怖えぇ
葉山でバスを降り、走って来た方向に歩きだし20mほど進むと立て看板があった。
白地に黒い文字で「小池商事」とだけ書いてあり、矢印が右を指している。
「この路地の先か」僕は左右を民家の生垣に囲われた路地を進んだ。
20歩くらいで平屋建ての民家に突き当たった。玄関口には商店によくある、アイスを入れる
冷蔵庫と、漬物をつけておくような大きなプラスチック製の桶が数個、無造作に重ねられていた。
それと、とうもろこしが詰められた箱が10個くらい、こちらも重ねられている。
僕は開け放たれている玄関の滑り戸の前に立ち「こんにちわ。すみませーん。」と声をかけてみた。
すぐに「はいー!」と、電話をかけた時に応対してくれた様な、しわがれた声がリアルでは更にドスを効かせ返事があり、背の高く痩せた、真っ黒に日焼けした中年の男がにょきっと姿を現した。
なかなかの二枚目である。
ただ目つきが尋常ではない。眼光鋭いというのですか。
「昨日、電話をした内田です。バイトで・・・もごもご」
「おおう!よく来たね埼玉からだっけかあ? さ、さ、上がりな」
僕は放心状態で、背の高く痩せた中年の男を見つめた。
男は甚兵衛さんのような紺色の和風の服を羽織っていたが、両手首まで入れ墨が入っていた。
「や・・・くざだ、や・・・く・・・ざ」
髪の毛は短く刈り込まれ、パンチパーマがあてられていた。日焼けした中年男は、口元にかすかに笑いを
浮かべている。僕の鋭い感受性には、それがかえって「カモが来やがったな」という風情に感じられ
、放心状態のまま玄関口でスニーカーを脱ぎ、「失礼します」と告げ、玄関あがりの板の間に足を踏み入れてしまった。
「怖えぇ!」「足を踏み入れてしまった。どうして猛ダッシュで踵をかえさなかったんだ!
相手は僕がどこのどいつなんて分からないのに・・・」といろいろな思いがぐるぐると頭の中を
駆け巡りトーキング・ヘッズ状態になってしまった。
父が言った「テキヤだな」「露天商と言ってヤクザとは言えないが、そんな人たち」
というフレーズが頭の中を駆け巡った。「さあさあ、そこに座って。喉、渇いただろ?
おーい、麦茶してやってくれえ」
60歳くらいの年配の叔母さんがお盆にコップに入れた麦茶をのせ、そろそろと歩み寄ってきた。
「こんにちわ。どうぞお」と言って差し出された麦茶を、僕は一気に飲み干した。