあいい。私もタロウと呼ばせてもらう。良いだろう?」
いやはや本当、隊ちょ…カウロさんは性格まで良いのか。優しいし、誰にでも平等に接し、一個隊を任される程の人望、そして巨乳。
何というか、お姉さんという感じ甘えたくなる人だ。
「え、あ、はい。」
「堅くなるなと言っただろう?タメ口で結構だよ。」
「そうですか…。じゃあ、そうするよ。」
何だか慣れないが相手がそうしようと言うのなら、それに合わせるのが良いだろう。減るもんじゃないし。
「あ、そうだ。カウロさん、聞きたいことが。」
「何だ、遠慮なく聞いてくれ。答えられる範囲でなら答えるよ。」
「その、姫の名前って?」
姫の名前。
最初に会った時は状況も状況だったし良かったが、流石に姫だと言われてしまってはタメ口で話すわけにはいかない。
だから、次に話す時があった時のために知っておきたいのだ。
それに国の姫だし、常識としても知っておきたい。
「姫の名前?ああ…まあそうか。タロウは我々も気づかないような島に居たのだから知らなくて当然か。彼女はシェリス・ルーフィリア第三王女。先程本人も言った通り、正真正銘ルーフィリア王国のお姫様さ。」
「シェリス姫…か…。」
これで次からはシェリス姫、とでも呼べば大丈夫か。
まあ姫だけでも良かったんだろうけど。
「にしてもカウロさんってシェリス姫と仲が良いんだな。」
「ああ、まあ…腐れ縁ってやつさ。昔から彼女の護衛は私の仕事でね。全く、大事な用があるから砦まで連れて行ってくれなんて言うから連れて行けば勝手に出歩き、しかも我々に出歩いたことが気付かれていないと思っているようだし…。怪我が無かったから良かったものの、本当ヒヤヒヤさせてくれる…。」
カウロさんは少しムスッとし、シェリス姫の乗っている馬車を見てそう言った。
「ハハッ…。」
カウロさん、苦労してるんだな。
今思うと、ネアは大人しくて助かった。
「(そういやコイツ、最近はあんまし人怖がらなくなったみたいだな。まあオドオドされてるよりはマシだから良いけど。)」
そんなこんなで馬車に乗ってから数時間、日はすっかり落ち、俺たちは王都の近くにあるチェキア村で夜が明けるのを待つことにした。
「かんぱーい!」
銀龍隊の隊員は、村の者と酒を飲み、踊り、また酒を飲んでは踊り、その繰り返しだ。
「お前たち!飲み過ぎるなよ!」
カウロさんは本当、大変そうだなあ…。
と思いながら、何かを焼いた肉をモキュモキュ食べるネアの隣で座っていた俺が見ていると、視線に気づいたのかこっちに近づいて来た。
「タロウは行かないのか?」
「ああ。こうして見てる分にはいいんだけど、どうもあの中に行くとなるとねえ…。」
俺がそう言うと、カウロさんはフフッと笑い俺の隣に座ると、
「…私も同じだ。まあ、皆が楽しいのであればそれで良いが。」
と言いながら酒を飲んでいた。
「ところでシェリス姫は?」
「彼女なら村長の家にいるよ。」
と言って他のものより一回り大きな、レンガ造りの家を指差した。
そして数刻の静寂が流れた後、カウロさんが、
「…私はタロウ、君に謝らなければならない。」
と切り出した。
点で分からない俺は、肉を食べ終え寝たネアのほっぺを触りフニフニしながらその話を聞くことにした。
「実は仲間に頼んでタロウを見張っていたんだ。フト市の宿屋の女主人なんかがそうだな。…地図にも載っていない島から来たと聞き、まあその何だ。…怪しいと…思ってな…。」
「(もしかして俺しか泊まっていなかったのって計画通りなのか?)…。」
俺は若干驚きつつも、話を黙って聞いていた。
にしてもネアのほっぺ、柔らけえ。
「…しかし、タロウは私が思っているような人物では無かった。姫を、そしてその子を助け、さらに世話まで…。」
「(え?そんなところまで見られてたの?)…。」
さらなる事実に俺は、さすがに顔に驚きが出てしまった。
後、ネアのほっぺが赤くなってきたので触るのを止めた。
「…疑ってしまってすまなかった。」
「…。」
カウロさんは下を向き、悲しい、暗い顔をしていた。
「…気にすんなよ。国を守るためだ。それくらいして当然だと思うぞ。」
「しかし…。」
俺は立ち上がって、
「それに、俺たちを王都まで送ってくれるんだろ?だったらそれでチャラだ。はい、この話は終わり!嫌なことは酒飲んで忘れたらいいんだよ。まあ俺はまだ一年足りねえけどな。」
と言った。
「…。フフッ、おかしな奴だな、タロウは。」
カウロさんの表情が少し明るくなった気がした。
