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世界樹一丁目一番地

「男の夢ここに達成せり!!」


 極々ありふれた一戸建ての住宅を前に、感極まって涙を流す中年男性の姿がここにあった。

 彼の名前は『真平人志まだいらひとし』年齢四十六歳、二児の父である。


「お父さん頑張ったもんね……」


 その傍らで、人志の肩を支えながら満足気な笑みを浮かべているのは、『真平文枝まだいらふみえ』年齢四十歳、人志の嫁である。

 《お父さん頑張った》の中に、《お父さん髪の毛が抜け落ちるくらい頑張った》が含まれているのだが、よく出来た妻である文枝はそんなことは口にしない。

 一戸建てを買うためにローンを始める前はフサフサだった人志の髪の毛は、毎日の厳しい節約生活、会社においては上司にいびられ、部下には影で罵られのストレスまみれの日々によって、まるで花びらが散っていくかのように、一本、また一本と抜け落ちていき、ついには……四十代なかばで見事なバーコード禿げが誕生してしまったのである。

 

「パパ、今日からここがボクのお家なの?」


 小学六年生の真平祐樹まだいらゆうきは、片手に携帯ゲーム機を持ったまま、興味なさげな眼差しで父の血と汗の結晶を眺めていた。

 

「ふっ……俺の孤高なる血は、こんな団欒な風景など求めていない……」


 家族の輪から少し離れた所で、全身真っ黒な服に身を包みながら、アレな台詞を呟くのは、中学二年生になる真平信義まだいらのぶよしである。


「ちがう! 我が真名まなは、《アビス・シュトルム》深淵の疾風である!」


 ちなみに、アビスは英語、シュトルムはドイツ語である。

 信義は見事な中二病の真っ最中なのであった。

 

 兎にも角にも、こうして真平毛、もとい真平家は一軒家を手に入れ、あらたなる平和な日常生活が始まる……と思ったのも束の間。

 その翌日、何の前触れもなく事件は起こったのだった……


 

 ※※※※


「うーむ、マイホームでの目覚めは公営アパートとは一味違って最高だなぁ!!」


 人志はベッドの上で大きく伸びを一つ。

 愛する妻はもう既に目覚めているようで、朝ごはんの支度の真っ最中である。


「ふんふんふーん」


 上機嫌に鼻歌などを歌いながら、玄関のドアを開け新聞を取りに出た人志は、新聞受けから新聞を取ろうとして何かに鼻っ柱をぶつけてしまった。


「痛たっ」

 

 思わずその場に尻餅をついてしまい、腰を擦りながら立ち上がろうとした時、人志は見てしまったのだ。

 家の前に、とてつもなく大きな樹が生えていることに……。


「はァァァァァッァァァァァァァッァァァァッ!?」


 人志が大声で叫んでしまうもの無理は無い。それは巨大と言う言葉のレベルを遥かに超越していた。

 後で分かることなのだが、この樹の全長は約十キロメートル。樹の半径は一キロに及んでいた。


「何が一体どうなったんだ……」


 家に戻ってきた人志は、心を落ち着けようとテレビの電源をつけた。

 テレビの中では、今まさにこの謎の巨木の話題でも散りきりのようだった。

 

『突如出現した謎の巨木は、神話の時代に語り継がれる世界樹ユグドラシルではないのかと、噂されています。さて、植物学者の先生、これは一体何なんでしょうか?』


『わかるかそんなもん! ありえない! こんなものが存在することはありえないんです!  そう、これはきっと幻! 幻に違いないんだ! ほらほら幻ですよ! このマイクだって幻! アナウンサーのお前も幻だ−! そして私はまぼろし探偵だああああ! あーっはっはっはっはっは!』


 二丁拳銃を構えるポーズを取ったまま高笑いを続けた植物学者は、口から泡を吹いてそのまま倒れこんでしまった。そして画面は『しばらくおまちください』のテロップへと切り替わったのだった。


「そうだよ! こんなことが現実に起こるはずがない。あれは幻に違いない!」


 そういってまたしても玄関を飛び出していった人志は、数分後頭に大きなコブを作って戻ってくることになるのであった。


「あらあら、お父さんどうしたの?」


 こんな状況下にありながらも、文枝はいつもと変わらずに朝ごはんの支度を続けていた。

 

「ど、どうしてお前はこんな非常識な状況下で落ち着いていられるんだ!!」


 この人志の問いかけに対する答えを、文枝はきちんと持ちあわせてはいたのだは、敢えて口にしようとはしなかった。

 

 ――結婚した時は、あんなに凛々しくて素敵だったお父さんが、今はバーコード禿げのくたびれた中年になったことに比べれば、大したことじゃない!!


