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3話 報告

 あれから鍛錬の日々が続き、ようやく危機察知スキルっぽいものを習得できた。

 何か危険が迫ってくる気がするのがわかるのだ。これは非常に良いスキルだ。しかし、それでも何度か側近Bの不意打ちを喰らうことがある。事前に察知できても対処仕切れなかったり、対処事態が甘かったりしたせいだ。

 当然側近Bの攻撃を喰らうと、もてあそばれる事になる。もう人形扱いだ。湯浴みやら着せ替えやら添い寝までやらされてしまうハメになる。


 まあ、そんな感じで鍛錬と、魔王の業務もこなしつつ、月日がすぎていった。

 業務と言ってもほとんどやること等無いがな。大抵、部下の任命やら、新しく配属された部下たちの顔見せぐらいだ。基本俺がいなくても何とかなるように部下を教育し、配属してあるからな。

 大体、勇者に倒されるのが俺の仕事だからな、うん? 仕事なのか? 改めて言うといやな仕事だな。まあいい、急にいなくなる期間があるというのだから、いなくても大丈夫なようにしておかなくてはいけなかったのだ。

 とはいえ、たまに重要な報告があって緊急会議があったりする。一応復活してからは会議には出席しているが、俺からしてみればそれほど重要でもないことがほとんどだった。

 基本方針さえ守っていれば後は現場で臨機応変に対処せよ、ただし報告は絶対厳守、としてそれなりに権限を持たせた者を配置してるだけだがな。それに、人族程うじゃうじゃおらんし、幹部になるくらいの実力者はそう簡単に死なんしな。任せておけば俺がでしゃばるよりも上手く纏めてくれるはずだ。

 うん、無責任魔王万歳だ。


 そういう平和な日々を過ごしつつ研究やら鍛錬やら会議やらをこなしていると、幼生体だったこの身体も少しは成長した。

 さらに、新しいこの身体の性能がそこそこ良いと言うのが解った為、鍛錬もすこぶる順調だった。


 そんなのんびりした日々が終わりを告げる報告が来た。


「魔王様、勇者と思われる人族が目撃されました」


「何! もう現れたのか、早いな」


 緊急会議と聞いて、急遽招集された重役たちが揃ったところで報告を受けた。

 しかし人族はもう少しのんびり出来ないものだろうか、なにをそんなに生き急いでいるのやら。早すぎるだろ、死ぬのも成長するのも。


「それで、その勇者はどれくらいまで進んできておるのだ?」


 俺は勇者が魔王討伐への工程で、どのあたりまでの関門を突破してきているのか訊いてみた。俺が用意した、勇者を遠回りさせて時間をかけさせる為のものが数段階ある。大体四段階目くらいから勇者でないとクリアしにくく設定してあり、それ以降の関門を突破されたら勇者であると確定できる。

 前回の勇者は単独だったにもかかわらず最速で突破してきて報告を受けた時にはすぐ近くまで来ていたのだ。やっぱ勇者は末恐ろしいな。

 一応今回はもう少し手直しして関門を増やしておいた。とは言え安心はできない。予想を大きく上回るのが勇者だからな。


「いえ、その人族は街の中からあまり大きく移動をしておらず、関門はまったく手付かずの状態です」


 配下の男は少し言いにくそうに報告する。


「ふむ、旅立つ前の勇者を早期発見したのか、どうやって勇者と判別できたのだ?」


 てっきりこちらに向かい始めていると思っていたがそうじゃないらしい。今回の勇者は隠密行動せずに派手に暴れまわったりしてるのか?