「じゃあ、俺はコイツを寝床まで送り届けてくるよ。全くコイツはこんなところで寝やがって…。じゃあまた明日。」
「…ああ、また明日…。」
そして俺たちは寝床用に準備されていたテントへ、カウロさんはシェリス姫の元へ向かった。
翌朝、日が昇ると同時に村を出て俺たちは無事王都に到着し、馬車に乗ったまま町を見ていた。
そこは他の町よりも賑わっており、昼間から酒を飲む兵士に、兵士ごっこをする子供、買い物をする夫婦。町の中央にそびえ立つ大きな城。
そして何よりも、亜人が人と同じように生活していることに驚いた。
「はえー…。」
と口を開けて眺めていると、
「…良い町だろう、ここは?」
とカウロさんが話しかけてきた。
「まあ…。なあ、ここではその…亜人は…差別されてないんだな。」
と聞くと、
「今はな。昔はここでも、タロウがリーム市で見たように亜人は差別されていた。だが今から約五十年前に今の王、ザシュクロウ・ルーフィリア様が亜人への差別撤廃を成されたんだ。しかし国全体とは行かず、王都から離れた場所では未だに差別が根強く残っている地域も多い。我々もどうにかしたいが国家間の付き合い、ギルドや盗賊など問題が多くて、そっちに動けないのが現状でな…。ああ、すまない。暗い話をしてしまったな。忘れてくれ。」
しかし、途中からどうでもよくなり再び外を眺めていたので俺は、
「え、ああ、いいよ。気にしない気にしない。」
と適当に流した。
しばらくすると馬車が止まった。
「そろそろ城に到着する。さすがに城内には入れられないし、今日は客人が来る日でな。悪いがこの辺りで降りてくれ。」
「おう、ありがとな。じゃあまたどこかで。」
そして俺たちは馬車から降りた。
フト市で見て回った時にある程度の店のマークは覚えておいたのだが、知らないマークもちらほらとあるようだ。
「んー…。」
ネアが俺の服を引っ張ってくる。
「ん?何だ?」
「…手。」
「手がどうした?」
「…つなぐ。」
「…はあ?何で俺がお前みたいなガキにそんなこと…。」
ネアの視線の先には、普通の家族が居た。誰がどう見ても普通と言うような家族が。
母親と父親に挟まれて両手をつなぐ男の子が。
「仕方ねえな…。今日だけだぞ。」
「うん!タロウ!タロウ!」
この時のネアは、とても楽しそうな普通の女の子に見えた。
「(ていうか始めて名前呼ばれたな。忘れてんのかと思ってた。俺も…。)」
しばらく大通りを歩いていると、騒がしい声が聞こえて来た。
「ふむ。貴様らが私よりも強いと…?」
「おうよ!お前みたいなちっせえガキに誰が負けるかってんだよ!俺様はあの魔獣狩りのブローゼン様だぞ!」
「…誰だ?その様な奴らは見たことも聞いたこともないな。」
「んだとこのガキぃ!?そこまで言うなら、この俺様をやってみろよ!ああん!?」
一人は水色の髪に青の瞳、背中には小さな羽が六枚見える。パッと見では小さな女の子にしか見えない。
その一方で口調からして悪そうなもう一人は、見た目は強そうな筋肉男だ。
「巻き込まれる前に逃ーげよっと。」
面倒ごとになる気しかしなかった俺がその場を立ち去ろうとした時だった。
「ふむ。では少し遊んでやろう。」
唐突に女の子を囲うように魔法陣六、いや十二個が現れ、そしてこう唱えた。
「大旋風。」
その瞬間、ゴオオオオオオオ!!と強風が吹いた。
「うわああああ!!」
「きゃああああ!!」
その風は筋肉男やその男の仲間、さらには周囲に居た人々をも空中に投げ出した。
女の子は一歩も動いて居なかった。
そして魔法の手で適当に地面や遠くの建物に掴まっていた俺と、何となく手で掴んだおいたネアも一歩も動いて居なかった。
「ふう。全く人間というのは本当に愚かな生き物である…な…?」
「(あ、やっべこっち見た。これ、倒れた方が良さそうだな。)ウ、ウワー。」
何かを察し俺は倒れておいた。そしてそれを見たネアも、
「ウアー。」
と倒れた。
しかし時すでに遅し。彼女がゆっくりと近づいて来た。
「…おい、そこの少年。」
「(無視無視。)…。」
「聞こえておるのだろう?返事をしたらどうだ?」
「(キコエテマセーン。ボクハナーンニモキコエテマセーン。)…。」
ふと視線を上げると彼女がすぐ近くまで来ていた。
近すぎて下着が見えているが、まあ俺は悪く無いしせっかくなので見させてもらおう。
「はあ、全く…。本当に人間というやつは…。私はクゥリム、妖精族の姫だ。そして貴様に命令だ。私を護衛せよ。」
