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作者が勝手に気に入ってる短編Best5

ダイイングメッセージ

作者: 山田結貴

 くそお、三木の奴。こんなことをして、ただで済まされると思うなよ。

 月がぼんやりと空に浮かぶ夜。俺は石の地面に倒れ伏しながら、悔しさのあまり歯をギリギリと噛みしめていた。腹からは、激痛とともに血がドクドクと溢れ出ている。

 何故こんなことになったかというと、全てはあいつのせいだ。三木の野郎が、俺をナイフでぶすりと刺しやがったものだから。今まで、友達だと思っていたのに。俺、恨みを買うような真似なんてしたっけか。

 でも、何だか嫌な予感はしてたんだよなあ。こんな夜中に、廃れた神社の前に呼び出された時点で。これ、サスペンスドラマとかだったら間違いなく死亡フラグだもん。でも、実際にフラグが成立するなんてことがあるんだなあ。

 おっと、物思いにふけっている場合ではなかった。だけど、今できることといったら何だろうなあ。辞世の句を詠もうにも、俺には風流の欠片もないわけで。遺言書の作成? いやいやいや。俺に残せる財産なんて、雀の涙ほどしかないし。てかそもそも、この場には紙もペンもない。ちょこっと外出するのに、そんなものをわざわざ持ち出す必要はないしね。でも、このまま寂しく天国へGO! っていうのもなあ。……あ、あるじゃないか。絶対にやらなきゃいけないことが。

 ダイイングメッセージ。被害者が息を引き取る直前に、犯人の手掛かりを残すために最後の力を振り絞って書く奴。アレを書かなきゃいけないんだよ。じゃないと、下手をすれば事件が迷宮入りになりかねない。よし、やってやる。犯人を指し示す、ダイイングメッセージを、この手でバッチリしたためてやるぞ!

 ではええと、まずは血を指先につけて……と。うへえ、気持ち悪い! 自分で自分の血を触るとか、ホントないわ。でもって、これで字を書くわけでしょ? うわあもう、最悪……って、贅沢言ってる場合じゃないな。なかなか気色悪いけど、我慢に我慢を重ねつつ、犯人の名前を書くとしましょうか。

 ……けど、待てよ。名前を普通に書くと、あいつが戻ってきた時に消されるんじゃない? ほら、犯人は必ず現場に戻るとか言うし。やっぱ、アレかな。暗号を考えて、それを書かなきゃいけない感じかな。ううん、そうなると話がややこしくなるぞ。

 あいつのフルネームは、確か三木健一だったよな。下の名前はひねりようがないし、やっぱ苗字の方をどうにかすべきだよな。

 三木……三木、ねえ。あー駄目だ。ミキって音を繰り返してたら、夢の国のネズミさんしか浮かばなくなってきた。だからって、そんなファンタジーの世界の住人をダイイングメッセージに使うような真似なんて、純真無垢な俺にはとても。

 なら、やっぱ別の視点から考えなきゃ駄目だな。うーん、三木ねえ。英語にしたら、スリー・ツリー? イタリア語だと、トレ・アルベロ? 直訳過ぎて、正しいかどうかわからないけど。ただ一つ間違いないのは、俺って全然センスないよね。暗号を作る才能、ゼロ? ううん、こうなったら仕方ない。消されるかもしれないけど、ストレートに名前を書くしかないな。

 しかしここで、新たな問題が頭に浮かぶ。それは、奴の名前の表記だ。ひらがなで書くべきか。カタカナで書くべきか。はたまた、漢字で書くべきか。

 俺の命は、まもなく燃え尽きる。事切れる前に、ダイイングメッセージを果たして書き切れるかどうか。ならば、最も身体の負担にならない表記を用いるべきだ。うーん。人間危機迫ると、妙に脳の回転がよくなるものだなあ。ま、暗号の方はからっきしだったけどね!

 合計画数は、ひらがなだと六画。カタカナも六画。漢字だと七画。むう、どれも大差はないか。だけど、ひらがなってどう考えても書きづらいよね? この状況で、まるっこい文字を書きようものなら絶対にミミズがのたくったみたいになるもん。カクカクしてる、カタカナか漢字の方が、ちゃんと書けそうな気がするよね。

 よし。ここは画数も若干少なくて、書きやすいカタカナを採用しよう。カタカナで「ミキ」と記して、犯人をとっ捕まえてもらおうではないか! さて、もう一度指に血をつけて……あ、ちょっと待て。カタカナには、重大な問題がある。俺の友達には三木の他に、「式」という苗字の男がいる。カタカナで表記すると、「シキ」だ。よく考えたら「ミ」と「シ」って、似てるよね? 