「それが、どうやら異世界から来た可能性が高いのです。特殊な固有スキルらしき技と、見たことのない道具や知識をもっているそうです」


「なんだと!」


 その報告を聞いて、思わず俺は立ち上がってしまった。報告していた配下の男はビクッとして目を見開いた。ああ、すまんな、驚かすつもりはないんだ。


「少々取り乱してしまったな、その、勇者について詳細に知っておかなくてはならないようだ。報告を続けよ」


 軽く取り繕い、報告を続けさせる。

 しかし、やっと待ってた異世界から来た人間だ。少々興奮してもいいだろう? だよな。

 俺ははやる気持ちを抑えつつ、報告を聴く。


 ある日ふらっと人族の街に現れたその人間は、見た目とは裏腹に相当の実力を持っていて高難度の依頼をこなして行き、信頼を得、その街に一つの店を持つまでとなった。

 その店に売られているものが、今までになかった概念の物が多く、注目を浴びているそうだ。


「これがその店で売られている物の一つです」


 そういって報告者はテーブルの上にその物を置く、トレイの上に置かれていたそれは、布に包まれていて中身がまだ見れない。ええい早く見せろ、気になりすぎてそわそわするだろ。落ち着きのない魔王だと思われてしまうじゃないか。いや、知られてしまうが正解か?

 中身を取り出して見せる報告者、細い木の棒のようなものだった。手にとって良く見てみると、片方が削られて尖っている。


「これはどのようなものだ。武器として使うならあまりにも貧弱そうだが」


 片方が尖っているので何かを突き刺す道具だと予想した。よく見ると先端が黒い、ならば毒物が付着していて暗殺用の道具かもしれないな。もしそうだとしたら、勇者といえば毒殺というイメージがより強固になってしまうじゃないか。


「いえ、武器ではなく、これはインクなしで文字を書くペンの一種でペンシルと呼ばれている物でございます」


「ほほう、インクなしで書けるのか。しかし、それだと魔力をインク代わりにして文字を書く魔道具のペンと機能が同じではないのか?」


 すでに同じ機能の物があるので期待していた以上の珍しさを感じなかった。確かに作りが簡素でコストを安く作ることが出来そうなものだ。市井のものなら珍しくて買うだろうが、逆に魔力のあるインクで描かないと機能しない魔法陣の作成にはまったく向かない。


「とりあえず使ってみてください魔王様」


 そう言って用意されていた無地の紙が前に差し出された。


「ふむ」


 たしかにそうだ、使ってみて色々と検証するのが楽しいのだ。とりあえず紙に文字を書いてみた。硬い材質のペン先と違って紙を引っかくような音が小さい。書き味も悪くないな。


「魔王様、そのペンシルの特徴はそれだけではないのです」


 そう言ってなにやら小石のようなものを取り出す報告者。失礼しますと言って書き味を試していた紙に、その小石をこすりつけ始めた。


「こすった部分の文字が消えている!」


「これはそのペンシルとセットで売られていました消しゴムと言う物だそうです。しかも魔道具ではありません。ただの弾力性のある物体です」


 差し出された消しゴムと言われる物を手にとる。たしかに弾力があるな。

 そしてさっき書いた文字を消したり、普通のインクで書かれたものにも試したりした。予想通り消えなかったが。

 そうそう、こういうものがあるから異世界の知識は面白いのだ。待ってたんだよ。


「これ以外にも色々奇抜な商品が売られているのか?」


「おそらく、他にも商品はあるはずでしょうが、人気商品はどれも品薄な様でして、残念ながら今回入手できたのはそれだけで御座います」


 何だと、このペンシルと消しゴムの研究だけでしばらく楽しめると喜んでいた俺は軽く放心状態に陥った。すごくワクワクしていた気分が冷めてしまう。これよりも人気の商品があるだとお。


「ま、魔王様。ち、違います、人気商品の中で入手できたのがこの品なので御座います。生産のしやすさからか入荷数が多かった為、なんとか入手できたものでして……。他の商品は店に並ぶことすらなく、予約だけで入手時期はほぼ未定となっている状態なので御座います」


