3話 ネア
「はあ、どうすっかなー…。」
リーム市を抜け森に入った俺たちだったが、どこを向いて行けば良いのかも分からず、とりあえず道なりに進むことにした。
「おっ?あれは…?」
魔法の手レーダーで周囲を調べてみると、少し行った先に小さな洞穴があるのが分かった。
「ラッキー。人も居ないみたいだし、今夜はあそこで休むか。」
と言いながら洞穴に近づき、誰もいないと分かっていながら小声で、
「お邪魔しまーす…。」
と呟きながら、一応中の様子を伺った。
中は特に何も無く、多少石が転がっている程度の様だ。
「ふう…。」
と寝床を見つけたことから少し安堵し、女の子を地面に下ろした。
そして女の子を見ながら、
「(綺麗な翼だな…。白い翼を持ってんのは天族だったか?歳は…十、十一辺りか?)」
と、少し女の子について考えてみた。
「にしても、魔獣も見当たらないな。平和で良いっちゃ良いんだけど、こう食料が無い時にいないのはなあ…。」
これは砦からリーム市への道のりででも分かっていたことだが、この辺りにはほとんど魔獣がいないみたいだ。
魔獣の肉はおいしいとは言えないが、それでも何も食べないよりマシだ。
「しかしまあ、魔獣がいない以上、肉の確保は諦めた方が良さそうだな。」
そう言いながら外へ出た。
「さて。火は起こそうにも俺は炎魔法使えねえし、とりあえず食える物でも探しに行くか。」
幸い、今の時期は比較的温暖なようで寒くはなかったため、無理に火を起こす必要は無かった。
そして、魔法の手レーダーで周囲を探すと、
「おっ!食えそうな物見っけ!」
すぐ近くに実のなっている木を見つけた。
その実は、片手で持てるサイズの黄色で真ん丸の果物だった。
俺はそれをいくつか取り、洞穴に戻った。
「さあてと。これ、食えんのか?」
と、地面に座りシャクッと一口。
「うえ…。にっが…。」
その果物はすごく苦味が強かったが、水分を多く含んでおり、喉を潤すには丁度良かった。
「でもまあ、食えねえことは無いな…。毒無いよな、お前?」
そう果物に言いながら三つ程食べると、
「ふう…。そろそろ寝るか。」
と言って、女の子の近くにその果物を二つ置き、魔法の手レーダーで周囲に人がいないことを確認した後、
「あ、そういやお前、血拭くの忘れてたわ。水も欲しいし、明日川でも探すか。」
と言うと、女の子の近くで座って寝ることにした。
翌朝、
「うえ…。」
と言う声が聞こえ目が覚めた。
すると俺の目の前には、昨日勝手に助けた女の子が黄色の果物を齧っていた。
「よお、お前。やっと目覚ましたのか?」
と聞くと女の子はビクッとなり、恐る恐る後ろを振り向いてきた。
「(銀色の瞳か?…にしてもこいつ、俺のことに気付かずに食ってたのかよ…)。なあ、これから川でも探しに…。」
と喋っている途中で、
「あっ…。…ん…なさ……。」
と女の子が何か言っていたが、上手く聞き取れなかったので、
「え?声小せえよ。もっとでかい声で…。」
と女の子の方を見ると、
「ごめん…なさい…。」
と泣きながら謝ってきた。
俺は訳が分からず、
「はあ?何がだよ?」
と聞き返すと、
「勝手に…食べた…から…。」
と返してきた。
「いやいや、それお前のだし。それにそれ不味いからもういらねえよ。」
と言うが、
「ごめん…なさい…。ごめん…なさい…。」
と涙目で、何かに怯える様に俺を見てくる。
「(俺、昨日の奴らと同じだと思われてんのかな?)なあ、もう泣くなよ。別に怒ってないからさ。」
と微笑みかけるが、
「うぇっ…。ごめん…なさい…。ごめん…なさい…。」
と、女の子は謝罪を繰り返した。
「(俺のこの優しい顔見てくれよ。怒ってないぞ。な?…俺そんな怖い顔してたっけな?)」
と心の中で思った。
正直、面倒だなと思いつつも放って行くわけにもいかないので、半ば強引に、
「ったく。喉乾いたから川探しに行くぞ。」
と言って、魔法の手で女の子を持ち上げ洞穴から出た。
川は魔法の手レーダーを使いすぐに見つけたが、そこに行く道中も女の子は泣き続けた。しかし、疲れたのか嗚咽を繰り返すだけで、謝罪はしなくなっていた。
「ようやく静かになったか…。」
と女の子を見た。
「って、それ食ってただけかよ!」
嗚咽はあの果物を食べたことによるものだった。
まあ泣きはしていたが…。
「っんぐ!うぇ…。」
「ははっ、逞しくて結構…。」
なんて言っていると、
「おっ、着いた着いた。」
と川に着いた。
川幅は二メートルから三メートル程で、左右に伸びていた。
また、右側の少し離れた場所に橋が架かっていて、橋の向こう側に人が居るのが確認できた。
早速、女の子の血を流そうと服を脱がそうとするが、
「…ひっ!」
ビクッとし、再び泣き出しそうになった。
「ほら、血流してやるから服脱げ。」
と言うが、
「ごめん…なさい…。」
とまた謝罪をしてきた。
「あのなあ、別に俺は…。」
と話を続けようとするが女の子が、
「何も…しない…から…。私…何も…しない…から…。もう…痛い…こと…しない…で…。」
と言ってきた。
この子がどんな日々を送ってきたのかは見当がつく。
だが、俺はこの子と同じ目にあった訳でも無いし、こういう時どう接したら良いのか分からない。
そして、この子のことを思えば心が痛むが、正直どうでもいい。だから、
「俺はお前に興味ねえよ。」
としか言えなかった。
「ほら、さっさと脱げ。」
と女の子は泣いているが、無理矢理服を脱がせて川に浸けた。
そして、上から水をかけ血を拭いながら、少し考えていた。
果たしてどうするのが正解だったのか。ソッと抱きしめてやれば良かったのか?俺が守ってやるとでも言えば良かったのか?
