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異世界ってこんな感じでもいいよねー

「ああ。神々の黄昏は近い。マジックスたちは立ち上がり、四民は、星民は我らのことを責めるだろう。ああ。世は末世だ。天空の司書よ。我々の紡ぎ手よ。歴を変え、紡ぎ糸を繰り戻し、我々神々の時を長らえさせ給うことはできぬことだろうか」

 僕の今日の放課後は神々の世界を旅させられることに決まったみたいだ。世界は旅するごとに組成も変わる。それに伴い経た経験も変わる。自然自然に言葉も勝手に理解してくれると来たものだ。便利なものだ。それにしても。神々の終末。それはいつ見ても面白いものだ。どこの世界に行っても似たり寄ったりだ。神々の似姿が背き、信仰は廃れ、被造物に背かれる。ああ。神は死んだ。神々の命運はいつもそうだ。進退ここに極まれり。

 さて、天空の司書と指名された美しいゴスロリファッションに身を包んだ漆黒の髪をし、エメラルドグリーンの瞳を輝かせる一柱の神は大理石のようなつるつるとした素材でできた神殿の最上段に立って言う。全く、ゴスロリファッションに似合わないようなしっかりとした強い口調で、悲壮な調子で言うんだから、こちらとしては内心にやにやと笑ってしまう。

「我々は長く留まりすぎました。これ以上繰り戻すことになんの意味がありましょう。力を持って黄昏を免れることは容易でしょう。しかし、それに何の意味がありましょう。我々の被造物は我々の残した課題に解を与えました。もはや繰り言はここまででしょう。我々は地上から去るのです。天空からも、そして全ての被造物の霊長からも」

「天空の司書よ。我々は戦うことさえも許されないというのか?」

「戦いの神よ。我々は去るでしょう。戦うというのなら戦いなさい。そして知るのです。我々の被造物の勝利を。去らねばならぬでしょう。少なくとも名前さえ知られていないものたちは」

 戦いの神はその言葉通りに古風なアーマーを軽々と見につけており、その腰元には左右に二本ずつの剣が、背中には綺麗な光り輝く光の矢とその筒が、ぶら下がっている。

「そうか。それは我が戦いの神の名において命じたとしても変わらぬか?」

「ええ。変わることはないでしょう」

「そう、か」

「ええ」

「ではさらばだ。忘れ去られた神々たちよ。天空の司書よ。我らは戦うだろう。そして神々としての栄光を取り戻すだろう。そうだ。そうとも」

「戦いの神よ。あなたは、一つだけ間違えておられるようだ。私も、行くのです。私も天空の司書として最後の暦を紡ぎに参りましょう」

「おお。では。共に来られるか?」

「黄昏を共に」

「黄昏を共に!」

 さて、その言葉と共に神々は相分かれ、残る神々も神殿を降りる。その数僅かに四十四柱なり。全く。僕はその様子にやにやしながら見ていたんだ。終末ほど面白いものはない。絶対的に君臨した神々の最後ほど面白いものは無い。それは一つの革命を見物するようなものだった。神々は消え去ると言うことを、死ということを未だ知らないのだ。だから、ああいう潔いことが言える。自分が死なないと決め込んでいれば何も怖くは無いものだ。

「見よ。天空の司書よ。愚かな見物客が一人、迷い込んでいるぞ」

「…好きにさせておきなさい。我々は敗れなければならないのだから。あの客人もいずれは役に立つでしょう」

 僕のことを指さす戦いの神に向かってのその台詞。この天空の司書とやらは、僕のことまでも利用しようというのだろうか。少し嫌な気分がする。それにだ。加えてこの陣営の言い分とやらはもう尽きてしまったようで、会話も失われてしまったので、僕としては、もう片方の陣営の言い分とやらを聞いてみたく思われて、そのまま立ち去ろうとしたのだけど、それを、何を思ったのかこのゴスロリ女の神様は許しちゃくれない。

