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世界の終わりと平和会議

 学校が見えてくる。校舎に入るとP・Mが手を振ってちょっとした悪戯っぽい表情で敬礼する、九条さんが整った顔に悪戯っぽい表情を浮かべて敬礼する。

「それじゃあ勇作閣下。後ほど」

 僕らは苦笑しながら、それから魔女と別れない。苦笑いを打ち消した僕は意外と真剣だった。そうだ僕の比較的リアルに近い世界の日常がかかっているのだ。例え僕ら自身の異なる世界線はその運命から逃れえないとしても。

「P・M。君は世界の扉を閉め忘れているんじゃないだろうね」

「勇作。私、行かなくちゃ。遅刻してしまう」

 P・Mは、九条さんは、視線を泳がせながらそう言った。天空の司書は僕の言葉に雷にでも撃たれたかのように苦笑いを止した。そして、それから酷く気落ちしたようにこう言った。

「客人よ。ああ。この世界はマジックスのものになるでしょう」

「日常の危機だよ。本当にさ」

 二人の四つの視線が一人の可愛らしい高校生の上に注がれる。その眼は冷たくもあり、突き放したものではあったが、同時に熱と焦りをも帯びてもいた。

「契約だから仕方なかったの。だって私、どうしても…」

 九条止施代はそう口にするとむくれたように唸ると、それから、叱られた犬のような表情をした。そして、じわりと瞳が濡れ始めて、やがてぽとぽとと滴が垂れた。それは僕が見てはいけないものだったのかもしれない。

「仕方ないさ。九条さん。美奈。今日はエスケープだな」

「エスケープ?」

「逃げるの?」

 今泣いた子がもう笑ったよ。九条さんはとびっきりの笑顔でウットリしたように、無双の世界に飛び込んでゆく。全く、どういう捉え方をしているんだか。美奈は怪訝な表情をして、僕の言葉を待っていた。

「違うよ。学校をふけちゃうってことだよ」

「ふける?」

「ふけるって年くっちゃうってこと?」

 美奈は相変わらず怪訝な表情。九条さんは僕の言葉に怯えていた。ああ。そういえばそうだ。魔女に年齢の話はタブーでした。

「だから、学校に行かずに対策を立てようって意味さ」

「ああ。それなら賛成です」

「あ、えと、私も賛成」

 僕らは学校を目の前にして踵を返す。それから僕らは適当にぶらついて付近のファミレスに入ると、ドリンク片手に頭の痛くなるような非日常の会話を不毛にも続け始めることになったのだった。二人共しばらくは大人しく僕の話を聞いてくれた。だけど、その後に続く話はもう滅茶苦茶だ。

「そ、それは危険よね。勇作、ね、ね。だったら、私と一緒に魔法世界エナレスに一緒に帰ろうよ」

 どこか頬を上気させて、詰まりながらそう口にするP・Mこと九条さん。

「客人。客人の論理では、私たちは学校に居なければならない。そうしないと、客人が見たような未来にはならないのだから。だから、こんなところに居てはいけない。それに私がせっかく詰め込んだ学校の友人たちに関する知識が無駄になる」

 不満げに愚痴りながらオレンジジュースをちゅーちゅー吸い込む天空の司書こと八家美奈。

「…二人とももう少し真剣に考えてくれよ」

 僕の方もストレスが溜まっていないかと言われれば、それは嘘になる。

「真剣だもん」

「私も真剣です」

「あのさ。天空の司書殿。あなた全知全能に近いんだろ。だったら、何であんなに簡単にやられてしまった上に、これから起こることを防いでもくれないのさ」

 天空の司書こと八家美奈はガタンと音を立てて席を立つと、それから開口一番こう言った。

「飲料の再配布を要求します」

「あ、私も私も」

 二人して空になった飲料を手に、要求してくると来たものだ。僕は、仕方が無く嫌な顔を向ける店員の目の前で二杯目のジュースをセルフで注ぎ始めた。それから二人が満足するまで待った。それは非常に神経を苛立せるものであった。二人の嬉しそうな表情を見ているとむかむかしてくる僕の方がおかしいのだろうか。僕の平凡な日常の運命よりも、二杯目のジュースの方が大事な二人を見ていると、対策会議本部を立ち上げた自分が何だか情けなくなってくるのだった。