 よく出来た妻である文枝は、その思いを胸の奥に秘めたまま食事を作り続けるのだった。

 そして社畜である人志は、こんな状況下であっても何の疑問もなく会社へと向かうのであるのだが……。


「くそっくそっ! どうして我が家の後の塀から出なければならないんだ!!」

 

 表玄関が完全に世界樹で塞がれてしまているので、人志は必死こいて裏の塀をよじ登り会社へと向かう事になるのだった……。


 こうして一夜にして、バラ色のマイホーム生活は崩れ去ってしまったのだ。

 しかし、幸運というべきか不幸というべきか、真平家以外の近隣の家は、世界樹の出現により跡形もなく崩れ去ってしまっており、それらに住んでいた者達は保険金をもらって引っ越していった。

 だが真平家は、ちょうどすれすれの地点であるがゆえに、家をでるのに苦労するということ以外は、何の被害も被っていなかったので、保険金も降りることがなかったのだ。

 

「あ、あの糞保険屋め! 被害は被ってるんだよ! みろ! 日当たりが全く無くなってしまったじゃないかっ!! 俺が苦心して日当たりの良い場所を選んだと言うに! 日照権の問題はどうしてくれる!」


 となると、訴えるべきは突如として真平家の日差しを遮った世界樹ということになるわけなのだが、まさか世界樹相手に裁判を起こすわけにもいかずに……。

 いや、この男、真平人志は世界樹を相手取った裁判を起こそうとして弁護士に相談をしに行ったのだが、その弁護士に精神病院を紹介される始末だった。


「こうなったら意地でも引っ越しなどするものか! 俺が、俺が苦労してやっとの思いで手に入れたマイホームなんだッ!!」


 こうして、世界樹との共存生活が始まったのだった。



 ※※※※


 まず最初に、人志は家の裏の塀の一部を壊して新しい玄関口を作った。これによって塀をよじ登って出かける苦労をなくすことに成功した。

 しかし、苦労は肉体的なことばかりではなく、精神的なものに及んでいた。


「パパ−! クラスのみんなが『やーい! お前んち、せかいじゅー!』って馬鹿にするんだよぉぉ!!」


 と、次男の祐樹は学校でイジメられているようだった。

 さらに、この世界樹を観光地にしようとの国の計らいにより、真平家の周りには、大量の観光施設が作られており、世界樹饅頭やら、世界樹もなかやらが、売りだされる始末。

 ごった返す観光客により、真平家は日々衆人環視の目にさらされることになったのだ。

 静かで端正な住宅街の面影は完全に消え去り歓楽地の出来上がりである。

 地名も世界樹を元に改められ、この真平家の住所は、世界樹町一番地の一と変えられてしまっていた。

 ただ、このような状況でも一人喜ぶものがいた。


「クックックックッ……。我が召喚に答えてあわられたなユグドラシルよ! 次の召喚ではバハムートを……」


 等と、中二病真っ盛りの信義だけは毎日が楽しくて仕方がないようであった。

 

「一体……一体何が悪かったと言うんだ……」


 人志の頬は痩せこけ、バーコード禿げだった頭は完全なつるっぱげになってしまっていた。


 ――バーコードより、こっちのほうが潔くてまだマシだわ……。


 と、文枝は思ったのだが、勿論言葉に出すことはなかった。


「そうだ! 何が悪いも糞もない、全部この世界樹とやらが悪いんじゃないか!」


 幽鬼のような表情で、ぬらりと立ち上がった人志は、何処からともなく大きな斧を持ち出してくると、文枝の静止を押し切り、世界樹にむけて斬りかかったのだった。

 しかし、この世界樹はこの世の全ての兵器を持ち寄っても傷一つつけることが出来ないという、とんでもない硬度の持ち主。

 そんな斧一つでどうこうなるわけもなく。


「舐めるな! 舐めるなよ! 中年サラリーマンの意地と、微かに残ったプライドをッッッッッ!!  そして、何よりも家庭を守るお父さんパワーをッッッッッッ!!」


 その時、人志の頭が光った。もとい、斧が光り輝いた!

 神のいたずらか、もとい髪のいたずらなのか……。なんと、人志は世界樹の幹を削り取ることに成功したのだ。


「見、見たかっ! 家庭を守るお父さんのパワーをっ!」


 そして、その幹からは世界樹の樹液が垂れ落ちてくるではないか!

 人志はまるで樹液に誘われる昆虫のように、無意識のうちにその樹液をなめてしまっていた。するとどうだろうか! 禿げていた人志の頭に、髪の毛が戻ってきたではないか!!


「こ、これは!!」


 ※※※※


「いやぁ、まさかこんなことで大金持ちになれるとはなぁ……」


 人志はこの世界樹の樹液を独占し、世界中の禿げのために商売を始めたのだ。

 それはもう笑いが止まらないほどに儲かった。世界中の禿げが我先にとこの世界樹の樹液。商品名《世界樹のしずく》を買い求めたのだ。

 こうして、真平家は巨万の富を得ることになった。


「いやぁ、しかしあれだなぁ。世界樹だけに! 世界中にバカ売れだなっ! せかいじゅ、せかいじゅ、せかいじゅう! なんつってな!」


 この人志のオヤジギャグがいけなかった……。

 糞寒いオヤジギャグは、この周囲に大寒波をもたらし、一晩のうちに世界樹は枯れ果ててしまったのだ。

 そして、それに呼応するように人志の髪の毛も抜け落ちてしまい、またも禿げに逆戻りである。


 しかし……。


「おとうさーん! ごはんできましたわよー」


 文枝はいつもの様に、ご飯の準備をするのだった。

 


 父は強し

 母は更に強し!!



 おしまい☆

 

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