「あなたの知りたいことを教えてあげましょうか?」

「ん。僕の?」

 僕が自分自身を指さすと、天空の司書とやらはやけに厳めしくなったり、柔和な顔になったりしながら一節の言葉を吐きだし、二節目の言葉を吐きだす。

「大マジックス、エミール=ソルは言う。『見よ。神々の黄昏は近い。マジックスは立ち上がり、四民、星民は神々を見捨てるだろう。思え。我々が奪われてきた時を。思え。我々が奪われてきた思いを。思え。我々が奪われてきた力を。思え。我々が奪われてきた果実を。いまこそ滅びの時だ。徴税吏たちの滅びる時だ。盗人どもを叩きだし、我々が望んでやまなかった未来を手に入れるのだ。神々の紡ぐものではない未来を』大マジックス、ミラー=ラークは言うだろう。『えへへ。神々と戦えるなんてこれ以上楽しいことってないんじゃないかな。なぜかってそれは、一回しか機会がないからさ。勝つにしろ、負けるにしろ。一回きりなんだよ。君たち。そう。君たち星民の一生と同じ一回切りのことさ。僕らにとっても、これは久々に渡る危うい賭けだよ。ね、エミール、エーズ、シュミズ』」

 そして第三節目、続いて第四節目。

「星民の代表者が一人アティア曰く『大マジックスたちよ。我々は何を手にすることができるというのだ。今更のように神々の力を見せつけられるだけに終わるのか。それとも我々の力を見せ付け、今後はあなた方を新しき神と仰げとでもおっしゃるのか。そうだ。我々は、確かに欲しがってはいる。確かに。それに対する対価が見合っている間なら従うこともできるだろう。だが、だが、そうだ。この度のことは誠に危うい賭けだ』さてそれに対して星民の代表者が一人セネカ曰く『大マジックスたちよ。我々は汝らに秘儀を教わった。その秘儀以上のものが今歴に手に入るだろうか。我々はあまりに貪欲すぎるのだろうか。星民の一生は短い。友情も短く老年はなお短い。そうだ、あなたたち大マジックスや神々に比べるなら我々はあまりに卑小な存在に過ぎる。どうだろう。あなたがたが決して漏らそうとしないその秘儀の中の秘儀を我々は手に入れることができるのでしょうか。そう。そうだ。そう主殺しの、主殺しの代償として』」

 それに加えて最終節。

「大マジックス、ミラー=ラークが答え。『君たちも心配性だなあ。詰まらないこといっちゃって。一生なんてものは大したものじゃないのさ。そうだよ。正にその通りなんだよ。実際。いいかい。僕らが手に入れるのはそれ以上のものさ。そう。それ以上のもの。そうだよ。全てさ』」

 僕はその節が終わるまでどうしていたかだって? それはもちろん一気にまくし立てられて困ってしまっていたのさ。天空の司書は、まるで、本でも読みあげるようにして、対立陣営の様子を描き出すのさ。それで、どうして僕にそれが本当のことだと分かっただろう。神々の終末。ラグナロック。にもかかわらず自身たちの終末にさえ、全く、興味が無いような口ぶりの彼らである。さて、そうするならば、と。このゴスロリファッションの主神様に僕は聞きたいこともある。

「さて麗しの神よ。そこまでわかっておいでにも関わらず、あなたたちは、何故、むざむざこのような状況に陥ったのでしょうか」

 さて、僕は恭しくも礼儀を垂れて、改めて麗しの神を見上げたのだが、その相貌は凛として涼しげ、柔和なること赤子の如くして、射すくめるような爛々とした深緑のエメラルドの瞳が輝いて、何とも言えない。つまるところ、美の極致といったところである。

「客人よ。これは糸繰りの糸の終末に過ぎないのです。私には分かるのです。真の審判の時、全ては明らかになるでしょう」

 四十四柱の神々はその言葉にやや不満げながらも頷いて、それが合図に、持ち場に就く。戦いの神がふわりと浮かび上がり、それから、きっとどこかにあるはずの余りに遠くに張られた敵陣の様子を眺める。そうして降り立った戦いの神はどこか衝撃を受けたように見受けられた。が、やがて、はっと取り直し、天空の司書に向かって告げる。

