第四話 神の招待とお願い
薄い光が僕を包み込む。
意識を失う少し前の記憶。
頭の中に知らない言語や知識が入り込んでくる。絶え間なく続く頭痛に耐えながらそれを押さえ込もうとする。
しばらくして、女性のどこか温もりの感じる声音の声が聞こえた。
『……やっと……見つけました』
その声が聞こえた瞬間、僕の体はシャットダウンしたように動かなくなった。
◇◆◇◆◇
目覚めたのはいつ頃だっただろうか、少し前の記憶があまりない頭で時間をはかる……。どうやら本当に吸い込まれてからの記憶がないらしい。覚えているのは頭痛の痛みだけ。
僕はそんな事を思い出しながら辺りを見渡した。ぼやけていた目がはっきりとしていく中、周りの何もない空間を見る。正確には、椅子が2つ置いてあった。
僕は何者かにみちびかれるように、奥の椅子に座った。
暫くして、目の前の椅子に白い光の粒が集まってきた。それは人の形を作ると一斉に輝きだして僕の目を焼いた。
「ッ!」
光が収まったのを感じて顔を上げると、そこには白いワンピース姿の金髪の女性が宙に浮いていた。
その女性は、ゆっくりと目を開けてこちらをみる。その透き通るように綺麗な金色の瞳に、僕は思わず息をのむ。
女性は、その薄桃色の唇を動かして威厳と目に見えない不思議なオーラを発しながら喋りかけてきた。
『あなたが、天影璃乃さんですね?……私は女神フローラと言います。あなたを異世界へ召還するためにここへ呼びました』
フローラと名乗るその女神を、僕は観察する。
この手の異世界転移物というのは、だいたいが世界が危機に瀕していたり、あるいは死んでしまって転生したり、頼みごとを受けたりと様々だ。
普通はこういうときは帰してくれと喚いたり、どうしたらいいんだ、と悩むことだろう。
だが、僕は酷く冷静だった。冷静に彼女のことを観察する。すると、彼女は口を開いた。
『あなたに、異世界へ行っていただきたいのです』
……ふむ、異世界転移は魅力的というか、面白そうで行ってみたいのだが……。
「質問してもいいですか?」
『はい』
たぶん、あのまま光に包まれていても異世界へ転移出来たのではないか?ならば、僕が呼ばれたのには意味があるのではないか?この力のことを言っているのか?それを少し知りたくなった。
「何故、僕をここへ呼んだんですか?」
『あなたが一番適任だったからです』
「何がですか?」
『……私の世界を救うのに、です』
勝手に決められるのは困る。僕はそんな事はしたくはない。異世界転移は魅力的で面白そうなのだが、そんな面倒ごとをするのは僕の好むところではない。
そう言えば、僕と一緒に呼び出されたクラスのみんなはどうなるのだろう。
「僕と一緒に白い光に包まれた人たちは、どこへ行ったのですか?」
『元々、此処へあなたを呼びだしたのは、あなたのクラス委員長の東光希さんを呼び出そうとした王国の人がその周りを巻き込んで召還したのがきっかけです。それを横から邪魔しました』
「……何で僕なんですか?」
フローラは口に指先を当てて、少し微笑んで言った。
『あなたがよかったのです。あなたのその力はとても魅力的です』
「ッ!」
フローラのその言葉に驚く。想定の範囲内なのは確かだが、本当に知っているとは思わなかった。
『異世界へ召還された方々は今は無事です。もっとも、この後どうなるかはわかりませんが』
「何が言いたい」
相手の雰囲気が変わった事で、僕も口調を変える。相手が僕に対して何をしてくるのかわからない以上、こちらも手のだしようがない。
僕は警戒態勢で、相手の話を聞く。
『私はあなたに言いました。世界を救ってほしいと……』
「それだけじゃないはずだ、他になにを隠している」
フローラは僕をじっとみて口を開いた。
『……王国は、今は悪に染まってきています。昔はもっと活気があった、それを戻したいのです。私は、あなたに王国の状況とその報告、できれば……』
「なんだ?」
フローラは、目を伏せて確かな決意をその瞳に宿し、口を開く。
『王族を殺してほしい』
その言葉は、確固たる意志をもって発せられた。その強い意志に思わず後ずさる。