「(まあ、何しても泣き続けただろうしどうでもいいか。ていうかここだけ見られたらただの変質者じゃねえか!早く終わらそ)。」
と、急いで終わらせた。
女の子に服を着せると、少し落ち着いたのか泣き止んだ。
そして、
「あ、あ…りがと…う…。」
と言ってきた。
俺は、
「…行くぞ。」
と言って橋へ向かった。
橋へ向かう途中、後ろからついてくる女の子に、
「俺はタロウだ。お前、名前は?」
と聞くと、
「ネア…。」
と答えたので、
「そうか、分かった。」
とだけ言っておいた。
橋までの距離は短かったので、数分歩くとすぐに着いた。
木で出来ていて所々欠けている部分があることから、少し前に造られたものだと分かった。
すると、橋の真ん中を超えたあたりで、馬に荷物を持たせている行商人の姿が見えた。
「(行商人か。向こうから来たってことは、このまま行けば町があるかもな。)」
と考えながらも一応、
「おはようございます。少しお聞きしたいのですが、向こうに町は有りますか?」
と聞いてみた。
すると、ネアが俺の後ろに隠れた。
「(人が怖いのか?ていうか俺はもういいのかよ…)。」
なんて考えていると行商人の男性が、
「ええ、有りますよ。兄ちゃん、もしかして旅人かい?」
と聞いてきたので、
「はい。」
と、とりあえず素直に答えておいた。
「(ニヤリ)。そうか。で、どこかギルドには入っているのかい?」
「(今、少し笑ったか?)」
まあそこは無視しておいて、聞き慣れない言葉が出て来たので、
「ギルド…?」
と問うと行商人は、
「ああ、俺たち行商人にもギルドってのは有るんだが、まあ簡単に言えば同業者の集まりだな。俺たち行商人なら、今、どこで、どういった物が売れているのかとか情報を交換し合うんだよ。それでお互いボロ儲けって訳さ。」
と説明してくれた。
「へえ。(成る程。そういや俺たちの島でも似たような事してる連中が居たな)。で、この先の町に何があるんですか?」
「ああ。この先にあるのはフト市って言ってな、国に四つしかないギルド作成所があるのさ。旅人なら、そこでどこか大手のギルドに入っておくといいぜ。旅人は皆そうしてるしな。あー後、そこで色んな人からの依頼が見れるぜ。手軽に金を稼ぎたきゃその依頼をこなせば良いさ。」
旅人が皆大手のギルドに入っているのは、自らの安全のためだろうか?まあ、俺には不要だと思うが。
「そうなんですか。それはご親切にありがとうございます。」
「はは!良いって良いって、気にするなよ!じゃあな!」
「はい。さようなら。」
と礼を言って別れた。
「そうか…。ギルド…ねえ…。」
考え直すと、俺一人なら良いのだがこの子、ネアのこともあるし、とりあえずギルドには入るべきか?
