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魔女投入

 僕はいつも思うのだ。夢の世界を旅する度に。どうしてこのリアルに近い世界に拘ってしまうのだろうかと。そして同時に思うのだ。リアルじゃない、と。どこだってそうなのだ。全くと言っていいほどどうかしている。僕に自由に書き換えられる世界なんてそんなのどこにリアリティがあるのだろうかと。誰もいなくなった教室から立ち上がって廊下を進む。と、山田さんから繰り上げ当選となった僕にとってだけ新しい倫理の先生とすれ違う。軽く挨拶を交わす。全く。綺麗な女性だ。山田さんみたいに小うるさいことも言わないだろうから。僕の大きくてそれでいて役に立たない『力』を使う機会は訪れないだろうなと密かにそう思うし、そうであって欲しかった。リアルじゃない。リアルじゃない。リアルじゃない。全くもってそうなのだ。全ては胡蝶の夢のごとし。ピーターパンのネバーランドだ。僕の一睡の旅はほとんどのことを記憶の外側に置いてしまう。だから、要点だけしか覚えて帰れないし、帰らない。それでいて、もう一度その世界を旅する時となると、全ての知識が蘇るのだ。ああ。この世は予定説であり、かつ多世界解釈であるとでもいうのだろうか。必要な知識という名の通貨はなぜか常にどこの世界でも溜まって行くばかり。まあ、僕が死ぬまでの事ではあろうけど。

 さてスマートフォンで確認すると時間は丁度五時を回ったところだった。僕は下駄箱に向かいそれからいつも通りに返ることにしよう。今日旅した世界は案外に面白かった。いつかあの世界の数世紀くらい後の世界を見てみたいような気もするが、たぶん、そうしたいと思う頃にはそんなこと忘れ去っているだろう。

 と、僕が下駄箱を漁っているときのことだ。

 突然に声をかけられる。

「あの。すいません。勇作さん、ですね」

 綺麗な声の女性だ。靴を履こうと片足を持ち上げながら聞いた声は清らかで澄んだ声だった。両方の靴で足を固めると、僕はその声の主を聞こうと、顔を上げる。そこには見知った顔が異なる服装で存在していた。夏物のセーラーを着込んだその人物に、僕は確かに見覚えがあった。それは先日まで永久と思える時間を費やして旅した世界で見知った人物だった。魔法世界エナレスの住人、可愛そうな魔女こと、P・Mだった。

「勇―っ作ぅ!」

「…」

 声にならない叫び声を聞きながら僕はまた一つ何かを失ったかのようにため息を吐く。ああ。そうだ。僕はフィクションを読み過ぎているのだ。『力』を使い過ぎたのだ。きっとそうだ。だから、こういう、こういう、フィクションじみた展開しか待っていないのだ。そう思うともう何がなんだか、奔放に疲れてしまうし、参ってしまう。僕は、全く、参ってしまっていた。

「聞いて、聞いて。私、私ね。この世界で名前もそして居場所まで貰っちゃったの。この名前の子がもう疲れたから私は要らないんだってそんなことばかり考えていたから、私、魔法の契約をしてあげたの。最初はね、この世界では一神教が主だから、神様に会わせてあげるように取り図ろうとしたのだけど、この子の家はローカルな教えの方を信じているみたいだったから、そっちの方で優遇してあげることにしたの。ここでは魂や、イデアとか言うみたいだけど、そう言った輪廻の輪とかいうものから完全に解き放ってあげたの。そしたら、感激してくれるも何も、私に自分の持ち分全部くれちゃった。だからね、だからね…」

 全く、変わらずのマシンガントークだった。僕としては彼女とはグッバイまでして別れたはずだった。それなりに感傷に浸りながら別れたはずだった。そしてついでのことに魔法や錬金術の方とはこちら側からはしばらく接触しないようにする予定だったのだけど、それがどうだ。こうだ。今日の夢の旅路もそうだし、この子もそうだ。どうしてだ。黙っていても向こうから追いかけてくるとは。

「ねえ。P・M。それで、君は僕の前で何て名乗るんだい」

「そうそう。その話。少し難しい名前だけど、聞いてね。私の名前。私の名前はね、そう。えへへ」

「それで?」

「九錠止施代って言うんだ」

 そう言ってにっこにこに笑うP・Mのことを見ながら僕は今の言葉を反芻していた。九条止施代。くじょうよせよと来たものだ。

「くじょうよせよ、か。それはいいね。本当にね。それはいいよ」

 全く空笑するしかない。話題の先を変えるべきだった。くじょうよせよ。くじょうよせよ。くじょうよせよ。おお。三回も思い浮かべてしまった。子供にそんな名前を付けるのはどんな親御さんなのだろう。名付けの時に、たまたま浮かんだダジャレだったのか、それとも自分の機知に対して腹がよじれるくらい笑ってみたい気分だったのか、それとも、子供のことを嫌っていたのか。どれにしてもだ。悲哀を感じてしまう。どうだろう、僕の感性の方がおかしいのだろうか。ああ。ともかくも話題の先を変えるべきだった。