「天空の司書よ。どうやら、どうやら、あなたの予言通りになりそうだ。敵陣には大マジックスが勢ぞろいだ。旗下のマジックスでさえ三千を超えている。星民どもは大マジックスどもが我々に捧げた武器で武装している。私はてっきり星民たちは通常の剣と弓で武装する程度だとばかり…」

「その数は」

「その数、その数、十万」

「そう」

「駄目だ。我々は四十四柱しか残っていない。どう力を尽くしたとしても、これでは大マジックスたちには太刀打ちできない。その上、旗下の軍まで加われば…」

 戦いの神はすっかり意気消沈し、そのたなびく鎧の裾もどこか寂しげだった。

「全ては分かっていたことです。さあ、どうしたのです。これでは、つとのことなら星民同士の戦いで熱狂と狂乱を巻き起こす戦いの神の鎧裾がどこかしら寂しげにみえてしまう。さあ。もっと、背筋を伸ばして。これが最後の戦いです。見苦しい様を見せてはなりません」

 天空の司書は柔和に微笑みながら戦いの神をからかった。それはどこかしら小気味のよい声であり、どこかしら寂しげでもあった。さて、どうやら僕は負ける側の観戦に回されてしまったようだ。実際のところ、威勢のよかった開戦派が弱気になってしまうような危うい情勢のようだ。全く。強気な発言をとって付ければいいというものではない。敗れ去る側が、勇ましいのは結構だが、死にたくないものまで巻き添えにするのは宜しくないように思う。特に自分が巻き添えを食う立場ならなおさらだ。

「ならば、それならば先手必勝と参りましょう」

「その言や良し。それでこそ戦いの神」

 声が帰るや否や戦いの神は、鎧姿の十二柱の神々を引き連れて、悠々と動き出した。その動きたるや奇妙なもので、神々の方が動いているのか、地面や空気が動いているのやらよくわからないような動きでともかく速い。あっと言う間に視界から消え去ると、それからどこか遠くの方で複数の閃光が二つの地点で爆発する。

「あれは?」

「客人よ。あれは、大マジックスたちの作り上げた武器です。光陰の矢と呼ばれるレーザーであり、あの光そのものを生み出す矢筒は量子単位で練り上げられた未知の原子でもあります」

「レーザーですか?」

 神々の黄昏でもこんな身もふたもない戦いは始めてだ。全くのことだ。レーザー兵器なんてものはあのリアルに近い僕の世界でもアメリカ軍くらいしか開発していない。再び閃光が見えて今度は爆発も起きない。さて、どうだろう。実際のところどうやってレーザーを防いでいるのだろう。

「先制打は効くでしょう。ですが、あれはレーザーではなく質量兵器にすべきでした。そうすれば壊滅を、いえ、ですが、どうでしょう。相手は大マジックスを抱えていますから、結局は無意味なことでしょうが」

 天空の司書は一人呟く。

「最後の戦いというのに僅か十二柱の神々しかつけてやれないことは悔やんでも悔やみきれませんね。きっと戦いの神は決して後ろ向きには倒れないことでしょうね。

それが、彼らの、彼らの誇りなのですから」

「負ける戦いですか」

 僕は、尋ねてみる。少々の嫌味を込めて。

「そうです」

 遠くで光の応酬が続いていた。その距離は徐々に短いものとなっていく。

「さあ、接近戦です。大マジックスたちは引き、星民の精鋭たちが引き受けるでしょう。さあ聞きなさい。想像上の剣戟を。あの戦いの神が振るう四振りのマグネシウム合金の剣が何人を切り裂くことでしょう。ああ。私の愛しい民の何人を切り裂くことでしょう。そして、我が戦いの神々はいつ力尽き果て倒れることでしょうか。私は、ああ、分かっていたことなのに!」

