2話 修練場
やっぱ嫌な予感が的中した、俺に戦闘の鍛錬をしろってことか。しかも外堀を埋めて言い逃れしにくい状況に持ってかれている。くそう、やるじゃないか側近A、俺に策で勝つとは……。
いや、これは、じいさんの仕業だな。ちなみにじいさんと言ってるのはジーク爺さんのことだ、略してじいさんと俺は呼んでる。見た目も爺さんだしな。
じいさんは魔王軍のなかで研究開発部門を担当している。武器や防具、魔道具の強化などを生業としている。その応用で肉体の強化もやったりしているが、普段はそんなことはしない、言っちゃ何だがそれは、ただの人体実験だ。
俺が転生の秘術で死んでる状態だとやりたい放題実験できると言ってたな。何せいくら失敗しても成功するまで何度も実験できるし、少々不具合があっても復活時に修復される。こっちはたまったもんじゃない。
ただ肉体が強化されてるだけならまだしも今回のはさすがに愚痴の一つくらい言ってもいいだろう。一応これでも魔王なんだからな。扱いが酷い気がする。
そんなことを考えてるうちに修練場までやってきた。
早速、側近A先生による実技形式での剣技の講座である。第一回目は勇者の使っていたクロススラッシュについて。になるようだ。もう好きにしろよ。そして側近Bは俺の姿をみてニヤニヤしている、気持ち悪いなぁもう。
「その背伸びした感じのちょっとワイルドな表情がたまらないですぅ」
うん、ほおっておこう。そうしよう。
「で、俺が喰らった勇者の剣技はどの程度の技なんだ?」
「はい、ではまず勇者が使ったと思われる技をお見せいたします」
そう言って側近Aは勇者が使った方法でクロスシュラッシュを放つ、一撃目に追いつくように自ら前進して二撃目を放つ。威力は抑え気味だがあの時見たものと変わらない技だった、さすがだな。
「では次に、実際私が戦闘で使う場合だとこんな感じになります」
その技はさっきとは大きな違いがあった、側近Aはその場から動いていないのだ。前進しなくてもクロススラッシュを放っていた。
「どうやったのだ?」
「はい、では説明いたします。一撃目を手前に発生させ、二撃目を奥に発生させただけでございます。こうすれば自らを前進しなくても剣の長さ分の距離の猶予がありますので片手武器でも容易にこの技を放つことが出来ます。しかも連続でこのように……」
側近Aはそう言いながら三連続でクロススラッシュを放った。なるほど、初期の牽制技だという意味がわかる。
「相手の動きを阻害したり、体勢を崩したりするために放ちます。この技は真直ぐにしか進まないので予測がつきやすく簡単に避けることが出来ます」
なんだ、避けずに喰らった俺へのあてつけか? くそう。はいはい、わかってるよ、俺には強さ的な魔王の威厳なんてまったくねえし、以前はまだ見た目だけは魔王っぽかったのに今は中身も外見も魔王じゃないしな。
じゃあ何で魔王やってんだ? さあな知らん、気がついたらそうなってたんだよ。誰か代わってくれないかなぁ。本来ならじいさんの後を継いで研究開発に勤しんでいたはずなのになぁ。そいでもって異世界について色々と調べていきたい。
「では魔王様、このまま剣の修練を始めましょう」
そう言って修練用の剣を渡された。トホホ、昔少しやったがまったく身につかなくて投げ出した、いやな記憶が蘇る。
「やるしかないのか」
ただの剣の修練だと気乗りがしないが、この新しい体に慣れておくのと、スキルを覚えやすくなってるのはどれくらい実感できるのか、検証するというのなら実験っぽくていいかもしれないな。
「とりあえず魔王様には回避スキルを習得していただきたいので、私の攻撃を出来る限り避けてください」
どうやら側近Aは、俺が無防備に勇者の技を食らったのがお気に召さないようだ。言っとくが避けれなかったんじゃないからな、わざと食らったんだぞ。
「それで、攻撃を避けていればスキルが身につくものなのか?」
「簡単に避けれる攻撃ばかりではありませんよ、魔王様。威力は抑えてますが、当たると痛い攻撃を避けにくく放ちますので、もし途中で食らっても動きを止めないで回避行動をし続けてくださいますようお願いします」
「言っとくが、まだこの身体に慣れてないからな、初っ端から本気を出すのは控えて欲しいんだが」
一応こう言っておく、だが、側近Aは真面目だから適当なことはしないのを俺は知っている。攻撃を避け続けていたら、いずれ本気を出して攻撃を当てに来る、そういう奴だ。ホント痛いのは勘弁してほしいのだがな。
そうこうしてる間に攻撃を避ける鍛錬が始まった。
やはり悪い予想は何故か当たる。
最初は、思ったよりも動きがいいこの身体に気分良く攻撃を避けていたんだが。段々と攻撃が激しくなっていく。
「そろそろ本気を出させていただきます、魔王様。この連続攻撃で今日の鍛錬は終了といたしましょう」
「……初日から、本気を、出すのか、しかも、……疲れたこの状態の時に」
もう息切れてて言葉を発するのも途切れ途切れになっている。
普段なら側近Aの本気の連続攻撃を見れるのはめったにないことなので、楽しみな部分ではあるのだが、この息切れ状態で自分が回避しなければならないのでは楽しめる要素はまったくない。
