私が鍛える話
私が元に戻り、一週間が経った。
「…聞いてください」
「…どうしたんですか?」
深刻そうな顔をした私がエレナさんに話しかけると、不思議そうな顔で返された。
元に戻った日は各方面の方々から喜ばれたり叱られたり安心されたりして、桐弥を気に入ってた子供たちは残念そうに私が元に戻ったことを祝ってくれた。
くそう…記憶あるから残念がるの分かるけど、地味に傷つくよ!
「…鈍りました…」
「…なにがですか?」
「……暗殺の腕が!」
「…」
エレナさんはとても残念な人を見る目でこちらを見ていた。
え、ひどい。
「それ、別に鈍ってもいいんじゃありませんか?私はてっきり料理の腕とか狩りの腕とかかと思ったんですけど…」
「あー。狩りの腕も確かに鈍ったんですよ。というか暗殺するような気持ちで狩りしてたので…」
「そんな気持ちで狩りをしていたんですね…獲物が可哀想」
うん…まぁね…
でも暗殺ってする側からしたら狩りをしているようなものだと思うんだ。
そこへ、私たちの話を聞いていたらしいトーマが話に入ってきた。
「でしたらギルドか騎士団へ稽古をつけに行ってもらったらどうですか?くだらないことで私のエレナに話しかけないでください」
「相変わらず辛辣だな!なんでギルドか騎士団なの?」
「ギルドならウィルたちがいるでしょう。彼らに相手をしてもらえばいいのです。騎士団にはシェリエが居ますから」
確かに、どちらも稽古相手は揃っているし、体を思いっきり動かず場所としては最適である。
「うーん…でもなぁ…ギルドはあの7人と仲良くしてると周りに睨まれるんだよね。別に問題を起こしたいわけではないからなぁ…騎士団は私が行って相手してくれるのかと…」
「ギルドには行ったほうが良いと思いますが。あなたは実力を秘匿する場所が間違っていると思いますよ」
「…でも今更だし…」
「とっとと行ってください。私たちは暇じゃないんです」
はっきりしない私に痺れを切らしたのか、トーマは私を孤児院から追い出した。
「というわけで、相手をしてください」
「…」
私はサーレスト男爵家に来て婿養子…ミゼンに頭を下げていた。
ミゼンは私を見て、深い、深ーいため息を吐き、とりあえず中に入るように言ってくれた。
今は日本でいうところの平日なので、マリアナは学園にお勉強しに、メアリアはお仕事で王宮に行っている。
「…腕が鈍ったから鍛練しろとトーマに追い出されここに来た、と」
「うん…」
「…俺は一応婿養子でそれなりに仕事があるんだが…」
「ゼクスとフィルマ貸してくれるだけでいいから!」
「…あの二人もそれなりに仕事があるんだが…」
「うう…」
忘れていらっしゃる方や知らない方もいらっしゃると思うが、ゼクスとフィルマは私が暗殺組織にいた時に主に世話をしてくれた(フィルマはそんなにだけど)二人である。
決して私が暇なのではない。
本当なら孤児院でのお仕事とか学園に行ってやらなきゃいけないこととか地味にやることはあるんだけど、あんな事件があった後ということで休まされているのである。
もちろんここ一週間は両親やオルディーティ侯爵家にご挨拶しに行ったり色んな方面に頭をさげ御礼参り(純粋にお礼)をしたりしていたのだ。
そして、ある程度終わって、こうして暇に…うん、暇になったのである。
認めるよ!暇です!