 やがて一柱の神が倒れたまま突然天空の司書の前に現れていた。その神は見るからにもう力が残っていないようだった。

「灰は灰に。土は土に。アトムはアトムに」

 天空の司書がそう祈ると一柱の神は大気に泡となって消えた。そうして次に現れた神も、その次の神も、そうしてその次も。神々の御体は日が傾くまでに一柱ずつ現れては消えていった。そして黄昏時、最後に戦いの神が現れるまでが、これら世界の支配者であった神々の戦いであった。そうだ全ては元あった場所に戻るのだ。残った三十一柱の神々はたった一柱の主神を除き調べを歌っていた。物悲しくなるようなフォーク・ライムを静かに響き渡らせて歌っていた。それは滅びゆく彼ら自身への賛歌であった。それは、神話の時代に響き渡る黄昏の詩であった。そう。神として生を受けた彼らの神生の挽歌であった。夜の足早な駆け音が響き渡る。神々の神殿に最後の火が灯った。その日こそ彼らにとって最後の日であった。敵は夜を恐れなかった。大マジックスたちが掲げる煌々たる魔力の灯が夜を昼となし、夜のとばりの落ちた神殿に、怪物たる夜の領域を、夜の神の領域を、掻き消しながら、神殺しの軍隊は、魔道文明の愚かしいほどに眩い光は進んでゆく。天空の司書は、突然に僕の手を取った。そうして神殿の玉座へと向かい、腰を下ろす。

「客人よ。私は最後まで見届けるつもりです」

「それは、そう、それは、結構なことで御座いますな」

 僕はどこかの本で読んだそんな台詞を吐くしかない。敗軍の将になにを言えばよいと言うのだろう。三十柱の神々は永劫たるフォーク・ライムを歌い、滅びゆく自らを賛美した。敗れ行く軍にあるまじきことにそこには喜びだけがあった。僕は結局のところ好きなところで舞台を降りればいいから気が楽ではあるのだが、その場違いな賛歌に当たっては、苦笑するしかなく、一体、神々とは何を考えるものやらと不思議な気持ちになってしまうのだ。夜を昼に返る軍はのそのそと這い回り、その巨体をあらわにしつつあった。光の軍勢は闇に覆われた神殿から僅か二、三キロの地点まで迫りそこで足を止めた。それは、使者の合図であった。

「客人よ。これからここに来るのは大マジックス、エミール=ソルと、ミラー=ラークです。彼らはこういうでしょう。エミール=ソルはこういうでしょう。『天空の司書よ。なぜあなたが先頭に立って戦わなかったのか』と。ミラー=ラークはこういうでしょう。『司書のお姉さん。今日こそ最後だよ。僕が費やした時間を返してもらいに来たんだ』と。そうすると私は答えるでしょう。『大マジックス。今からでも私一人で全てを覆すこともできますよ』と。彼らははにかむでしょう。私と同じように」

 天空のゴスロリ女神はそう言うと、疑いの視線を向ける僕をたしなめるようにして、視線に対して手を振って見せた。

「客人。あなたは疑いすぎますね。よほど狭苦しい世界からやって来られているのでしょうね」

 そうして待つこと数分間。使者がやって来た。一人は壮年の三十代前半の正しく魔道士然としたローブをスーツの外に羽織った男で渋い表情。もう一人は十代も半ばの少年と言っていいのが、絹に近い繊維のローブにネコ耳頭巾を被ってはにかむような表情だった。神々は左右に引き、三者の会談、僕も含めれば四者だが、が始まった。

「ようこそエニスへ。ようこそ最後の神殿へ。ようこそコードの城へ。大マジックスよ。歓迎します」

「天空の司書よ。なぜあなたが先頭に立って戦わなかったのか」

「ね、ね。司書のお姉さん。今日こそ最後だよ。僕が費やした時間を返してもらいに来たんだ」

 僕は眼前で繰り広げられた幕間劇を皮肉に眺めていた。なるほど確かに天空の司書とやらは予言した。そしてその通りになった。そうなると、それから返すべき言葉は。

「大マジックス。今からでも私一人で全てを覆すこともできますよ」

 という形だった。それから紳士の方はにっこり笑い、少年ははにかみ、天空の司書は慈悲深い視線を二人の使者へと投げかけた。僕はよそ事のようにその景色を眺めて心密かに感心していたが、やがてその僅かな戯れをかき消すように、紳士が真剣な表情を作り天空の司書に言葉を発した。