「(嫌です。というか姫とか信じられるかよ。)…。」
「…まだ黙っているつもりか?残念だが私は嘘を見抜くことが出来てな。貴様が起きておることぐらい最初から…というかあの状況で分からぬ訳が無いだろう。」
俺はこれが真実かどうかは分からないが、そりゃあまあ起きているのは気づかれてるか、と観念し起き上がることにした。
もう少し下着見てたかったなあ。
「はあ…まあそれもそうか…。よいしょっと。ほらネア、お前ももういいぞ。」
「あーい。」
「ようやくか。私には時間が無いのだが…む?おお、良いところに…。」
「ん?何…うおっと。」
するとすぐに彼女、クゥリムは俺とネアを近くの服屋に連れ込んだ。
そして、
「ふむ。まあこのくらいで良しとしてやろう。」
「…。」
「おー…!」
俺は執事のような服装に、ネアはメイドのような服装に着替えさせられた。ネアはとても喜んでいるようだが…。
「おいおい…とりあえず着てはやったが、何だこれは?」
俺は今まで着ていた動きやすくいかにも旅人、という服装を脱がされ少し不満気にそう聞いた。
「貴様こそ何を言っておるのだ?これから城に向かうというのにあのような服装で良い訳が無いだろう。」
「…はあ?城?」
俺は一瞬、何を言っているのか理解できなかったし、聞き間違いの可能性もあるので聞き返した。
「うむ。城じゃ。」
「…。」
間違ってなかった。
どうやらクゥリムは城に向かうつもりらしい。
まさか本当に姫…なのか?
だとしたら何で俺たちなんだ…?俺みたいなチビより、そこら辺にいる長身のイケメンの方がよっぽどいいだろうに。
「むむ?どうしたそんな顔をして?…ああ、何故僕が…とでも思っておるのか?まあそこは気にするで無い。そして、さっきも言った通り貴様らには護衛をして貰いたいのだ。」
「いや、あんた強いだろ。」
俺は迷いなくそう返した。するとクゥリムは、
「そうでは無い。私一人だとさっきのように絡んでくる愚かな人間がおるのだ。まあ貴様も愚かではあるが、先程の私の攻撃を見事耐え切って見せた。よって、その褒美に私の護衛をさせてやるというのだ。感謝せい。」
俺はこういう傲慢なやつは苦手だ。それに何だこの面倒なイベントは…。
…いや、でも好都合か?
コイツが本当に姫なら、後でたんまりと報酬を貰ってやる。まあ本当ならな。
「…はいよ。分かった分かった。一緒に行ってやるよ。俺はタロウ。そしてこっちはネアだ。…で、後できちんと報酬貰うからな。」
「だから褒美は私の護衛だと…。まあ良い、金なら国に腐る程あるからな。後でくれてやる。とにかく私には時間が無いのだ。早く行くぞ。」
「はいはーい。守って見せますよ、白色の姫様。」
「白…?………!?き、貴様!あの時、わ、私のし、し、下着を見おったな!?この無礼者め!二度と言うでないぞ!くっ!後で覚えておれよ!」
クゥリムの顔が真っ赤になって行くのが見てて分かった。
ははは、面白いでやんの。
そして、俺たちは城へ向かった。
城までは途中で飯を食べたり、装飾品の店に入って中を覗いたりしただけで、問題は何も起こらなかった。
「(時間無いって嘘だったのか?すっげえゆっくりしてんだけど…。)」
そして城に到着した。
「おおお、クゥリム姫。わざわざ遠い場所からこのような辺鄙な場所に、ようこそおいでなさいました。」
「(え…?)」
「うむ、ザシュクロウよ。お出迎えご苦労である。」
「(え…?)」
「…ん、どうしたタロウよ?行くぞ。」
「(えええええええええええ!?!!??!?)」
おまけ
飯屋にて。
「お、どうした、クゥリムお姫様?」
何やらクゥリムは震えているような…。
「う、うるさい!黙っておれ!」
手元の皿を見ると、大きな魚がのっていた。
クゥリムが、
「何でも良い。」
と言ったので、久しぶりに食べたかった魚のあるものを選んだのだが、これは思わぬ幸運。
「…あれれー?もしかしてお魚嫌いなんですかー?」
「ち、ち、ち、違うわい!は、は、初めて見る、た、食べ物じゃからな!少し動揺しておるだけじゃ!」
すっげえ動揺してんな…。
「へぇー…。でもほら、ウチのネアもお魚は初めてですけどー、あんなにガツガツ食べてますよー?」
まあアイツは食えるものなら何でも食べるんだろうけど…、と考えながら少し挑発した。
「…!?わ、私とてあれぐらい…!」
この後、めっちゃ骨刺さった。
(どうなっているのかは分からないが、ネアは骨ごと食ってた。クゥリムも変な魔法で骨抜いてた。)