「それで九条さん。その、どうかな、この世界では魔法の方は」

「勇作ぅ。九条さんなんて他人行儀はやめてよ。止施代って呼んじゃってもいいんだぞ」

 止せよ。そんなのあんまりだ。九条さんだって決めてしまったものは決めてしまったのだ。男はこうと決めたら梃子でも動かないものだ。止施代なんて本当に止せよ。今となっては消えてしまった本人に対しても気が咎める。

「いや。僕は、九条さんと呼ばせて貰いたいね。九条さん。九条さん。いい響きじゃないかい」

「んー。それもそうね」

 P・Mの移り気は相変わらずみたいで安心した。あっちに気があると思ったら、こっちに気がある。まるで魔法の対称性理論のようだ。

「それでさ、九条さん。僕が住まうこの比較的リアルな世界はどうかな。向こうから魔法でも持ちこめたかい?」

「うん。勇作。少しだけしか使えないけどね」

 ノンセンスだ。全くもってノンセンスだ。僕に残された唯一の逃げ道である、この比較的リアルな世界でさえも、もう、駄目なのだ。魔法使いや錬金術師の餌食になったのだとみなすべきだった。ああ、今に死人は蘇って街を闊歩し、葬儀屋は生誕屋に早変わりし、この現在までに死んだ一千億人もの人間がこの狭い地球にギュウギュウ詰めに詰め込まれて、これからはまるで牢獄のような世の中に代わってしまうのだ。そうして魔法使いや錬金術師たちのめくるめく最後の審判もどきが始まるのだ。そうだ、きっとそうだ。そうに決まっている。

「少しというと、その、さ。どれくらいなものかな」

「ん。軽いのばっかりかな。思念系統とか、軽い自然魔術系統とか。そうそう。私の両親の前でさあ、ハムをこんがりジューシーに魔法を使って丸焼きにしちゃったらさ。お前これは何の超能力だ。とか何とか言ってさ。もちろん思念系統の魔法で忘れさせてあげたけど。ね、勇作。それにしても、チョーノーリョクって何?」

 チョーノーリョク。ああ。そこまでは、そこまでくらいならこの 僕にとって比較的リアルな世界にも、ちょっとくらいあってもいいような気はしないではないのだけれども。超能力か。そうだね。うん。全ての超能力は念動力で説明がつくのさ。はは。きっと魔法も同じなのさ。そうだ。超能力さ。全てのものは念動力さ。全き人間の脳が行うニューロン交換でさえも一種の念動力であるとするならば、人類すべてがこれ超能力者であると言っても過言ではないだろう。おおげさだって? いいや違うね。なぜなら、もし、そうであるとするならば、自由意思はこれ全て超能力の存在に掛かっていると言ってもよいだろうから。何故かって? だって、そうじゃなきゃ、僕ら人間は自然の作り出した、単なる機械に過ぎず、神の影法師を追う猿に過ぎないことになってしまうのだから。

「ああ。それはあれだね。人間が進化に伴って手に入れて行くかもしれない超自然現象の一種で魔法の隣人みたいなものさ」

「魔法の隣人。ふっしぎぃ。でさ。勇作。進化。進化って何?」

「進化は進化さ。遺伝子プールの切り貼りに伴って現れる遺伝情報の過多過少の傾向のことさ」

「何それ。錬金術の秘奥みたいだね」

「錬金術のような不確実なものをがんじがらめに縛り付けて誰でも使えるように大人しくさせたのが、この世界のいいところさ」

 ああ。僕の日常。スマートフォンの時間を確認すると、五時を十五分も過ぎている。もう十分もすれば、いつもなら帰りついている時間帯だった。ああ。ここが夢の世界だったら、僕が旅する数多い夢の世界ならよかったのに。そうしたら、目を覚ますまで一瞬の間の旅行に過ぎないはずなのに。時間はP・Mのマシンガントークの合間合間に銃撃されて今や遅しと消え去ろうとしている。ああ。僕の日常。僕の普通が。

「あ、そうそう。私、この世界への穴を空けるため大量の魔力を費やしてしまったんだ。だから、勇作。私が帰る時にはさ。きっと、ね。きっとだよ。手助けしてくれなきゃ困っちゃうんだぞ」

 僕は確かに『力』を持っている。それは世界を繋ぎ合わせる力だ。それは世界をバラバラにする力だ。だから、僕は彼女の消え入りそうな言葉を聞いても何とも思わない。なぜなら魔女は純潔を好むし、こういう別れは何度となく繰り返されたものだから。

「次、別れるときはあんな別れ方、無しにしてよ」

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