プロローグ 魔王と勇者
初投稿ですよろしくおねがいします。
「我がものとならぬか? 勇者よ」
俺は一応、取引しないか? と訊いてから勇者に尋ねた。まあ、これは様式美というやつで実際懐柔された勇者はいない。
ここは俺の城、人族が曰く魔王城の王座の間で、俺の配下の魔族を数人蹴散らしてここまでやってきている勇者が俺をにらんで対峙している。
「バカゆうな、こっちは魔王を討伐しにきてんだ。そのために長い旅をして来たんだ。魔王の配下になりにきたんじゃねえ」
それなりに威力のありそうな剣を構えたまま勇者がはき捨てた。聖剣の類だろうか。装備している鎧もさまざまな加護を得ている様にみえる、やっぱ勇者は強そうだな。
そう、勇者は強い。今まで勇者に勝てた魔王はほとんどいないのだ。
そしてこの俺、魔王とはなっているが歴代魔王で最弱といってもいいくらい弱い。それもそのはず、俺は魔王の参謀になるつもりで本ばかり読んですごしていたからだ。いや、それは建前だ、俺はただただ知識を追い求めることに没頭していただけなのだ。知らないことを知るのが何よりも快感だった。
とはいえ、魔王に覚醒してから少しばかりは鍛えたりもしたが、勇者に対抗できる腕前には程遠い。なので、俺は腕力ではなく知力で戦うしかないのだ。
「そうか……残念だな、取引に応じた方が長生きできると思うんだがな」
どっちが長生きするのか、とは言えない、決して。
俺は、さまざまな文献や歴史書などから勇者を制するための対策を練った。しかし、結論は最悪だった。
魔王と勇者が相対した時点で魔王の敗北が決定しているのだ。唯一と言える対策は、勇者に出来る限り遭遇しないよう道中にさまざまな罠や遠回りを強いる策ぐらいしかないのだ。
歴代魔王の中には勇者が覚醒する前にその芽をなくそうとし、人族の子供を間引こうとしたが、結果はより最悪なものとなった。勇者への覚醒が早まり、そのうえ勇者が複数現れたのだ。
その後、人族の警戒心が高まり、勇者が覚醒しても隠蔽され情報入手が遅れる事態になってしまったのだ。気がついたら勇者と言うナイフが咽喉もとに突きつけられていた……なんてことになるのだ。
「へっ、問答無用で襲い掛かってきたりしないのはさすがは魔王さまってことなのか、それとも……」
勇者が剣を構えつつ周りを警戒するように気を高めた。罠や伏兵の存在を疑ったようだ。
はっきり言って罠はない。自分の住処に罠なんてあったら面倒極まりない、ただし伏兵というか側近のものはいる。信頼しているやつらだ。あいつらがいるから俺もそれなりに安心していられるのだ。
とはいえ、側近を勇者にぶつけて時間を稼いでその間に逃げ出すなんてことは絶対にしない。そんなのは愚策中の愚策だ。ただ犠牲を増やしただけで俺が考えてる勇者対抗策とは程遠い。
「罠などない、といっても信じないだろうがな。……そうじゃ、せっかく我が城まで来たのだ、なにか我に訊きたいことなどないのか? 勇者よ」
訊きたい事はないかといったがそれは逆だ、俺は勇者にどうしても訊きたい事がある。こたえてくれたらいいんだが。
質問など用意してなかった勇者は一瞬毒気を抜かれ、
「訊きたい事だと?」
とつぶやくように言い。少し思案しはじめた。
何か質問をしてきてそれにこたえたら次は俺の番だといって質問するのだ。
どうやらこの勇者、あまり頭が良くないらしい。なにか予想外の質問がくるかと思ってたらそんなことはなく、ごくありきたりなものばかりだった。なぜ人間を襲うのか、魔族の弱点は? とか魔王軍の戦力はどれほどなのか? とか。もちろん適当にこたえておく。
人族を襲う理由は正直に答えても納得できないだろうな、こっちは襲ってるんじゃなくて増えすぎないように間引いているつもりなのだから。魔族は人族よりも長命で身体能力も高い、そのかわり繁殖能力は低い。人族は魔族よりも短命で身体能力は低い、だが繁殖能力は高く、そして成長もはやい。