「ああ、そうなのか。まあよい、しばらくは退屈せずにすみそうだ。これから入手できる他の商品にも期待しているぞ」


 別に怒ったわけではないのだが、なぜか報告者はあせって取り繕っていた。

 それより、これ以外にも異世界の知識からもたらされた品物が存在している、と思うだけでニヤニヤしてしまいそうになる。だめだだめだ、ニヤニヤしてたらいつぞやの側近Bみたいな気持ち悪い奴、だと思われてしまうぞ。


「はは、必ずや期待に応えて見せます。それと、もう一つ魔王様にお見せしたいものが御座います、これを」


 そう言って厚手の紙を持ってきて渡された。


「これは」


「その、ペンシルで描かれた絵画で御座います。どうやら消すことが出来る筆記具は絵を描くのに適しているとの事でして、その手の者によく売れているようです」


 そこに描かれていたのは何かの建物のようだった。街角の風景。色の無い世界。この世界に無かった表現。まるで紙の向こう側に異世界が見えているような感じがした。

 人族の住んでいる街など、ごちゃごちゃして雑踏で騒がしいものだと思っていたが、ペンシルで描かれると、まったく違う正反対の印象になるな。


「うむ、なかなかいいな。気に入ったぞ。ところでこれに描かれている建物はひょっとして?」


「はい、勇者が経営している店で御座います」


 なるほど、やはりな、それならば。


「おそらく、この勇者はこの店が安定して経営できている間は魔王討伐に出ることはないだろう。間違っても商品を盗んだり、危害を加えることを禁ずる。うまく行けば寿命で死ぬまでこちらに来ない可能性が高い」


 そうして死ぬまでに色々な異世界の商品を売っていって欲しいものだ。特に俺に。


「今のところこれがこの勇者に対する最良の対策だと考えられる、我の結論としてはこう言ったものだが、他に意見がなければこれで会議は終了とするが、なにかあるか?」

 

 少々会議室がざわついているが、すぐに意見は出てこないようだ。なら、あとはよきにはからえ、だ。

 あ、そうだもう一つ訊きたい事があった。手招きで報告者を呼び寄せる。


「ちなみに勇者の店は何処の街にあるのだ?」


 俺は報告者に小声で質問をする。ビクッとする報告者。そんなに緊張しなくてもいいんだがなぁ。


「あ、えっと。南方エリアのペコロスという中規模の街で御座います」





 その後、大手柄だと報告者をほめて俺は会議室を後にする。

 さっきまでは、会議の時に手に入れたペンシルと消しゴムの研究をしようと思っていた。しかし、なぜだろう、今は別のことで考えが固まってしまっている。どうしてこうなった?

 そのまま研究室に寄らずに自室に帰ることにした。


 自室に入り、俺はテーブルの上にペンシルと消しゴムを置く。そして、勇者の店が描かれた紙をもう一度見てみた。

 幻想的な白と黒の濃淡で描かれた、色も音もない、そして魔力も感じられない、しかもそれほどうまくもない絵だった。


 なぜだ、どうしてこの勇者に会いたいと思ってしまっているんだ俺は。よく考えろよ、相手は勇者だぞ、会えば魔王の俺は倒されるだけじゃないか。いくら異世界の話が訊きたいとはいえ直接会うなんて危険すぎるだろ。

 それより出来るだけ討伐に来ないようにして、新商品を売り出し続けてもらうほうが絶対にいいはずじゃないか。自分で会議でもそう言ってただろ。

 ……いや、よく考えたら言ってなかった、そういや心の叫びだったな。

 そうやってしばらく頭を抱えながら、心の葛藤をし続け、自分でも良くわからない状態になっていく。

 なんだかとっても疲れたな。この問題はしばらく保留して何も考えないでいよう。そして何も考えずにもう一度その絵を見てみる。

 

 その絵にはとびきりの笑顔で接客している店員と顔の見えない客が描かれていた。


 ――――やっぱり会いに行こう。


 魔王は着せ替えと言ってるけど厳密に言うと女装なのです。実は化粧までされてたとか……。


 毎日更新する人ってほんとすごいですよね。

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