「はい、ギリギリ極限状態になるとスキルを獲得する確率がさらに上がるそうなので、今までのは単なる準備運動でございますよ」
涼しい顔で言い放つ側近A。くそう、もっともらしいこと言いやがって、絶対俺が倒されてた二年間の間に色々考えてやがったな。鍛錬嫌いの俺をどうにかして鍛え上げるために。
そしてじいさんの入れ知恵が垣間見えて反論しにくいったらありゃしない。じいさんはそこそこ策士だからなぁ。
もう言葉を発する気力もないので無言で持っている修練用の剣を構える。
喰らっても避けてもこれで終わりという言葉を聞いてか、視界の端で側近Bがゆっくりと立ち上がった。 さっきまで修練場の端っこでニヤニヤしながら俺たちのやり取りを眺めていたが、あえて無視していたので気にとめてなかった。しかしさっきまでのニヤニヤがなくなってたのが少し気になった。気になったが今はそれ所じゃない。
「では、参ります」
と、言うや否や息もつかせぬ連続攻撃が俺に降りかかる。五手目くらいまでは何とか避けれたが、それ以降が避けきれずに身体に傷を作っていく。耐久力が高い身体なので少々喰らっても生傷程度だし、治癒力もそれなりに早いおかげでその生傷もしばらくすれば回復する。とはいえ痛いものは痛い。
しかもそれ、練習用の剣だろ? 勇者が持つ聖剣とかならわかるが、いくら弱体してるとはいえ魔王の身体に傷をつけること事態とんでもないんじゃないのか。
一瞬なんだろうけどすごく長時間に思える連続攻撃をひたすら避けながら、そして喰らいながら終わるのを待つ。くそっどんなマゾだよ、そんな趣味ねえよ。
もう目で見て攻撃を避けるなんて出来ない、すでに攻撃が見えない。動きを止めると攻撃を喰らうと感じるので激しく動く。避ける方向はただの感だ。ハズレたら喰らう、でも一応持ってる剣でガードできるようにはしておく。
それでも側近Aの本気の攻撃を剣で受けるとその衝撃で腕がしびれる。なんて攻撃だ。
「あ」
とうとう剣が折れた。ってところで攻撃は終わった。
側近Aが無言で俺が持ってる折れた剣を見てる。そして自分の持ってる剣のほうも見る。ぼろぼろだった。そりゃそうだ。
やっと終わった。さすがに武器があの状態ではこれ以上続けることはしないはずだ。
そう思って気を抜いた、次の瞬間。
――バシュッ!
一瞬にして空気が張り詰めたような感じがした。その直後に身体に衝撃が走る。
「がぁ!」
身体の感覚が離れていくような、自分の身体ではないような、何だこれは、何が起こった?
くっ、身体を動かすことが出来ない。立っていられなくなった俺はゆっくりとその場に崩れ落ちた。
「やったぁ、命中しました、大成功ですぅ」
「な、側近B、何を、……する」
かろうじて言葉を発することは出来た。
完全に空気になりかけていた側近Bからのいきなりの不意打ち攻撃だ、謀反か、下克上か? さっきまでのニヤニヤはこれを狙ってほくそ笑んでいたのか。
「魔王様ぁ、油断は禁物ですよぉ」
「く、その魔王に不意打ちとは、貴様ら、何が望みだ」
これは側近AとBが共謀してやったことには違いない、目覚めてからこの流れまですごくスムーズに持ってかれてたからな。ついでにじいさんも加えておくか。
「私と致しましては魔王様に危機察知スキルを会得していただきたいのが望みで御座います」
「…………」
思っていたのと違って考えが止まる。
何も言うこともできずに次に側近Bの方を見ると。
「わたしはぁ、不意打ちが成功したらですねぇ、そのお姿の魔王様と一緒に湯浴みしたいなぁっと思ってですねぇ、行動阻害の最上級魔法をブチ当てちゃいましたぁ」
「な」
完全に今の俺は目が点になっていただろう。一体何を言っておるのだ側近Bは。
「魔王様、今日の鍛錬はここまでといたしましょう。危機察知スキルが身につけば不意打ちにも対処出来る様になると思います。今回のように不意打ちに対処できなかった場合は、ええっと、バレッタの好きなようにされてしまいます」
お前も何を言っておる側近A。今までそんな話してなかっただろう?
何で急にそんなことになってるんだ。
「さあ魔王様ぁ、湯殿へ参りましょう、早くしないとぉ、阻害効果が切れちゃいますぅ」
「おいこらやめろ、くそっ、身体が動かん」
「わたしが隅々まできれいにしてさしあげますわよぉ、フフフ、無抵抗なかわいい魔王様を独り占めですぅ」
そのまま俺は側近Bに修練場から抱きかかえられて連れ出された。その姿を側近Aは哀れむように見送っている、おい、何とかしてくれ。このままじゃ俺は、もてあそばれて汚されてしまう。
「汚すだなんてぇ、これから汗を流してキレイキレイにして差し上げますのにぃ」
すごくいやらしい笑みを浮かべながら側近Bは言った。汗を流すくらい一人で出来るし、俺は湯浴みは一人で入る派だ、一人で思考の渦の中に入りながらゆっくりと汗を流すのがいいのだ。
そんな望みも叶わないまま俺は裸にされ、体中を洗われ、玩具のように扱われ、もてあそばれた。
そして、俺ははやく危機察知スキルを習得したいと心から思った。
一応ここで一区切りかな。