「名も知られていない神を逃がされましたな」

「仕方がありません。そこまでが、歴史の糸車ですから」

「エミール。司書のお姉さん。僕らの要件は単純明快。簡単だよ。交戦的な神々は消えた。だから、大人しく立ち退いて欲しいんだよ」

 紳士エミール=ソルが渋い表情を作っていた。朗らかに要求する少年ミラー=ラークを見下ろしてから、首を振る。

「ミラー=ラーク。我々には形式が要るのだ。それは今の私たちには許されておらんのだ」

「ちぇ。それならそうと言えばいいのにさ。エミールは意地が悪いなあ」

 少年がそう答えると天空の司書はくすりと忍び笑いを漏らした。それから凛とした表情を作りだすと、威厳ある声で壮年の男に問いかけた。

「大マジックス、エミール=ソル。要件はいかように」

「勧告。神々の時は終わった。退室されよ。その意味はただ死。それあるのみ」

「では、もはや形式だけの勧告ですか」

「そうだ」

 時は動き出した。エミール=ソルが全身に光を帯びた。軍の恐ろしい足音が夜道に響く。それから殺戮の宴の幕が上がった。

「かつて四民を、星民を用いて行われた神々の宴が、神々の最後の根城で神々自身に対して行われるとは何たる皮肉」

「私に勝てるとお思いですか。大マジックス」

 天空の司書は二人の大マジックスに問いかける。それは未だに自分がどのような立ち位置にあるのかちっともわかっていない死刑囚のような、まるでその場にそぐわない余裕ある態度だった。

「お姉さん。バイバイだね。本当はね。お姉さん。そこの客人さんみたいに深刻に事態を捉えるべきなんだよ。そうじゃないと僕らの方がさ、納得できないのさ」

 少年が悪戯っぽく言う。

「天空の司書たる全知全能にもっとも近い私に勝てるとお思いですか」

 天空の司書は好戦的な笑みを浮かべた。こういう顔も持っているのかと思うと、僕はゴスロリ女神のことを感心した。

「怪物は消えたのですよ。それでも必要だと言うのなら我々が作ってやると言ってもよいのですぞ。恐るべき天空の司書よ。怪物とともに神も伴って消えるべきですな」

「灰は灰に。土は土に。アトムはアトムへ」

 言葉と共に、二人のマジックスのローブがひどく焦げ臭いにおいを発して融ける。鋭い光が、その融け始めた場所を繕うように光り輝き魔法と魔法がぶつかりあう。

「確かに全能に近い能力ですな」

「そだね。エミール」

 天空の司書は可笑しそうに笑った。だが、もはや時が無かった。僕は、その無くなりつつある時を過ごしながら、ぼんやりと超人たちの魔力比べに見入っていたが、やがて本当にぼんやりとしてくるのが分かった。あらあら。こっちも時間がない。大変だぞ。そう。時間がない。時間が無いのだ。僕のせっかくの世界旅行も時間の制限がやって来ては仕方がない。潮時の合図だった。軍勢が時の声を作って攻めかかってくるのが視界の端にひっかかる。二人の大マジックスは光の束を紡ぎ合わせて天空の司書に向かってズブリと突き刺した。が、だ。天空の司書ゴスロリファッション殿は全くもって無傷と来たものだ。体を透過させたらしい。極めて高度な魔法だ。僕も色々な世界を旅してはいるが、このゴスロリ殿ほどの魔法使いは、いや、神はめったにお目に掛かれないだろう。

「はーあ。確かに全能に近いや。やんなっちゃうよ。僕らの世代はやっぱり予定調和で我慢するしかないのかなあ」

「ミラー=ラーク。私ならばいつでも覚悟はできているぞ」

 紳士は真摯な表情でそう口にする。

「いやいや。そじゃない。そじゃない。ねえ。お兄さん?」

 少年は首を振ってそれから僕に向かって話を振って来て、って僕?

「…はっ。え、僕?」

「客人?」

「玉梓の樹がそう告げたのさ。造化の種を引き取ってくれってね」

 少年はそう言うなり玉座に座る天空の司書の右手を取ると、かしづいて優しくキスをした。世界が透過する。

「さようなら。夢の世界。グッバイ」

 僕はそう口にしたのだけど、それから先のことはよく覚えていない。世界の境界を跨ぐときはぼんやりとしていて、何もかもが不透明だから。

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