しかしあの行商人の笑み、どうもギルドというものが胡散臭く感じる。
「まあ、行ってみれば分かるか。」
と自己解決し、ギルドの話は置いておくことにした。
またその後も、ネアは何を考えているのかよく分からないが、俺の後ろを付いて来た。
「(助けはしたが、別に世話までする気は無いんだけどなあ…。いや、しかしまあ助けた俺の責任か。しばらくは世話してやるか)。」
そうして少し日が暮れてきた頃にまたもや壁が見えてきた。
「あれがフト市か。」
ネアはバッサバッサと翼で低空飛行している様で歩き疲れた様子は無く、意外と余裕そうだ。
とここで、あることに気付いた。
「そういやお前、身分証持ってんのか?」
と聞くと、ネアは首を横に振った。
「(持ってないのか。)じゃあ仮の身分証でも持ってんのか?」
と聞くが、また首を横に振った。
「うーん…。まあダメ元で行ってみるか。」
ネアは身分証を持っていないため入れない気もするが、とりあえず門の前まで行くことにした。
「ん?止まれ。身分証を見せろ。」
と兵士が言うので、
「はい。」
と身分証を渡すと、
「そっちのは奴隷か?」
と、兵士がネアの方を見て聞いてきた。
「(何つー質問だよ…。でもコレって奴隷なら身分証無しで通してもらえるってことか?)ああ、そうだ。」
もしかすると、と考えてネアを奴隷ということにしておいた。
「(やっぱりダメなのか…?)」
と思っていると、
「よし、通れ。」
と兵士が言った。
「え?」
と呆けた顔をしていると、
「ん?どうした?通って良いぞ?」
と兵士が繰り返し言ったので、
「あ、ああ、はい。…行くぞ。」
とネアに言い、フト市に入った。
「(いやいや…。これじゃあ身分証の意味無いじゃねえかよ…。)」
と奴隷への対応の適当さを考えながら町には入ると、そこはリーム市の様に賑わっていた。
「へえ、日暮れ時だってのに人が多いな。おいお前。離れると危ねえからちょっと掴ませてもらうぞ。」
これだけ人が多いと離れてしまう危険があったので、俺はネアの腕に魔法の手を巻き付けておいた。
「…?」
魔法の手は見えないし、触った感触も無いのでネアは不思議そうに俺と自分の腕を見た。
とここでふと、
「(そういやさっきこいつのこと奴隷って言っちまったけど、気にしてねえのか?それとも元よりそのつもりなのか?ああ、そう言えば俺リーム市でちょっと派手にやっちまってんだ…。あれぐらいじゃ他の町には伝えないのか?)」
などとネアのことと自分の安全を考えながらしばらく歩いていると、
「おっ、宿屋見っけ。」
昨日は泊まれなかったが、今日は無事に宿屋にたどり着いた。
昨日のフード少女が教えてくれたが、宿屋には必ず家のマークがある様で、すぐに分かった。
中に入ると、
「いらっしゃいませー!」
と元気な人の女の子が出迎えてくれた。
「旅人さんですか?」
と聞かれたので、
「ああ。」
と答えると、女の子はネアの方を見て、
「そちらは…?」
と言うので、
「…妹だ。」
と言っておいた。
「(さっき兵士には奴隷って言ったけど、まあバレねえだろ。大丈夫だよな?ていうか種族違うしバレるか?)」
と不安になったが、
「分っかりましたー!お母さーん!二名様でー!」
と聞こえたので、まあ大丈夫だろう。
そしてなによりも、久しぶりにベッドで寝れると思うと喜びを抑えきれなかった。
寝るまでにはまだ時間があったので、ネアの服を買うことにした。
「(にしてもあの大男。結構金持ってて良かったあ…。)」
とリーム市でお金をくれた大男に感謝し、今度はネアに、
「おい。そんな服で周りうろつかれても困るから服買ってやる。」
と言って、偶然にも宿屋から二件先にある服屋に入った。
「うーん。お前欲しい服あるか?」
俺は女の子の着る服など分からないのでネアに聞くが、ブンブンと首を横に振るだけだったので、
「これで良いか。」
と目の前にあった、子供サイズの緑色の服を選んだ。
ついでに帽子や靴、下着など一式揃っていて、丁度良かった。
すぐに会計を済ませ、宿屋に戻ると、
「ほらよ。これ着ろ。」
とネアに渡すと、
「…こ、これ…、わた…しの…?」
と驚いた顔で聞くので、
「そうだよ。早く着ろ。」
と言うとネアは、
「…うぇ…うう…ひっく…。」
とまた泣き始めた。
俺は黙ってネアから目を逸らし、
「(コイツ、服すらまともに貰えたことなかったのか?そういやこの宿屋、飯付きだっけ?)」
と考えながら窓の外を眺めていた。
ネアが服を着終えた後、宿屋は飯付きだった様で、俺を出迎えてくれた女の子が宿泊客である俺たちに飯を運んで来た。
今日は俺たちしか居ないので特別に運んで来たんだそうだ。
「う…ん…?んー…?」
「…口開けろ。」
ネアはフォークやスプーンが上手く使えない様だったので、今日は仕方なく俺が食わせてやった。
そして夜になった。
「(ネアのこと…ギルドのこと…あの少女のこと…気になることはあるが、今は今だ。金も無くなってきたし、そろそろ金稼ぎでもしないとなあ)。」
と明日からの計画を練りながらネアの方を見ると、
「スピー…。」
と熟睡していた。
「こいつなあ…。まあいいか、寝よ。」
俺は考えるのを止め、寝た。
おまけ
「んー!んー!」
ネアが中々服を着終えないので見てみると、もがいていた。
「(何してんだ?…あ!)」
ネアは翼が生えているが、この服にはそれを出す部分が無かったのだ。
服の後ろを二箇所、ズバッ!と魔法の手で切り裂くと、
「んー!ぱあ。」
とネアの翼が出てきた。
「(翼ってのも邪魔だな。)」
と思った。