私が鍛える話 パート④
「ごめんなさい、殺気立って」
疲れた顔で私の淹れたお茶を飲むギルドマスターとタールさんに謝罪する。
「いや、気にすんな。当然の反応だろ。むしろあれだけの殺気で助かったぐらいだ。嬢ちゃんが本気で殺気放ったら俺らなんざ死ぬからな」
「殺気で人は殺せないってー。二次的に心臓発作で死ぬかもしれないけど」
「結局死んでるじゃねーか」
私との軽口にギルドマスターは対応してくれる。
八つ当たりで殺気をぶつけてしまったのは本当に申し訳なかった。
タールさんにも改めて頭を下げる。
「タールさん、初対面なのに本当にすみませんでした」
「…あ、あぁ…平気だ…その…こちらこそ、失礼な態度を取って申し訳ありませんでした!!」
「え、ちょ!頭上げてください!
半泣きで頭を下げたタールさんに私は慌てて止めるように頼む。
え、なに?
ほんとどうしたの!?
「あの…俺、おま、貴方が偉い方とは知らなくって!ウィルエルドさんに馴れ馴れしい街の女かと…ウィルエルドさんたち、最近Sランクになって街の女どもが言い寄ったりしてるから、そうなのかと…」
「ウィルたち既婚者だって知ってて言い寄ってるんですか?」
「え?あぁ、街のやつらですか?ほとんどは知ってると思います…たまに知らない子とかはいるんですけど、そういうのは既婚者って知ると諦めるんで…ウィルエルドさんたち、いつも困ってて…」
「うん。それは許せん。排除しよう」
「待て待て!頼むから穏便にしてくれ!」
私が真顔で言ったからかギルドマスターは慌てて制止する。
「チッ…タールさん、私に敬語はいらないですし、偉い人とかでもないので畏まらないでください。多分長い付き合いになるので仲良くしてくださいね」
「そうだぞ。キリヤに気を使うだけ無駄だ。嫌なら嫌だとハッキリ言うし邪魔するやつには実力行使するが限度は分かってる。ウィルたちみたいになりたいならキリヤと仲良くするのは必須だぞ」
私とギルドマスターの取り成しのおかげか、タールさんはたまに敬語を使うものの、そう畏まることもなくなった。
タールさんはゼスさんやハルトについて何も知らなかったようで、ギルドマスターがニヤニヤしながら教えていた。
…タールさん…かわいそうに…こうして君はギルドの中枢に組み込まれてしまったわけですよ…
私が若干同情の視線を向けていると、タールさんは不思議そうな顔で首を傾げた。
「タールさん。多分タールさんはそのうちこのギルドの次期マスターとして指名されますよ…」
「は!?んなわけないだろ!?俺みたいな下っ端なんか…」
「教えんなよ。次の会議でバラそうと思ってたんだからよぉ」
「…え、えぇ!?」
大体、侯爵位の人間のこんな事情を聞かされた時点でギルドで囲われることは決定している。
それか、侯爵家で囲われるか。
まぁ、どちらにせよ大変な人生になることは間違いない。
「ど、どうして…」
「まぁ、タールには人を集める才能があるからな。潜在能力も高いし、あとはキリヤやウィルたちと関わって実力と経験を積めばいい」
なるほど。タールさんには人を集める才能があるのか。
実力がどうであれ、その才能はギルドマスターにとって必要不可欠である。
性別、人種、国籍、なにをとってもバラバラなギルドメンバーをまとめるには人を集め、惹き付ける能力がなければやってられないだろう。
「そろそろ次の世代に引き継がねぇとな。キリヤたちを見ててそう思ったんだよ」
「確かにアレンとかハルトとかが頑張ってるもんねー」
うんうん。タールさんには頑張って貰わねば!
