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というか、先生うっさい!

 僕こと勇作は昼休みの終わりを知らせる鐘の音とともに、夢の世界のことを忘れ去った。ああ。そうだ。これが、今の僕の現実だ。そう思うと勇作は一人でににやけてしまうこと止められなかった。この世界にはもう、魔法がない。錬金術の代わりに化学と物理がある。そうだな、僕が確かに僕であるならば、なあ、どうだろうか。超能力者位ならいてもいいのかもしれない。授業前の5分間くすくすと忍び笑いがもれる周囲の雑音を聞き流しながら勇作はそんなことを考えていた。この今の現実というやつは、なかなか不平等に、そしてかつ平等にできている。全くもってその通りだった。勇作は授業の開始と共に集中する。何のことは無い。残りの半日もただそれだけで一仕事したつもりになれてしまう。今の僕の現実はそうでなくっちゃいけない。なぜなら、学ぶことが学生の本分だからだ。ところで、超能力者がいるとして、どこまでが超能力者と言えるだろうか。僕は倫理の授業を受けながらそんなことを考えていた。脳を走り回るニューロンを作り出せる脳細胞たちたちだけが光という名の超能力を行使できるのだろうか。ひょっとするならば、この超能力だけが、動物に宿りし、霊長類に宿りし、最大の超能力ではないだろうか。僕は山田先生が一文字も間違わずに黒板に板書するのを見ながら、そんなことを考えていたんだ。

「電光影裏春風を斬る。さて、この世の中にはそのように悟りきった人もいます。ですが、大半の人はそうではないでしょう。実際、その言葉は状況により異なる意味を得てしまうでしょう。人間は弱いものです。実際に痛みを感じてしまう以上、そのような悟りの境地にたどり着くことができる人間は稀でしょう。とくに君たちのように若い学生ならば、特にそうです」

 痛み! そうだ、神経を通じ、パルス信号が脳に駆け上がるともういけない。こんな頑丈で、頑健で、それでいて、ひ弱で、頑迷な人の体! 全く情けなくなってくる。僕は知らず知らずの内に苦い顔をしていた。

「八家君。全く。君は今そんな顔をする必要がありますか」

 山田先生の言葉に僕の神経は逆さ立つ。人が真剣に考えているのにそれはない。全く、君は今そんな顔をする必要がありますか、だって?

 僕は苦々しい思いを打ち消そうとする。クラスの失笑にも苦々しい思いを打ち消そうとする。だが、駄目だった。全く、もって度し難かった。周囲がぐらぐらと揺れる。僕は、僕は、その、そうだ。我慢できないのだ。そう言ったことが。だからもう仕方なかった。この先生は要らない。そう。結局のところ決めつけるしかない。僕は、先生に的を絞ることで精一杯だった。何せ、せっかく魔法も錬金術も戦いもないところへと帰ってくることができたのだ。平穏な日常を取り返したのだ。犠牲は一人きりで十分だった

「八家君。聞いていますか」

「ええ。先生。全くと言っていいほど聞いていました。先生にとっては僕が聞いていなかった方が良かったでしょうけどね」

 先生が悲鳴を上げたのは僕の返事が返る前のことだ。周囲の風景が変わり、地獄のような環境に先生と僕だけが取り残されていた。全く、クラスの連中を巻き込まなかっただけましだ。巻き込んでいたなら平穏な日常が消えて、また一ダースもの新しい名前を覚えなおさなきゃならなくなるところだった。そう。僕には力があった。ある世界では魔法であり、ある世界では超能力、ある世界では単に力、そしてある世界では数であり、ある世界ではコードだった。全く今の僕の現実は散々だ。せっかく名残惜しくも魔法や錬金術の世界と手を切ったと言うのに、少しきりムカつくことがあったと言うだけでまたも、魔法や錬金術の世界へと逆戻りだ。

「これは、夢。夢だ。全くもって夢だ。昨日の酒が残っているのか?」

 ブルンブルンと首を振る倫理の先生を前にする僕はかつてこの世界を旅したときのように魔力に満ち溢れていた。荒寥とした地獄のような、そうまるで、火星の台地のような瑞々しさの消え去った世界で僕は、縁を切ったはずの魔法やら、錬金術やらの力を握ってそこにいた。何? 瑞々しさが全くないなら酸素も無いだろうだって? そういうことは言いっこなしだ。息ができて苦しくないものは苦しくないのだ。先生の体も恐らくそうだろう。転移するときにそういう操作が行われることは良くあることだ。

「全く、夢なら直ぐにでも覚めて欲しいものだね。なあ、君。君、ところで君は何者だね。どこかで見たことがあるような気がするのだが」

「先生。先生はこの見知らぬ、荒寥とした、寂寞とした、何もないこの台地で暮らし、そして死ぬのですよ」

「何を言っているのかね、君は」

「可愛そうだから。実用書と初歩の魔法学書をいくらか置いていってあげますよ。それに、当分の食糧と鍬に稲のようなものと麦のようなもの種を少々ね」

 僕は、一度見た魔法ならほとんどの確率で真似ることができる。

 だから、僕は、中空にもろ手を広げて深呼吸するようにして絶対に地球では有り得ないような組成の空気を吸い込むとそれから、十字を三回切った。そうするとどうだ。先生の足元に分厚い本が666冊と、密閉されたプラスチック製の袋に入った何かの種が二袋、そしてどっさりのパンが現れた。