「…事前に言ってくれれば時間を空けるが急には無理だ。明日の夕方であれば相手をできると思うが」
「…うん…無理言ってごめん…じゃあ明日の夕方迎えに来るからぜひ相手をしてください!」
「あぁ…分かった」
ミゼンは私の頭を優しく撫でてくれた。
ミゼンにとって私は年の離れた妹的存在であるため、よく頭を撫でられるのだが、その仕草もだんだん慣れてきて優しくなった気がする。
うーん…子供が三人もいるんだもんなぁ…
「ミゼン、子供を鍛えるときはビシバシやるんだぞ!」
「唐突になんだ…まだ幼いんだ。鍛えるには早い」
「うーん…確かに…でも甘やかしてメアリアに怒られてそう」
「…」
ミゼンが微妙な顔をしたので、あ、これ既に怒られてるわ…と気づき私はそっと目を反らした。
「うん…子育てはね…大変だよね…」
「…」
孤児院の子達を育てたから子育ては大変だということをよく分かっているが、自分の子供というのはまた別なのだろうな、と思った。
ミゼンは困りながらもとても幸せそうだったから。
私もそんなミゼンを見て何となく幸せになったので、このサーレスト男爵家全体に神様の加護がありますように、と祈っておいた。
余談であるがこの一時間後神様の加護がサーレスト男爵家に付加され、大騒ぎになり!メアリアが「…キリヤの仕業ね…」と呟いて事態は収縮したという。
待って、私の扱い!
仕方ないのでギルドか騎士団に向かうことにする。
ふと学園という選択肢もあったと気付いたが、気付いた瞬間に却下された。
多分私の鍛練にはならないだろう。
では、どちらがいいだろうか。
ギルドはウィルたち7人がいて鍛練する場所もあり、中々充実した場所ではある。
しかし、ウィルたちと話しているだけでめっちゃ睨まれるのであまり居心地は良くない。
対して騎士団は知り合いはシェリエを含め数人いる上孤児院出身の子達もいるので鍛練自体はそんなに困らない。
しかしシェリエ以外の実力は…まぁ、うん。って感じなので鍛練になるのかよく分からない。
あとめっちゃ見られそう。
周りからもだし多分わざわざ王様来そうだし。
あ、でもアレンの鍛練に付き合うのはありかもしれない。
楽しそう。
…それだとハルトとかマリアナとかアリスとかみんな来そうだなぁ…
うーん…
「あら、シスター!何してるの?」
声をかけられて振り返ると、そこには鉢植えを抱えたアンナとその婚約者の青年がいた。
「こんにちは」
「あ、こんにちは。久しぶりだね」
アンナは私の記憶喪失事件の時に駆け付けてくれた一人だ。
孤児院の1期生?である。
青年のほうは久しぶりに会ったが、相変わらず楽しそうである。
「花屋の仕事?」
「そうなの!見て、この花珍しいでしょ?」
「おぉー!凄い綺麗な青色だね。何て言う花なの?」
「海雨花っていうの。シスターが前に頼んだ虹雨花の亜種なんだけど、これなら私たちでも育てられそうだったから貰ってきたのよ」
「へぇー。あ、それウチで育てられないかな。子供たちの仕事にできたらいいんだけど」
「そうね。私たちが育ててみて出来そうなら頼むかもしれないわ。今のうちに仕事を見つけてくことに越したことはないものね」
「ありがとう!助かるよー」
「それで、何をしてるの?」
私は立ち止まって話すのも何だし、とアンナから鉢植えを奪って歩き出す。
「もう!それくらい運べるのに!」
「いーのいーの。いやね、ちょっと腕が鈍ったからギルドか騎士団に鍛えに行こうと思ったんだけど、どうしよっかなぁって」
私が街中をふらふらしていた理由を話すとアンナと青年は顔を見合わせた。
そして、なにやらヒソヒソと話したかと思うと改めて私に向き直った。
「それなら、ギルドに行ってくれない?」
「え、どうして?」
「ギルドマスターに仕事を頼まれてたんだけど、その結果をついでに渡しに行ってほしいの」
「あー…まぁ、いいけど」
ここでいう仕事とは、情報のやりとりのことだろう。
アンナたちの花屋では、裏で情報を売り買いしているのだ。
「もちろん、報酬も何か用意するわ。詳しくは"お部屋"で話すけど」
「…仕方ないなぁ。じゃあギルドにするよ。それに、たまには依頼を受けてみるのもいいしね」
私の返事に、アンナも青年もほっとしてみせた。
うーん…
なにやら、大騒ぎになりそうだ。