1話 目覚め
体がだるいな、まだ朦朧としてるのか。意識がはっきりしない。ええとなんだっけ。
思い出せ、思い出せ。
ああそうだ、とりあえず周囲の確認だ。目をあけて周りをみわたしてみる。
「お目覚めですかぁ、魔王様」
「復活おめでとうございます魔王様」
最初に声をかけてきたのは側近Bで小柄の女魔族で、次に声をかけてきたのは整った顔立ちで長身の男魔族の側近Aだ。
「ああお前たちか、側近AとB。復活したということは勇者は死んだんだな」
とりあえず周りを見渡し、俺の部屋であることを確認する。ちゃんとベッドの上で横たわっていたようだ。
「私としては側近Aではなくてアトモスという名称の方で呼んで貰いたいのですがね……」
「わたしもバレッタって呼んで欲しいなぁ」
区別さえつていれば名前なんかどうだっていいだろう。アトモスがAで、バレッタがBなんだから頭文字をとっただけでただの省略だ。記号や番号ではないぞ、たぶん。
このやり取りも毎度の事なので、軽く流す。
「ああ、わかったわかった。で、あれからどれくらいたった?」
「……はい、2年と2ヶ月くらいです魔王様」
軽く流されて少し不満げにした側近Aが答える。
「なに! たったそれだけか。あの勇者なんでそんなに短期間で死んだんだ?」
どれだけ策を弄しても倒すことが困難な勇者がいとも簡単に死ぬ。ほんと不条理だ。
人族の寿命は短い。なので俺が取った勇者対策は出来る限り時間をかけてここまで来れにくくすることと。目的である魔王討伐さえしてしまえば勇者が弱体化するということに着目して、魔王討伐後に倒すという手段に出たのだ。まあ、倒せなくてもほっとけば寿命で死ぬからな。
とはいえ俺が死ぬことが前提にあるのはどうにかしないといけないので、俺は真っ先に転生の魔法を開発した。倒されても復活するという魔法。簡単ではないがこの魔法には俺の全魔法力を使う。さらに自分の生命力も使うのだ。
この魔法は全魔法力を使うのでまったく魔法が使えなくなってしまうのが難点だ。あと自分を殺す相手が必要であり、そして俺を殺した相手が死なないと復活しないという代物だ。
この魔法は記憶をとどめたまま復活、または転生、どちらにも対応できるのが特徴だ。元の肉体が無事に残っていればそれを修復して復活できる。なくなってしまっていたら新しい生命体に宿って転生するのだ。
おそらくあれから2年ばかりしかたってないことなので元の肉体で復活したんだろう。
「おそらくですが、王族と貴族のゴタゴタに巻き込まれて……死因は例のごとく毒殺です」
「まあいつものことですわねぇ、勇者の末路は。魔王様の呪いはほんとに効果抜群ですわぁ」
むう、俺はこの魔法を『転生の秘術』という名前でよんでいるが、なぜか俺の配下達はみんな『魔王の呪い』というなんかいかがわしい名称でよんでいる。いや、呪いなんてないぞ、そんな効果はないはずだ。
もともと勇者の末路はあんまり良いものがない。伝記のようなものになってるものは魔王討伐までの華やかな部分のみで、そのあとのことはあんまり知られていないのが現状だ。
いろいろ調べた結果わかっただけで、自己犠牲的な結末が5割、毒殺が3割、あとは病死、事故死、行方不明などだ。
どうやら人族の英雄は権力者に疎まれる存在のようだからな。それを魔王の呪いだといわれるのはいささか不本意な気がするんだが。
「まったく、呪いの様な効果なんてないって言っておるのに……ん?」
俺は少し愚痴りながらベッドから起き上がって立ち上がろうとしたときに違和感があることに気づく。ベッドがいつもより広く感じ、下りようとしたところでいつもの高さではないことに戸惑った。
「いかがいたしました魔王様」
「いや、このベッド新調したのか? ずいぶん大きくなった気がするんだが……わわっ!」
心配そうに声をかけてきた側近Aのほうを見て俺は思わず声をあげた。
もともと長身だった側近Aが大きくなっていたのだ。さらに、
「ふふっ、どうしたんですぅ魔王様」
小柄だったはずの側近Bまでもが大きくなっていた。ちょっと待て、どうなってる。