「私もおかしな夢を見るものだ」

「先生、いずれ気が付きますよ。いずれね」

 僕はそう言って微笑んだ。この世界は致命的に時間が狂っている。ここの神々は堕落し過ぎていた。だから、因果に関して結果だけが短縮された形で現れる世界を作った。だから、『力』を持たない山田先生は、この世界から出る手段を持つことが不可能だった。もし、可能だとすれば、先生が脳内のニューロン交換を超えた次元で望まなければならない。先生が、本心から望まなければ、先生はこの世界に閉じ込められて死ぬだろう。

「さようなら。夢の世界。グッバイ」

 そうしてやはり世界は消えてしまう。何かを呟き続ける倫理の山田先生を残して。

 と、終業の鐘が鳴った。

 騒がしさが戻ってくる。

 僕は憂鬱な気分だった。まただ、また。また、変わってしまった人の名前を、覚えなおさなければいけないのだ。一体、今度の倫理の先生は女性だった。山田先生とは大違いの優しそうな女性教諭だった。山田先生。いや、もう先生ではないのだから山田さんで結構だ。全く、僕も、山田さんにむごいことをしたものだ。あんな寂寞とした死の台地に放り捨ててしまうなんて。全く、力というものは行使するに値する人間の手になければきっとこのようなものなのだ。そうだ。僕は確かに力を持っていた。世界を繋ぎ合わせ、そしてバラバラにしてしまう力だ。学校に通い、空しく帰る。それが、僕に、力のことを忘れさせてくれる唯一のものだ。なぜかって。それは、この今の僕がいる世界が一番まともそうに見えるからだ。錬金術は無く、化学と物理あり。魔法はたぶん存在しない。不思議なことは周囲で起こらないし、起きないのだ。ただし、ただし、ああ、それは僕自身を除いてのことなのだ。

 全く憂鬱だった。

 僕には力があった。世界を繋げる力。そしてバラバラに切り離す力だ。

 ああ。本当に可愛そうな山田さん。夢だと思い込んでいた世界に一人きりで取り残された可愛そうな山田さん。この現実では異なる遺伝配列を持った他の精子に敗れてしまうことが確定し、二度と生まれいずることのない山田さん。この比較的リアルに近い世界を失うことになった山田さん。

 全く、僕の力は遡及性がありすぎるのだ。

 僕の力が特殊過ぎるだって? 強すぎるだって? 

 そんなことはない。何故なら、よそ様の世界に行けば魔法などというものもある。また、錬金術に至っては、神々の世界すら解析してしまうものなのだから。そう。神々が存在するような世界ではその世界の全ての生成と消滅を調整することすらできるのだ。

 何。普通の人間と比べてみたまえ? それはずるい? ノンセンス?

 そんなことはない。何故なら、僕自身の境遇を見たまえ。顔は並、学力は並、財力は並以下、特にこれと言って誇れる家名もないし、特にこれと言って誇れる夢もない。

 そんなに不満があるのならこの世界からさっさとおさらばすればいい、だって?

 何を言っているのやら。この程度の境遇だからこそリアルに近くていいんじゃないか。『力』頼みにならない程度には恵まれていて、全く使う必要も無い程度には恵まれていないのさ。全く、今の僕の世界は良くできているものさ。

 そうそう。僕の『力』の話だった。そう。僕だってこの『力』を使って色々なことをやったものさ。魔法使いや魔女たち、錬金術師たちの世界を旅してみたり、戦乱や色恋沙汰に干渉をやってみたりしてな。そう山田さんを置いてきた世界では神々の終末も見せてもらったよ。でもね、結局のところ日常が一番いいのさ。あくせくしなくてもなるようになってくれるのだから、こちらも心配する必要がないような世界がいいってこと。だけどさ、こういう力を持っているとやっぱりどこか狙われてしまうものさ。五次元人から始まってn次元人たちの勢力。魔法使いたちの勢力。錬金術師たちの勢力。そしてこの現実にも存在するであろう超能力者たちの勢力。そして最も恐るべき神々の勢力。そして見るもの全てがひれ伏してしまう本物中の本物であるGODの勢力。僕は自分が何者であるかも知らないし、知りたいとも思わない。だから、この比較的リアルに近い、今の僕の世界でのんきに暮らすのが性にあっているってわけさ。

 放課後の時間。君は何にあてている? 部活? 勉強? ゲーム? 読書?

 僕は夢の世界を旅するのにあてているよ。全くのことさ。昨日までは魔法の世界エナレスを巡っていたし、その前は太平洋戦争の開戦前の辺りを旅して、憲兵隊に獄に繋がれたりもした。また、その前は、宇宙歴を旅し、その前の前はといえば白村江の戦いを観戦し、血反吐を吐き川に溺れる何千もの人の姿を鑑賞した。それは実に圧巻な敗北だった。これ以上ないと言うくらいの敗北だ。全く胸が痛くなる。さて、人はなぜ勝てないと分かっていて戦うのだろうか。無駄どころか有害でさえあるのに。僕は正直なところ戦勝の場面の方はといえばこれっぽっちも見ていないのだからそういうしかないのである。何故、戦勝の方は見ないのかって? それは簡単。楽しみは後に取っておく方だからさ。それに、さ。敗北が無残なことを分かっていないと戦勝を見てもしょうがないと思うからさ。

 僕は今日も世界を旅するのに放課後をあてるだろう。僕のことを呼び出そうとする馬鹿な連中はごまんといるし、僕はといえば、見知らぬものを見るのがとても好きなのさ。

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