ちょっとしんみりした雰囲気になったとき、扉がノックされた。
ウィルが7強のメンバーを連れて戻ってきたようだ。
「連れてきたぜ」
「お?タールじゃねぇか」
「そのお茶はキリヤが淹れたやつか?」
「俺も飲みてぇ!」
「俺も!」
部屋が一気に狭くなった。
私は7強に椅子を譲ってお茶を淹れる。
その間にギルドマスターが7強に今回の依頼を説明する。
話を聞く6人(ウィルはもう聞いたからそうでもない)の表情が険しくなり、聞き終わった頃には臨戦態勢は整っていた。
「それは依頼なんかされなくても協力するぜ?」
「だよなー」
「お!お茶ありがとな」
私がお茶を渡すと殺気立った様子はなくなって、一気に縁側でなごむおっさんたちの図が出来上がった。
ちょっと笑いを堪えていると、ウィルからジト目を頂いた。
「本格的に動くのは明日からだな。あの執事のじいさんと打ち合わせしてからだ」
「あ!ねぇ、みんな」
声をかけた私にみんなが注目する。
「ちょっと鍛えてくれない?」
動きやすい格好に着替えた私たちはギルドの地下にある鍛練場へ来ていた。
地下だからと言って、天井は低くない。
それどころか普通に5階建てくらいの高さがある。
土属性を持った魔術師さんが深く掘ってくれたらしい。
広さもそこそこあって、鍛練するには十分だ。
「魔術、魔法は使わない。武器も使用禁止。どっちかが降参するか明らかに負けたと分かるようだったら終わりなー」
「はーい」
ギルドマスターにそう言われ、私は屈伸しつつ答えた。
鍛練場には他にもギルドメンバーがいたが、7強の登場で鍛練を止めて私たちを観賞し始める。
私対7強だが、明らかに1対7だと負けるので順番に鍛練してもらうことになっている。
うーん…体力も落ちたみたいだし、持つかな…
「まぁ桐弥の時は何もしてなかったもんな。サボると後に響くよなぁ」
「うう…辛い…」
みんなが慰めてくれるが悪いのは私なので何も言えない。
最初はウィルとやることになった。
お互い、素手で身構える。
「よし、始め!」
先に動いたのは私だ。
一瞬で肉薄し、ウィルに足払いをかけにいく。
勿論だがそんなのは簡単に避けられる。
ウィルは私の腕を掴み地面に引き倒す。
うつ伏せになったところに拳が降ってくるが左に転がって避ける。
降ってきたウィルの腕を掴んで蹴りを顔面に叩き込もうとするが空いている手で足裏を捕まれ放り投げられる。
ズサ、と地面に体勢を整えて着地したときにはウィルが迫っていた。
繰り出されたパンチをいなして肩に手を置く。
そのまま体重をかけてウィルの頭の上を飛び越える。
「やっぱちょっと鈍ってんな」
「でしょ?私も反応速度に納得がいかなくて…あとやっぱり力が落ちたんだよね」
「だな。さっきの蹴りは酷ぇ。全く痛くねぇぞ」
「ぐ…」
みんなに指摘され、私は口を閉じる。
マジで反論できない…
「大体なんで最初足払いなんだよ。攻撃しろっての」
「…実はちょっと滑った」
「…ダセェ…」
酷いな!私病み上がり!
そう話しつつ、攻撃を仕掛けてくるウィルの蹴りやら拳やらをいなしていく。
かわすだけじゃなくてこちらからも蹴りや拳を突き出しが同じようにいなされた。
「お!今のはいいな」
「本当!?やったー!」
「あぁ。だけどな…」
突き出した腕を捕まれ、地面に引き倒された。
そして、ウィルの肘が顔面に迫る。
「褒められると油断するのやめろよな。どうして俺らに褒められると油断すんだよ…」
寸でのところで、ウィルの肘は止まる。
「あはは…ごめん…嬉しくて、つい…」
「はぁ…ほら、次だぞー」
ウィルに引き上げられ立たされた。
そして、苦笑する次の相手…シントと対峙する。
そうして7人全員と闘い終わった頃には私はヘロヘロで地面に転がっていた。
どれだけチートとはいえ、あの戦闘能力を持つ7人の相手をするのは疲れる。
しかし、感覚は何となく戻ってきていた。
「お疲れー」
「キリヤとやんのはやっぱりヒヤヒヤするぜ」
「だよなー。つい本気になっちまう」
「ウィルはいいけどよ、最後にやった俺とかキリヤがだいぶ感覚掴んだせいで手加減するどころじゃなかったぜ…」
私の周りに7人も座り込み、水を飲んでいる。
私も渡された水を少しずつ口に含ませていく。
「あー…もう無理。動けない…」
「そりゃあ久しぶりにあれだけ動けばそうなるだろーよ。加減しろよなー。俺らだってもうおっさんなんだぜ?」
「いやいや。みんなは初めて会った時からおっさんだったって!」
「「「「「「「うるせぇ!」」」」」」」
みんなが声を揃えて反論したのを聞いて、私はつい大爆笑してしまった。