RIDE
横須賀線は品川から逗子まで、一時間は線路に揺られなければならなかった。停車するたびに
色とりどりの夏らしい装いの若い男女が乗り込んでくる。
明らかに下車する人数より多い!
「どんどんと近づいている!」心臓がビートアップしていくのが分かる。
ふと気が付いことがあった。
夏休みに入ってから買った、読みかけの矢沢永吉の「成り上がり」をバッグに入れ忘れた。
僕は葉山にも本屋はあるだろうから、夜の小部屋で読む本を物色しようと思いなおした。
昼間は「日給 8,000円」の仕事をするのだから、夜はゆっくりできるものとしか考えていなかった。
そうこうするうちに、次の駅が逗子との車内アナウンスが聴こえた。海は近い!
逗子駅からは葉山マリーナを通るバスに乗り、葉山停留所で降りる。降りたら葉山警察とは
逆方向に少し歩くと「小池商事」の立て看板があるので、そこの路地を入って道なりに進めば
突き当たる。そこが僕の夏のベースキャンプであり、日給 8,000円上を保証してくれ
三食、寮完備の夏の棲み処の「小池商事」だ。
逗子駅で下車し、駅員に「葉山に行きたい」と告げどの路線バスに乗ればいいのか聴いた。
駅前は海のない海のような有様だった。ふくらませた浮輪を首からかけた同年代の男、
タンクトップにホットパンツ、ビーチサンダルとそのまま海に飛び込めそうな装いの女の子たち。
僕はそんな中でちょっとダサい自分に照れながら「帰りには洒落たアロハシャツをきて帰ろう」
と気持ちを引き締めた。
汗して働き報酬を得る。そして少し大人びて帰れる。漠然とした予感があった。
バスは満員で、とてもではないが座れる状況にはなかった。振り返れば家を出てから
立ちっぱなしだったことに気が付いた。それで少し疲労感。でも、ベースキャンプまでは
あと少しだ。そこでは冷たい飲み物を出してくれて「遠いところよく来ましたあ。
一日早かったですねあ。晩飯までは少しありますんで部屋で休んでくださいあ。」と、
四畳半くらいの部屋に通される。
まぁそんな感じでしょう。と、つり革につかまって必死に耐えた僕だった。