しかもこの側近Bなにやら小悪魔的な微笑を浮かべてやがる。なんだ? なにかしやがったか。幻術か何かか? いや、違う、これは。
「おい、なぜ俺の体が小さくなっているんだ?」
そう言いつつ俺は部屋にある姿見のある所に向かう。そこに映された自分の姿を見て、
「しかもこれはまるで幼生体ではないか! 目覚めた時から違和感があると思ったが、元の体に復活したのではなかったのか?」
「魔王様ぁ、とぉってもかわいいですぅ。うふふ」
「かわいいって言うなっ! まさかとは思うが、側近Bよ俺が眠っている間に勝手に俺の体を改変して弄んでいたのか?」
「か、改変したのは、あたしじゃないですよぉ、そりゃぁそのお姿はあたし好みだけどぉ……」
言いよどむ側近B。そしてチラッと側近Aの方を見る。
「まことに勝手なことだとは思いましたが、私がそのようなお姿に改変していただくよう、ジーク様に提案いたしました」
まったく悪びれた様子もなく、側近Aが深々と頭を下げながら言い放った。
ちょっとまて、側近Aがまたじいさんに改変を頼んだだと? これで二度目じゃねえか。
一度目は勇者の通常攻撃にあっさりと俺が討たれたのを見た側近Aが、じいさんに頼んで無理やり耐久力を上げた肉体に魔改造されたのだ。おかげで簡単に死なない体になったのはいいが、勇者との戦いではさっさと討伐されて次に進みたいという考えの俺としては、それが困難な体になってしまったのだ。
前回は、勇者の最大攻撃の技を出させてからそれを無防備でくらう、なんてことして即座に終わらせたが、どうやらそれが気にいらなかったのか、またなにか俺の意図としたのとはまったく違う方向の改造なんだろうなぁ、くそう。
そりゃあ、俺だって始めは死ぬことに抵抗があって真面目に勇者と戦ったりもしたが、疲れるうえに痛い思いを長引かせるだけだったからなぁ。結局勇者に討伐されることは規定事項な訳だし。負傷しても魔力は転生の秘術に使い切ってて回復呪文も出来ない。そりゃサクッと終わらせて次に行こうって思考になる。うん、俺の考えは間違ってないはずだ。
「またじいさんの魔改造か、で、なんでまた勝手なことをしたのかちゃんと説明してくれるんだろうな?」
俺はこめかみを押さえながら不機嫌に問い詰める。どうせ面倒なことになってるんだろうな。
「はい、それはですね、魔王様がこの前の勇者との決着の付け方に少々問題がありまして……」
やっぱその下りか、
「なんだ、もっと真面目に戦えとか言うのなら却下だ。わざわざ痛い思いとかしたくないからな、疲れるし」
「私も魔王様の心労を理解しないわけではありませんが、さすがにあのような稚拙な技で、しかも様子見程度の初期の剣技一発で討たれてしまっては、そのですね。後の処理に色々と被害が出ることになってしまいまして」
「ん? あの後なにかあったのか? いやそれより、あの勇者の技が初期の剣技だと?」
結構それなりの威力があったはずだがあれで初期の技なのか? あまり剣技に詳しくないからわからんが、側近Aが言うんだからそうなんだろう。側近Aは武器を使った戦闘能力は魔王軍でトップクラスである。ちなみに魔法攻撃のトップクラスなのが側近Bである。まあ、魔王の側近は実力者で選ばれてるだけの事はある。
「剣技については口頭で説明はなかなかご理解いただけないかと、ですから後ほど修練場で実技形式にて詳しく説明いたします」
「む、そうか、わかった。それであの後、何があったのだ?」
「はい、あの後、あっさりと魔王様を討った勇者はですね。魔王様のことを偽者か影武者だと思ったらしくて、本物の魔王を出せって城内を暴れまわりはじめて……」
「なに!? それで被害はどれくらい出たんだ?」
なんてこった、あの後そんなことになってたのか。魔王を討伐したからさっさと帰るかと思ってた。
「衛兵十五名ほどが被害を受けました、そのうち殉職者は三名です。私がもっと早く対処すればよかったのですが……」
「なんだと、お前も勇者と戦ったのか? でもまあ、無事だからここにいるんだろうが、よく生き残れたな」