彼女は、僕に王族を殺してほしいといった。此処で僕には関係のないことだ、と切って捨ててもいい。だが、フローラはさっき、クラスメイトは無事かと質問したときに今はといった。ということはこれからどうなるかがわからない以上、正直、クラスメイトがどうなろうといいが、雫や花蓮、健が傷つくのは耐えられそうにない。だがこのまま、はい、わかりました。というのは、ちょっと納得いかない。だから僕は『条件』を出すことにした。
「わかった。何とかしよう」
僕のその言葉にうれしそうな顔をするが、その後に続く言葉に頬をひきつらせる。
「でも、今後一切僕のする事に関わらないこと」
『……はい、わかりました』
「それと……」
『何でしょうか?』
僕はこのチャンスを逃せまい!と、本当の『条件』を出す。
「僕の身長をのばしてくれ……!!」
『……はい?』
すると、そんな間の抜けた声がかえってきた。
僕は一仕事終えたかのように、ふぅ、と額にない汗を拭った。以前から気になっていた僕の身長を、今しかないと思い神様に伸ばしてもらおうということだ。すると、女神様からは容赦のない口撃が返ってきた。
『申し訳ありませんが、それはできません』
「……へ?」
『人の身体的な成長に関することには、関わることができません』
どうやらそういうことらしい。変わりに、と続けて女神は僕の頭の上に手を浮かせる。すると体が薄く輝く。
『経験値のもらえる量の底上げと、【分析】のスキルを与えましょう。それと……』
そう言って、どこから取り出したのか、白く輝くナイフで自分の指先を少し切る。そこから血が滴り落ちる。
それは頭上で波紋を広げ、僕の体を包み込んだ。
『【女神の加護】です。それは、私の血を分けたことで相手の強奪系スキルの無効ができます。あとは、レベルが上の相手と戦うときのアビリティー大幅アップくらいでしょうか。後は自分で確認してください。その方が面白いでしょう?』
今までの威厳ある発言とは裏腹に、楽しそうにスキルの説明をする。その説明に若干ひいてしまう。
すると、ちょっと恥ずかしかったのか、フローラは咳払いをしてから真剣な顔で話しはじめた。
『あなたの力は不完全です。おそらく自分で制御が効かないのでしょう、それはとても危うい状態です。なので、使う場合はくれぐれも気をつけてください』
「わかった」
僕の返事ににっこり微笑むとフローラは、空中に一枚の紙を取り出した。それは端の方が少し破れていたり、焦げていたりとかなりボロボロだった。その紙の中心には魔法陣と思われる幾何学模様がかかれていた。
それは、夜空のように綺麗で鮮やかな黒色の光を放つと、そこから黒と少し藍色の入った鞘に納められた柄が真っ黒の刀が出てきた。
それは所謂、合口拵えと呼ばれる刀だった。僅かに反りが入った刀は長さがちょうどよく、刀を抜くと、刃の部分まで真っ黒だった。ただその黒は、光を反射するような黒だった。
『それは、名前がありませんので自分でつけてください。その刀は、すごく頑丈で絶対に折れない【不壊属性】が刻まれていて、刃こぼれがまずありません。ですが、切れ味は落ちますので注意してください』
ここまでされると、何だか怖い。普通ここまでしてくれるだろうか?いや、しないだろう。何を考えているんだ。疑問には思ったが、聞くのをやめた。
そう言えば、時間はどうなっているのだろう。結構な時間がすぎたと思うのだが。
「なぁ、時間は今どうなっているんだ?結構過ぎただろう?」
『心配いりません。時間はそこまで進んでいません。ちょうど今、異世界へついたところでしょう』
どうやらそういうことらしい。時間の流れがこちらはすごく早いということだ。まさにファンタジー。
ややあって、女神フローラが手をたたくと、僕の目の前に白い文字が出てくる。
それは、白く発光して次々と合わさっていき、最後には魔法陣ができあがっていた。
その中にはいると、白い光が僕を包み込む。一回目の召還の時と同じだ。
フローラは手を振り、呟く。
『……お願いしますね?』
その言葉を最後に、僕はとうとう異世界へ旅たつのだった。
これで序章は終わりです。誤字脱字ありましたらお願いします。