1話 旅立ち
ここはルーフィリア王国から少し海を挟んだ島にある『ミラヘクト村』。
ミラヘクト村は、自然現象により住む場所を失った者や迫害された者が偶然集まり出来たと言い伝えられており、人以外にも獣人、蜥蜴人などの亜人が協力し合い平和に暮らしている。
そこのごく一般的な家庭で、ある男の子が生まれた。黒色の髪に黒色の瞳を持つ男の子だ。その子の名はタロウ。俺である。両親は共に人だ。
俺は魔力をほぼ無限に持っていたが固有能力を持たず、また無属性の魔法しか使用できなかった。
無属性魔法は数が少なく、身体能力を強化し、日常生活を支える程度にのみ役立つ魔法しか無かったが、魔力の多い俺はその力を最大限、いや限界を超え利用できた。
そして俺は魔力を実体化することができ、それは剣に、時には盾にもなった。
こんな感じで割と優秀な力だが、俺はその力を悪用しようとは思わなかった。これはある意味両親のおかげかもしれない。
事の発端は俺が五歳の時だった。
ドン!ガラガラガラガラ!
俺は家を破壊した。
理由は両親の喧嘩が耳障りだったからだ。
そして、破壊された家の破片が両親を襲った。
「キャーーーー!」
このいかにも悲鳴だな、という悲鳴を上げているのは俺の母親だ。
「ハニー!危なーい!」
この、控え目に言っても気持ち悪い発言をしているのは俺の父親だ。
ハニーは、俺の父さんが母さんを呼ぶときの呼称で、正直恥ずかしいしやめてほしい。
ガラガラガラガラ!カラッ…。
元より少しイラッとして家に八つ当たりしただけで、家を破壊する気が無かった俺は、無表情で破片を全て止めて元に戻した。
「ハニー大丈夫かい!?」
破片が刺さった訳では無く、一人勝手に地面で顔を打ち鼻血を出している俺の父さんが母さんに聞いた。
「わ、私は大丈夫だけど貴方が…」
ここで母さんの紹介でもしておこう。
名前は知らない。父さんはハニーと呼んでいるが、父さん自身母さんの名前を知らないらしい。
長い黒髪に赤色の瞳。いつも笑顔で怒った姿はほとんど見たことがない。
「ハハ!僕かい?僕のことは気にしなくていいよ!ああ、ハニーが無事で良かったよ。」
ついでに父さんの紹介もしておこう。
いつもボサッとしている茶髪に黒色の瞳、無職だがどこかから収入を得ている。いつも陽気で明るく、母さんのこと以外は何も考えていないただのアホだ。
「貴方…」
「ハニー…」
「(この馬鹿夫婦、息子のことは無視かよ)。」
俺は五歳にして両親の異常さを悟った。
そしてその後、
「そうだハニー。家なんて捨てちゃって森に住んじゃわない?ほら、自然との触れ合いとかタロウの教育にもいいと思うんだ!」
「さすが貴方ね!今すぐそうしましょう!」
喉どころかもう歯の辺りにまで来ている、本当に馬鹿か、という言葉を俺は飲み込んだ。
また森に向かう途中でも
「全く、タロちゃん!タロちゃんの力は人より強いんだから、お家に使っちゃお家が壊れちゃうでしょ!」
母さんが人差し指を口元に当てて、何やら怒っている…のか?
「(元はと言えばあんたらの喧嘩が原因だよ。)」
しかし、暴れてしまい両親に怪我をさせてしまうところだったのも事実だ。なので俺は反省した。
「まあまあハニー落ち着いて。タロウはまだ小さいんだから力の使い方がよく分かってないんだよ。僕らでしっかり教えてあげないとね!」
父さんは、母さんの肩を叩きながら上から目線で言ってくる。
「まあ貴方!そういう優しいところ、好きよ…。」
「え、えええ、ああ、あああそそそそそそうだね!でででもハニーの方がもっと優しいよ!ややや優しいハニー大好きだなあ!」
「貴方…。」
「ハニー…。」
あーはいはい分かりましたよ、どうあがいてもそうなるんですね、と思いながら不用意に両親の、そして他人の前では二度とこの力を使わないでおこうと決意した。
そんなこんなで数年間は、あの力を使わずに魔法のみを使い過ごした。
ちなみに両親の喧嘩は、母が父以外の男性と話していたのを見た父が拗ねたことから始まった。
そしえ俺は十七歳になった。
「貴方…。」
「ハニー…。」
何故こうなったのかは皆さんの想像に任せよう。
「父さん母さん、ほら、家が見えてきたよ。」
すっかりいつもの茶番劇に慣れ、見事に無視し話をねじ込んだ。
そして見えてきたのは小さな石造りの家。
俺たち家族が昔住んでいた家だ。
「うん?お、おおおおお!久しぶりの我が家だよ、ハニー!」
「あらあら、ほんと久しぶりねえ。」
「ここからまた君と二人きりの生活が…。」
「…まあ!やだあ!貴方ったらあ…。」
「い、いやそういうことはしないよ!いや別に魅力が無いという訳でも無いよ!」
「貴方…。」
「ハニー…。」
この馬鹿夫婦のことは放っておこう。
さて話を戻すと、俺は旅に出ることを決めた。
元々俺のためと言うことで森に住んでいたため、俺が旅に出る今、無理に森に住む必要はない。
そのため、両親は再び最初の家に戻ってきたという訳だ。
俺は半分、いや八割はとにかくこの馬鹿夫婦から離れたかったからで、残りの二割は定住地を探すためだった。
この島は正直つまらない。刺激が欲しい、という訳でも無いがもう少し発展した場所で生活がしたい。
そしてここは島の南端。ここから小舟で大陸に向かう。
「本当に行くんだね。」
父さんが目を潤わせながら聞いてくる。
「…うん。」
俺は父さんの意外な反応に少し戸惑ったが、すぐに返事を返した。
「まあ、可愛い子には旅をさせよって言うしね。何かあったらすぐ帰ってくるんだよ。」
「うん、分かった。何かあったら(一人で森に)帰るよ。」
父さんの気持ちも分かるが、もう一度あんたら馬鹿夫婦と一緒に住むくらいならそこら辺の森に住む方がマシだ。
「しっかりね、タロちゃん。」
母さんが俺を抱きしめる。
「ああ。」
一通りの挨拶を終え、何も持たず小舟に乗り込むと
「じゃあ行ってくるよ。」
と言って、オールを使うと疲れるので、実体化させた魔力で小舟を漕ぎ始めた。
ここで、何度も実体化させた魔力と呼ぶのは面倒なので仮に『魔法の手』とでも名付けておこう。
ちなみに俺は両親の盗む必要のない目を盗み、日々魔法の手の練習をしていたため色々なことが出来るようになった。
例えば、普段から魔力を周囲に放ち、それをレーダーの様にして気配を察知し空から落ちてくる鳥の糞を回避したり、果物を等間隔に刻んだり、また自分を魔力で覆い水中を歩いたりも出来た。
では何故、今小舟に乗っているのかという話だが、
「ザバァ!」
「お、おい…。あいつ水中から出てきやがったぜ…。」
「見ろよ…。しかも濡れてねえぜ…。」
なんてことになり目立つのが嫌だからだ。
大陸が近づいてきた。ここまでおよそ一時間かかったが、思っていたよりは早く着いた。
ここから俺の旅は始まるのか知らないが、
あの馬鹿夫婦から離れられた喜び、そして旅への期待。
色々と理由はあるが、ここから俺の人生が大きく変わるのだと思うと胸が踊った。