気がついたら町が出来ていて、森がなくなって、そこにいた魔物や動物が他のテリトリーに行ったりして秩序が乱されるのだ。たしかに魔族も似たようなことをして森を開拓することがあるが、人族とは頻度が違いすぎる、森の面積が少し減る程度で、なくなるまで開拓などしない。魔族が急激に増えることはないのだからな。
魔族の弱点? その弱点であるそのものから質問されてまともに答えていいのか考えてしまった。それはお前だ、勇者よ。なんていえない。なので人族で一般的に言われてる光属性魔法とか聖属性の武具とか適当にこたえておく。
最後に魔王軍の戦力だが、本気を出せば人族の主要都市を陥落させるくらいは出来るだろう。しかしそれなりに犠牲者もでる。人族の軍隊に負けることはないが、兵が減ると補充が厳しいのが魔族の欠点だ。その点、人族はあっという間に補充してくる、弱いけど。なので勇者には魔王軍は強いが数が多くない、なので人族とは拮抗していると答えておいた。
「で、勇者よ。我の方も訊きたい事があるのだ」
「なんだ? 弱点なんてこたえねえぞ」
おいおい、そんなものがあればとっくに試してるって、
「いや、訊きたいのは別のことだ、答えたくなければ答えなくてもよい」
下手な問いかけをして、そんなこと答えられるか! って攻撃に出られると困るので安全策をとっておく。
それならまあ……っと了承を得たので、
「異世界というものに心当たりはないか?」
一番訊きたかったことを訊いてみた。ちょっと急すぎたかもしれないが、前置きや流れとかもうまどろっこしい。
俺がその言葉を知ったのは少し前のことになる。何世代か前の勇者が召喚された勇者だったらしい。勇者について色々調べていた時にわかったことだ。召喚されたのか偶然こちらの世界に来たのかそこまでは解らなかったが、その召喚された勇者はこの世界にはなかったさまざまな物や理論、調味料、技術をもたらした。
まったく異なる世界観、歴史、文化形態、むむむ気になる。知りたい。
その存在を知ってから俺の世界が変わった。もはや勇者と魔王の勝敗などどうでもよくなったのだ。
それからは異世界についての情報収集に明け暮れた。召喚されたと言われる勇者の足跡、旅先で作った物や伝え残こした何かを発見する度に一喜一憂した。
「いせかい? なんだそりゃ、海のむこうにある未調査の陸地か何かか? 人でも魔族でも権力者になると領土拡大を目指すものなのか」
勇者は少しうんざり気味に答えた。どうやら異世界を新大陸のことだと勘違いしたようだ。
その答えで結論を出すのはまだ早い。異世界の知識はそう簡単におおやけに出来ないはずだからな、特に魔王である俺に対しては警戒するはずだ。
異世界から来た勇者なのか、この世界で生まれた勇者なのかちゃんと見極めなければならない。
「未調査の陸地と言えばそうなるのか、まあ、そうなのだろうな。だが、我が訊いておるのとは少し違うのう……」
「俺は戦いに明け暮れたただの人間だ、長命な魔族の知識でも解らない質問の答えなんか持っちゃねえよ」
ただの人間がこんなとこに来るなんて……以下略だ。
「我が言う異世界とは、勇者のいる国、いや、違うな。その国の住人がすべて勇者である世界のことだ」
さて、勇者はどう反応するかな。知っていれば否定も肯定もせず冷静にはぐらかすと予想する。
そして、知らない場合は、
「はあ? なんだそりゃ、わけがわからん。神話の話か?」
驚き戸惑いながら勇者は理解できずにいる。ふむ、どうやら本当に知らないようだな、がっかりだ。
そう判断すると急激に興味が薄れてきた。俺の悪い癖だな。
「そうか、その反応だとお前の生まれた場所、勇者のいる異世界ではないということか?」
そう言った途端、ふっと勇者の気配が変わった。
「ああ……、なるほど。俺の出身地を特定したかったってことか。それで勇者となる人物を生み出した地域の町や村を滅ぼすつもりなんだな」
