夢の中へ夢の中へ行ってみたいと思いませんか。しかし現実はまあ…。
僕が朝起きる。今日は母さんの怒鳴り声が聞こえない。それなのに僕は起きてしまった。涙とともに。世界を旅するのは終わりだ。僕は手元で握りしめていた包丁をまな板の上に放り出す。そうしたら日常が始まった。だから、僕は昨日のことをぼんやりと思い出しながら、姉上を起こして、それからその隣にいる、えっと、何で隣に誰かいるの? そう疑問符が湧き出てくるのも構わずに、僕はこの比較的リアルに近い日常で昨日起こったことを思い出す。そうだ、錬金術の核融合女だ。そこにいたのは天空の司書様だった。そこまで思い出すとようやく僕の脳は活動を始めたようだった。さよならリアル、きっと会おうフェアリーテイル。僕のリアル。僕だけのリアルに。魔法が、錬金術が、神々が乗り込んできた日。それが、昨日のことだ。僕は、ぼやぼやとしながら起き上がる姉上を見ながら、ちょっと贅肉が付いているんじゃないかな、なんて思いつつも、隣ですやすやと眠るこの世のものとは思えない美貌の持ち主のことを考えていた。
姉上が伸びをする。さあぼやぼやした時間はお仕舞だ。
「何見てんのよ。このエロ小僧」
「ん。姉ちゃん少し太ったかなって」
「…ぶつわよ」
僕は仕方なく顎でもう一方の淑女の方を指し示す。
「いや、あの。お隣さんをね」
「ああ。美奈ちゃんね。確かに可愛いものね。エロ小僧」
「いや、そういうのじゃなくてさ。この子はさあ」
「この子はさあ。じゃないでしょ。打ち出の小槌様に向かって何てことを言ってくれているの」
「いや、そっちの方が酷いような気がするけど」
「どっちでもいいでしょ。そんなこと。さあ。ご飯の支度なさい。そうして美奈ちゃんと一緒に学校に行くのよ」
僕は首を振りたくなる。どこをどう飛躍したらそうなるのかさっぱり分からなかったからだった。
「ご飯の支度は分かるよ。姉ちゃんそういうのやらないのは分かっているから。でもさ」
「もー、うっさいわね。デモもストライキもない」
「姉ちゃん。何を言うのさ。今のご時世でストライキ何てできるわけがないだろ」
「例えよ。例え」
ぼさぼさに飛び散った髪の毛をかき回しながら、もう一度だけ伸びをした姉ちゃんは、そう言ってしまうと、それから、困ったような顔をして僕に向かって一言告げた。
「私のチョーノーリョクでそう言うことにしてあげたの」
「チョーノーリョク、ですか」
姉上がチョーノーリョクと言うときは要注意だった。この姉上、どう考えても念動力だけじゃあ不可能だろうと言うところまでやってしまうから。
「そうよ。関係者の脳みそに念動力送り込んで、脳みそに新しい回路を付け足しておいてあげたわけよ」
「うわ。うさんくさ」
本当に、うさんくさいにもほどというものがある。
「勇作。あんたの夢の旅の話よりはリアルだと思うけど」
「それは、まあ、確かに、魔法よりはチョーノーリョクの方がリアルっぱいけどさ」
「さあさあ。御託はいいから。もう行った。行った。料理、料理」
姉上のまとめの言葉に対して僕はため息をつくしかない。それで諦めて頭を切り替えるのだ。ああ。そうだとも。全ての超能力は念動力で説明が付くものさ。そうしてその念動力さえ存在しないと言うのなら、人間なんてただの機械さ。何せ脳のニューロンがいつ発生するかも自分では決められないと来たものだ。それがこの世界の常識だ。僕だってそこら辺りのことは認める。だから、僕はダイニングに向かう。一言言葉を残してから。
「姉ちゃん。お隣さんきちんと起こしといてよね」
料理を始める。いえーい。四分クッキング。フライパンに油を敷いて、適度に熱したら、ハムをぶち込んで良く炒め、それに少々の塩をかける。それから、ハムが良く炒められたら、中火にし、とろっとろの生卵を崩さないように二つハムの上に乗っける。そうしたら、そうしたら、サニーサイドアップのハム仕立ての完成です。
さて、それらの品を二品作るのですが、そこまで十分少々かかってしまったわけだが、姉上はまだ着替えの最中らしく出てこない。そこで朝の食材に色を添えるためにブロッコリーを湯がき始めたのだけど、これがまた時間がかかる。光の屈折率からして透明にしか見えなかった水に緑の色素が抜け出すまでは五分では効かなかった。まったくこんなに時間がかかるんならやんなきゃよかったよ。僕はそう思いながらダイニングに揃っている椅子を一脚掴んでしまうとそのまま揺らり揺らりと台所の床が傷むのにも構わず前後に揺すり始めていた。トロトロに眠い。全く眠いったらありゃしない。
「よし。OKよ」