 俺は今、事切れる寸前の瀕死状態。言うまでもなく、身体は思うように動かないわけで、もちろん腕とかも例外ではない。震える指先で、「ミ」と「シ」を書き分けるなんて芸当ができるだろうか。いや、無理だろうなあ……。

 つまりそれは、式君に殺人容疑がかかりかねないということ。たかがダイイングメッセージ。されどダイイングメッセージ。他人の命運までかかっている以上、安易にサラサラーっと書き上げるわけにはいかないというわけ。ああもう、どうしよう。大体、何であいつは三木って名前なの? どうせ殺人をやらかすなら、事前にダイイングメッセージを書き易い名前に改名しとけよ! それがせめてもの、親切心というものだろう!

 ……うっ。だんだん意識が薄れてきた。とにかく何か書かないと、ガチで手遅れになる! うう、どうしよう。よ、よし、決めた。漢字だ。漢字で書こう。漢字で三木……って、あーっ! 三木の「三」って、カタカナの「ミ」に似てる……。つ、つまり、カタカナの「シ」とも似てるということだ。結局、式君に疑いが向けられかねない状況を回避するのは難しいのか。あいつ、いつも家に一人でいるはずだから、アリバイもなさそうだしなあ。

 け、けど、他人の心配をしてる場合じゃないよな……。うぐぐ、仕方ない。最初に却下しておいてアレだが、ひらがなで書くとしよう。きれいに書ける自信ないけど……。

 ……まずい、とうとう視界がかすんできた。早く、早くしないと。み……み……み……。あ、間違った! どうしてここで、「ゐ」なんて書いちゃうの? いや、似てるけど。確かに、読み方は違えど形状に近しいものはあるけれども。焦り過ぎだって。落ち着け、俺! とりあえず、これは消して……と。

 あー……消すにしても、手でぐしゃぐしゃってやるのしんどい。でもって、指にまた血をつけなきゃいけないわけでしょ? きついって、この作業。そもそも、誰が最初に考えついたんだろうね? ダイイングメッセージなんて。教えてもらおうにも、周囲には誰もいないんだけどさ。

 さて、気を取り直してみ……き……っと。これで、これでようやく完成だ。犯人を指し示すダイイングメッセージが、とうとう完成したぞ! 

 いやあ、長かった。ここに至るまで、体感としては本当に長かった。感激し過ぎて、涙が出そうだ。だって憎き三木の野郎を、のうのうとのさばらせる心配はなくなったってことだからな。へへ……ざまあみろ。

 これでもう……思い残すことはない……。これで……これ…………で………………。


 早朝。とある神社で、男の刺殺体が発見された。

 現場を目の当たりにした刑事二人は、その異様な有様に困惑しながら口々に言う。

「被害者は、一体何をしたかったんだろうな」

「もしかすると、ダイイングメッセージでも書こうとしていたのでは? 血文字らしきものが、地面に残されていますし」

「だが、それを手で消そうとした痕跡があるぞ。もしかしたら、犯人が何者かに濡れ衣を着せようとして書いた文字を、消そうとしたのかもしれん」

「ううむ、そうですか。しかし、その消された血文字の横にある、ミミズみたいなものは何でしょうか」

「うーん。見れば見るほど、ミミズだな。とりあえず、被害者の知り合いに、ミミズに詳しい者がいたかどうか調べておけ」

「はい、わかりました。……それにしても、不可解な点が多い事件ですね。地面にはミミズの絵。被害者の表情は、苦しむ様子もなく何故かしたり顔」

「一番わけがわからないのは、しばらく息があったはずなのに、助けを呼ばなかったことだ。ミミズを描ける余裕があったなら、所持していた携帯電話で救急車を呼べたはず。それをしなかったのが、もっとも理解に苦しむ点だ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 確かにいざダイイングメッセージ_φ(゜ー゜@)となればテンパりそう
2015/11/20 08:20 退会済み
管理
[良い点] 面白いです! 緊迫したシーンのはずなのに、なぜそんなに悠長にいろんなことを考えられるのでしょう、主人公さん(笑) 意外となかなか死なないな、と思ってしまいましたよ。 [一言] 子供が今、学…
[良い点] 最後の刑事、ナイスツッコミです! [一言] 結局、犯人の三木は捕まったのですか?
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