やばい、軽はずみなことを言ってしまったようだ。勇者に殺気がやどる。あわてて取り繕い、
「答えたくなければ答えなくてもよいぞ」
「いや、ちゃんと答えてやるよ、何を考えての質問だったか知らねぇが、俺が生まれ育った村はもう無いぞ。まあ、手間が省けてよかったじゃねぇか? とっくに魔族が滅ぼしてるんだしな」
ああ、このパターンか。
勇者の素質があるものはなぜか死なない、大抵九死に一生とかで奇跡的に生存し続けるのである。強運というだけでは済ますことが出来ないくらいの危機回避能力。しかもその危機を乗り越える度にどんどん強くなっていく。
大方、この勇者が遠出して留守にしていた時に、間引き対象になった人族の集落があったのだろう。または魔族の誰かが勇者の気配を察知して先手を取ろうとしたか。
勇者を覚醒する前に討伐する。誰しもが考えることだ、俺だって最初に考えた。だが結果は単に勇者をさらに強くするだけで、何もしない方がましだってことになるんだ。
まあ、そんなことは今更だ。既に目の前に勇者がいる時点で考えても仕方がない。それよりも重要なことが分かった、この勇者は異世界から来たのではないということだ。
俺は心底がっかりして、
「そうか……」とつぶやいてしまった。
今にして思えばこの返事は最悪だとわかる。目の前の勇者にしてみれば、自分の生まれ育った場所であり、親族や交友関係者すべてを失った出来事なのだ。それを完全に興味を失った生返事のようなつぶやきで返してしまったんだから。
もちろんそれを聞いた勇者の殺気が一段と膨れ上がり、
「もう十分だろう? 元々話に来たんじゃないからな。さっさとケリをつけさせてもらうぜ」
そういって斬りかかってくる勇者。怒り任せの大雑把な攻撃だったおかげでなんとかかわすことができた。当然追撃されないように距離をとる。変に食らってい痛い思いはしたくないからな。ちょっと危なかったがな……。
さっさと終わりにしたいのは同感だと思い、
「そうだな、おしゃべりはもう十分だ、さっさと終わらせることにしよう。勇者よ、我に最大の攻撃を放つが良い」
そう言って両手を広げ、威圧しながらニヤリとする。
この勇者にもう用はない、時間の無駄だったな。とっとと次に進めるのが得策だ。
「ふっ、余裕そうだな。いいぜ、最大威力の技をお見舞いしてやるよ!」
余裕なのはそっちだろう? こっちは演技だぞ。
勇者は闘気か魔力かわからんが、剣に力をこめ始めた、すると剣がかがやきだす。うわあ、勇者め本気だな。
本当ならここで俺も武器を出し、暗黒魔法をまとわせたりして対抗したらいいんだろうが出来ないものは出来ない。負けるのがわかってるのにわざわざ鍛錬する気も起きん。
さあ、準備は万端だ。さっさと次にいかせてもらおうとするか。こいよ勇者。そしてさらばだ。
「くらえ魔王! クロススラッシュ!」
勇者が技を放った、どうやら斬撃を飛ばすタイプのようだ。ふむ、クロススラッシュか。
二刀流の技に似たようなものがあったな。左右同時にスラッシュ系の斬撃を放ち、威力を数倍に跳ね上げるんだったか。
しかし、剣一本ではクロスに放つのは難しいはず、普通ならダブルスラッシュという二連撃になるはず。
そう思って勇者を見てみると。
おお! なるほど、自ら前進して一撃目に追いつきながら二激目を放つのか。しかし、その技には更に上位版があるぞ。
二刀流の技だが同じように自らも突進して三激目を放つのだ。トライスラッシュとでも言っておこうか。
ここで俺がそのトライスラッシュを放って勇者を返り討ちに出来たらいいが出来ない。何度も言うが、出来ないものは出来ないのだ。なので俺が最後にすることは……。
「う、うぼあ~~~~!」
前々から用意していた断末魔をあげ、無防備で勇者の技を食らう。さすが勇者だな、一撃で致命傷だ。
そして俺の意識はそのまま闇の世界へと消えた。
基本的に魔王視点でお送りします。