秋、暖かな手の距離
ガラリと教室の扉を引くと、すっかり冷たくなった風が、私の前髪を持ち上げ、廊下へと通り抜けていった。整然と並べられた机の向こう。開いた窓枠に手をかけて、カナは身を乗り出し、短い髪を更に乱れさせていた。
「お待たせ」
もう少しその後ろ姿を見ていたい気持ちを抑え、声を掛ける。しかし、返事はない。外を見るのに夢中になり、気づいていないようだ。
机の間を縫い、彼女に近づいた。肩を叩き、もう一度声を掛ける。
「お待たせ、カナ」
「――うわっ!」
カナはとてもビックリしたようで、危うく窓から落ちそうになってしまった。なんとか引き上げ、ようやくこちらを向く。
「ごめん、カナ。ビックリさせちゃった……」
「ううん。ウチが気づかなかっただけだもん」
「寒くないの?」
「寒いけど、綺麗だったから」
私が何を見ていたのか聞くと、カナはもう一度窓の外を見て、あれだよ、と指さした。指先を目で追うと、民家の庭隅に立派な紅葉が立っていた。
「すっかり秋だねー」
「カナ、なんか年寄りみたい」
「ええー! そんなことないよー!」
私達はしばらく、ヒラヒラと空を踊る紅葉の群れを眺めていた。現実に連れ戻したのは、下校時刻を報せる大音量のチャイム。
慌てて窓を閉めるが、すっかり体は冷えてしまっていた。
「なんか今日は、あっという間だったねー」
「……楽しかったから?」
「数学、今日ウチの番だと思ってたら、当てられなかった!」
「……ただの勘違いじゃん」
「それもそっかー」
笑いながら、私は帰る支度を進める。カナは、教室をブラブラ歩いたりして、私を待っていてくれている。
席から立ち上がり、制服の上からコートを羽織った。
「ありがと、帰ろっか」
「はーい!」
教室を出る。廊下ですれ違った先生に軽い挨拶をしながら、下駄箱へ向かう。
下駄箱で靴を履き替え外に出ると、冷えた秋風がコートに侵入しようとしてくる。私はポケットに手を入れ、コートの襟に顔を埋めた。
「あれ? マフラーは?」
「朝、急いでたら忘れちゃって……」
「手袋も?」
「……うん」
カナは、やれやれ、と大げさに肩を竦めた。
「ウチの貸してあげる!」
「……それじゃあ、今度はカナが寒いよ」
「……そうだね……」
ガックリと肩を落とすカナに、私は思わず、クスリと笑った。カナは、いつもどこか抜けている。
「半分こ! 半分こにしよ!」
カナは突然顔を上げ、キラキラとした瞳で、私の目を見上げてきた。
「……半分?」
「そ! マフラーも、手袋も、半分!」
「…………」
その無邪気な提案の意味に、私の心臓はドキリと跳ね上がった。いつもは沈ませている感情が、一気に暖められ、大きくなっていく。
「いいでしょ?」
「……うん」
カナはマフラーを一度解き、私にピッタリとくっついてくる。二人の首にマフラーを巻き直し、手袋も片方を渡す。私は、まだカナの存在が残るそれに、いそいそと手を入れた。
「……ありがと……」
「どーいたしまして!」
ニッコリと咲いたその笑顔は、周りの景色を、より一層灰色にさせた。私も、顔が綻んでしまう。
歩き出すと、手袋をしていない手が軽く触れ合う。
「ねえ、さっきのモミジ、もっと近くで見ようよ!」
「……うん。いいよ」
校門を出て、いつもとは違う方向に曲がる。落ち葉が敷き詰められた道を、二人並んで歩いていく。
一歩進むたび、手と手は、時々触れたり、離れたり。そんなもどかしい幸せを噛み締めながら、私は、カナの話に耳を傾けた。