姉上の言葉が響くとともに、二人の影が僕の背後へと迫る。はっとして僕は振り返った。まるでミステリーもののようにコツリ、コツリと不気味な殺人者たちの足音が響いてくるように思えたのだ。首がコキリと鳴った。そこには制服姿の姉上とそうしてもう一方昨日新たに親族に加えられてしまった天空の司書様がこれまた制服姿で困惑しておられる。
「客人これは何の真似だ?」
「勇作に聞いても無駄、無駄。美奈ちゃんの制服姿に見とれるだけよ」
確かに見とれるものがあった。凛として柔和な表情からきりりと眉が困惑気に落ちて、への字を刻み、そのエメラルドグリーンの瞳はおずおずと見上げるようで、どこかしら嗜虐的な男を誘うようなところがあるようにも思える。制服からはたわわに実った、そのその果実があって、あってだね。だから、つまり出るとこは出ていて、引き締まるところ引き締まっているってこと。
「では。姉上殿。あなたから申し開きを聞かせてもらおう」
「だって、あの服装じゃ学校行けないでしょ」
「学校とな?」
「そ。あなたも何か事情があるんでしょうけど、私たちにとって好き放題できる金づ、じゃなかった、その打ち出の小、これまた、違った。あなた、そう、私たちにとって大事な家族なのよ。家族。昨日言ったでしょ」
姉上はあまりに失礼な間違いを二回も繰り返した後になって、真心こめて真実に、至誠をもって元ゴスロリ女神様に向かって説得にかかった。
「ですが、学校ですか」
「そ。知識は力なりというでしょう」
「でも、私は天空の司書。全ての知識を網羅し、全知全能に近い、神々の…」
美奈ちゃんに格下げされてしまった天空の司書様は明らかに不満げだ。それはそうだ。何せ元から他の世界に重きを置いた身の上だ。高慢もあれば偏見もある。第一、錬金術やってれば一生食うのには困らないのに、それをわざわざ貴重な時間を費やしてほとんど分かっていると言い張れてしまうことを今更ながらに学んでも、どうということもしようがないではないか。
「御託はいいのよ。学歴がなけりゃ仕事はない。仕事がなけりゃ金もない。金も無いのに遊んで暮らせば、そこに国権の怪しき光在りってことよ。つまり御用ってこと」
美奈の肩に手を置いて激しく揺さぶる姉上は、姉上にしてはまともなことを言う。そうだ。御託はいいのだ。リアルとはそういうものだ。
「金ですか。金ならば昨日のように…」
「だから、それが過ぎれば国権の怪しき光に照らし出されるってことなのよ」
「? どういう?」
「出所も分からない金をそんな簡単に手に入れてごらんなさい。途端に牢屋行よ」
「何ですって。そんな野蛮な!」
「野蛮も何も。稼げる人間からは取る。稼げないものには手渡して黙らせる。それが今のリアルよ。全くもって公平な世の中でよかったわ。ああ、安心。私は将来チョーノーチョクで荒稼ぎしてやるつもりだけど、税金はきちんと払うわよ。そうでないと公平ではないから。ま、節税まではするかもしれないけど」
さらりと無茶な将来設計を持ち出してくる姉上様。ああ。GOD。人は進化の途上にあるのです。姉の無茶な願いを叶えさせるほどの力を与えたあなたの寛大さには、全くのこと辟易としてしまいますよ。いや、脱帽してしまいますよ。だって、僕だったらそんな不確定要素が存在するときにずるい事をやらないなんて考えられませんから。
「私は何もやましいことなどしていません。だから、国が取りに来るというのなら正々堂々と取りに来させればいいのです!」
全く持って憤慨した顔はまたグッとくるものがある。まるでホッペたが風船のように膨らんだかと思うと、それが、ゆっくりとしぼんでいく。それはプンプンと擬音付きで現れるような漫画の中の一場面に似ている。美人とは三日いると飽きるというが、その三日はそれなりに貴重なものではあるようにも思う。特にそれが、とても美しい二重がけできるような美女であるならば。
「全く。分からない人ね。私が行けって言ったら行くの!」
「…むむむ」
姉上が人差し指を突き刺す。それは、まるでフェンシングでもやるかのように。美奈の胸の辺りに近づけるまで何度も人差し指が突きを放っては戻り来て、付きを放っては戻りくる。それで、お仕舞とばかりに姉上は食事にとりかかり、天空の司書様は何やらぶつぶつと呟いている。こんな内容だ。
…学校とは、力なき神々やマジックスや四民に与えるものであって、我々全知に近いものが…。
とこんな感じ。
「御馳走様。勇作それじゃ。お先に。ちゃんと洗い物もやっといてね。それと洗濯は今度から夜の内に済ませといてね。じゃ、美奈ちゃんとよろ」
「…むむむ」
天空の司書様の真似して唸っては見たものの仕事が増えてしまってはしょうがない。仕方ないから見よう見まねで洗剤ぶち込んで洗濯機のスイッチを入れたはいいものの洗濯完了まで三十分と表示されてみれば確かに姉上の言う通りに夜の内に洗濯まで済ませてしまわなければならないようだ。