下手をしたら魔王軍全滅していて、復活したら俺以外生き残っていなかったのかもしれないのか。それはまずいな。
「なんとか引き分けに持ち込むように戦い、魔王様は本物であると説得することに成功しました」
「あのときのアトモス君すごかったねぇ、役者だなぁって感心したわよ」
どうやら側近Bもその場にいたようだ。
勇者との戦い、といっても一方的に攻撃をくらっただけだったが。あの後のことを側近AとBに詳しく訊く事となった。
勇者は剣士としてそれなりに鍛錬してきたとのこと、その使命の集大成として魔王討伐を挑んでこの地へと長い遠回りをしてやってきたって訳だ。遠回りは俺の策だがな。
そして挑んだ魔王は初撃で『うぼあ~~~~』だったから、これが魔王であるはずがないっと考えて本物がどこかに隠れてると思い、城内を探し回り始めた、と。ふむ、このときに部下たちに被害が出て、それの対処に側近Aが勇者と戦うことになる。
その時の勇者と側近Aの戦いはすごかったらしい。勇者の攻撃をほとんど避け、勇者の技にはほぼ同じ威力の技で対抗し、最後に勇者がスキルを使った取って置きの奥義まで出させ、それを喰らったように見せかけて大ダメージを受けたように演技をしたんだそうな。
側近Aはこの時の演技のことをあまり詳しく言わなかったが、後でこっそり側近Bに訊いて見たところ、あっけなく倒された俺のことを本物の魔王だと勇者にわからせる為に俺について色々と言ってたそうだ。
主な内容は、魔王様は戦闘は不得手である、そのかわり、知力に長けていて、先を見通すことがあり、あっけなくやられたのもきっと勝ち目はないと判断した結果だろう、そんな魔王様を守るために強く鍛錬して来たというのにそれすら叶わない自分がふがいない、ああ、きっとこの結果も魔王様は予見しておったのだろう、だから私に戦いの介入をさせないうちに勝敗を決したのですね、と言ってパタリと倒れる。名演技じゃないか。
「なるほど、お前の機転で勇者がそれ以上暴れまわることなく帰らせることに成功したんだな」
「お褒めに預かり光栄です。ですが、うまく行ったのも運が良かっただけです。それと、勇者があまり聡明ではなかったのも幸いでした」
たしかにあの勇者はあまり頭がよさそうじゃなかった。直情型とでもいうべきか、頭で考えるより体が先に反応するタイプだったな。
「ふむ、あの後何があったのかは概ね理解した。今後の勇者との戦い方に考慮の余地があることもわかる、で、だ。何ゆえ俺の体をこのような姿に改変したのかがまだわからんのだが……」
「はい、その事ですが、私がジーク様にお願いしたのは魔王様の身体能力の向上、つまりは戦闘スキルの取得を容易に出来るようにするにはどうすればよいか、と提案しました」
「ん? その話だとこの体は戦闘に特化していることになるが、どちらかといえば劣化してる感じがするぞ」
記憶や魔力などは以前のままだが体力的な部分や身長、体重などが低く、軽くなってて戦闘に特化しているとは言いがたい。もっと筋骨隆々な大男になっているのならわかるが、それはそれで違和感がありすぎて戸惑うだろうな、今のこの姿も変化的には以前とは違うが、俺が幼いときの姿なので経験済みの肉体だ、ただ若返っただけのようなものだ。
「いくらジーク様でも戦闘スキルを習得した肉体を作り上げるのはさすがに無理だと言われまして、戦闘スキルや剣技、見切りや反応速度は修練によってのみ会得するものであるとのことでして、そう言う訳でしてですね、魔王様」
「ん? なんだ。何が言いたい?」
えらく遠回しな言い方をする側近Aに嫌な予感がする。
「スキルを会得しやすい肉体、つまりは成長時に修練を積むことによって戦闘スキルが身につきやすいというのが私とジーク様が出した結論でして、その、お手数ですが次に勇者が現れるまで自らを鍛え上げていただきたいというのが私の所存です」
どうにかして、鍛錬をしないで済むか考えたが、もう言い逃れがしにくい状況になっていることに俺は気が付いた。
実は側近A、勇者の攻撃をかわしきれなくて大ダメージを受けてしまってます。
でも演技だと言い張って魔王には悟られないようにしています。