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決着の後に…。

 やがて夜になった。校舎を巡ると残ったまま呆然としていた生徒たちが十数名見つかった。彼ら、彼女らはあるいは怒り、あるいは泣いていた。空想じみた出来事にただ呆然としていた。本当に一睡の間にトーキョーが沈むなんて空想じみた出来事だった。皆で一つの教室に集った。天空の司書様は女子生徒の中心で慰めていたし、P・Mは男子生徒の中心で適当な話をでっち上げて、場の空気を盛り上げていた。僕は祈った。神に祈った。僕は、今日のような出来事をGODが容認するわけがないと思うのだ。だから、僕は疲れを振り払い、神に祈った。姉上がそっと側に寄ってきて言った。

「よ。勇作」

「姉ちゃんか」

 僕は、神を見る。リモートビューイングとか何とか言うチョーノーリョクだ。神はいつも定まった場所にいる。その姿が巨大な甲虫であった時でさえそうだった。僕は姉上のことを見上げながらさらに遠くを見ていた。

「父さんと母さん。こうなることが分かっていて逃げたのかしら。それとも偶然かしら。どちとも言えずってとこかな。全く我が家は皆、運だけはいいわね」

「姉ちゃん。僕は、もう日常には戻れないかな」

 僕は降り始めの雨のようにそう呟いてしまっていた。

「さあ。日常も何も、まず関東全域がやられているから、他の地域から自衛隊が救助に来るのを待つしかないかな。いや。うーん。そやね。関東全域がやられちゃったのよね。横須賀の米軍基地もやられちゃったし、日本もアメリカもどうするんだろ。あんたのお友達が成層圏で派手な爆発をやらかしたでしょ。あれで、日本の全域で電力の伝達が落ちてしまっただろうし、衛星も使えないと来ているわ。どうかしら。これ、全部他所の国のせいにしちゃうのかな。中国かロシア辺りが日本に向かって水爆を落としたってことにでもなるのかしら。そうかもしれないわね。うーん。でもそれじゃあ私たちはどうなるの。生き残れるわけがない場所で生き残っている。どうかな。口封じされかねないわね。だってそうでしょ。超能力者に魔法使いに悪魔の仕業にするよりもそっちの方が現実的だし」

 僕の言葉は降り始めの雨だった。姉上はこの比較的リアルな世界の黄昏を比較的たやすく受け止めているようだった。いつもだったら、僕は姉上が行う比較的正しい台詞にいちゃもんをつけるのだけど、今日ばっかりは黙っているしかなかった。僕の気分は晴れない。今崎新は三千万人を審判の炎にかけ、自身も死んだ。僕が殺した。神の信仰者を僕は殺した。それはそら恐ろしい事だった。僕は、GODの勢力を敵に回す気はない。だって勝てないから。僕は祈った。心の中で祈っていた。

「勇作。あの神父のことを気にしているのね」

「参ったなあ。姉ちゃんには隠せないね」

 姉上の言葉はほとんどの場面で正しい。何故なら姉上はこの世界の予知にかけては右に出るものがいないだろうから。

「私に任せておけば良かったのよ。勇作。あんたは、嘘みたいな話にだけ首を突っ込んどけば良かったの」

「参ったなあ。姉ちゃんには敵わないね」

 その姉上が、ぽろぽろと涙を落としているのを見るのは驚きだった。僕の言葉は降り始めの雨だった。姉上の言葉はもう土砂降りの雨だった。姉上は意識せずに涙を流しているようだった。僕が、まじまじと見つめると姉上は笑いながら涙を流す。

「勇作。チョーノーリョクってあんまり良いものじゃないね」

「参ったなあ。姉ちゃんには似合わないね」

 姉上は空笑する。こういう時、ハンカチでも持ってればよかったのにと心底思う。そうすれば姉上を真夏の夜にそれ以上泣かせないこともできたはずだった。この黄昏の廃都市にそれ以上涙を落とさせることをやめさせることが出来たはずだった。

「私ね。チョーノーリョクを使って成功するのが夢だったんだ。誰にも負けない私だけの選ばれた力だって思ってた。そしてそれでのし上がってやるのが夢だった。でも、夢をかなえる場所がさ、無くなっちゃってさ。それでさ…」

「姉ちゃん。一晩寝れば気持ちも変わるよ」

 僕はそう絞り出すだけでいっぱいだった。姉上は女の子だ。だから悲しければ泣くだろう。男はそうはいかないようだ。本当のところは僕の方が泣きたいくらいだったのに、僕は無理して笑っていた。そうするしか方法が思い浮かばなかったから。しばらくの間、割れた窓から差し込む星の光が瞬く間、僕らの間に沈黙があった。

 やがてぐるぐると音がした。

「勇作。お腹減ったよ」

 お腹の音だった。泣くのをやめ、姉上が恥ずかしそうにそう言うのを聞いた時、僕は、夕ご飯を食べていないことに気が付いた。そして、これから何食抜かねばならないのかを考えると僕は本当に気が滅入った。だけど、姉上のお腹の音は話を切り上げる良い機会でもあった。

「姉ちゃん。体力を温存するために寝るといいよ。僕もすぐに寝るからさ」

 僕は夢と共に世界を旅する。世界を繋ぎ、バラバラに分解する力を持っている。天空の司書様が寝ずの番を買って出た。P・Mのやつ、今度は女の子に取り囲まれながら、から騒ぎをしていたが、それも、やがて糸が切れたように静かになった。僕は夢の世界を旅する。百万世界を旅する旅人だった。今、僕が行きたい場所は、即ち死地だった。だが、それでも旅しなければならないだろう。この比較的リアルな世界は何に対しても回答を用意してくれる。だから、この堕落したようにも見える、極東の国の首都が崩壊したのも、あるいは姉上が口にしたように、使われてはなら無かった質量兵器が使われたというところで落着するのかもしれない。あるいは、隕石の衝突だとかそんなところに落ち着くのかもしれない。なぜなら、この現代的精神にあふれた黄金時代に生きる人類は論理的思考を愛し、古い迷信を厭うものだから。僕は夢を見る。夢の世界を旅する。だから、聞し召せ世界の法よ、世界の意思よ、唯一絶対の物よ、主よ、汝、我らに救いを与えたまえ。僕の意識はそんなことを考えているうちに途絶えてしまった。

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