「ところで。客人。私がいつやられたと言うのですか。いつどこで」

「放課後に、廃墟と化した半球上の穴に浮かびながら、よく分からない光に貫かれて墜落していたよ」

「相手は?」

「それが、分かれば苦労はしないよ」

 僕は首を振る。と。九条さんから合いの手が入る。

「だから。相手が悪いのよ。きっと相手はこの世界で最も名のある魔法使いを含んでる。私の世界の原初にして最後の魔法使いG・Gさえもが含まれているのかもしれない。だって、世界解釈の魔法を使えるのは彼くらいだもの。私だったらさあ。攻撃してきた魔法使いが、付近にいるわけだし、私の持てる限界を最初に持って行くな。まず、大気層に溜まる電離層を吹き飛ばして、降り注ぐ電流の欠片の対称性を破って反転させるわ。そうして全ての物理的制約を取っ払いつつ、機械的手段を封じて戦うの」

「ああ。P・M。確かに君はそうしていたよ」

「勇作。本当のこと、なのね」

「ああ」

「私が、敗れるのですか…」

 二人とも半信半疑だった。まだ胃の腑に落ちないのだろう。つまり、飲み下していないと言う意味だ。そういったことは僕にとってはいつものことだ。誰も信じないことをやって、そうして全てをぶち壊しにしてしまうのだ。それだけが、僕の『力』であり、忌むべき繰り返しだった。

「この世界にいる魔法使いの情報を頂けますか」

「天空の司書様。仮にね。念動力の限界域を超えたように見えるものが魔法だとするならね、この比較的リアルな世界にいる魔法使いなんて僕らくらいだよ。あと姉ちゃんさ。だけど、あの人は魔法なんて金輪際認めないからね。結局、その理屈でいくと魔法使いはいないわけだ。チョーノーリョクシャならいるのがほぼ間違いないけどね」

「ではそのチョーノーリョクシャでも構いません」

 僕はむっすりとしながらファミレスのテーブルに突っ伏した。魔法使いに、錬金術師、そう言った過ぎ去った過去のものを消し去っても、まだ、不思議なものが残っている。それはチョーノーリョクシャだ。

「念動力は分かる?」

「物質を動かす力ですね」

「そ。要はその力があるだけ」

「それは…」

 美奈がそのエメラルドグリーンの瞳を瞬かせながら、息を飲む。そうしてその視線が非難の色を帯びる。

「その程度が大きいのがチョーノーリョクシャさ」

「冒涜的ですね」

「冒涜的かな」

 天空の司書様は、仮にも異世界の主神におわされる。その奇跡的な力が、全知全能に近い力が、その全てが超能力で済むと言われれば頭に来るのも当然だろう。

「では、その程度とはどの程度が最大なのでしょう?」

「さあ。人間にはあまり強力な力は必要ないからね。普通はニューロン交換程度の力にしか興味ないだろうし、世の中を見る限り、どうも金属歪曲までが限界みたいだけど」

「では、元素変換にもたどりつくものがいないと?」

 美奈は納得いかないとでも言うように、ため息を吐くと、それからオレンジジュースに溶け残る氷をかき混ぜた。

 沈黙を埋めるように、九条さんが欠伸をかみ殺しながら、平然と最も悲しい結論を述べてくれる。

「物質兵器でも打ち込まれたんじゃない? それか、極秘に研究していた物質兵器が暴発しただとかさ」

「それなら、そう、それなら、跡が残るはずさ。それにさ、地面にあんな深い穴ができるはずが無いんだよ」

 僕は比較的リアルに近いこの世界の善意を信じていた。だから、結局反論するしかないのだ。相手は恐ろしい魔法使いであって、狂気の錬金術師であっても、世界を恨むチョーノーリョクシャであっても一向に構わない。けれど、相手が正当な手段によって引き起こされる物理現象であるのなら、話は別だった。それは、恐ろしいほどの裏切りだった。この比較的リアルな世界の日常への裏切りだった。

「情報量が少なすぎますね。正攻法では無理です。面倒ですけど、私が予知してしまいましょう」

 ああ。言うに事欠いて今度は予知能力と来たものだ。光量子の多次元性を利用するつもりなのだろうか。僕だってそういう疑似物理が氾濫する魔法の世界は楽しくはある。だけど、それは、日常が保持されていてのことだ。一度崩した物質を元に戻すのは、全く、容易なことではない。不可能に近いだろう。かの一番弱い物質兵器。核分裂は一度始まったら終わるまで直ぐだ。日常だって崩れ始めれば、一瞬で化け物が闊歩する非日常へと早変わりする。魔法には限界は無いのだろう。それはとても危険なことだ。そうして笑えるくらいにいい加減なことだ。予知は可能だろう。全ての物質の状態を時間によりかかった状態で知ることができるとするならば、それは、可能だろう。だが、そんなことをすれば、脳がオーバーフローする。その限界をまずもって魔法で取り去らなければならない。そうして魔法なるものの強大さが持つ響きは独り歩きし、チョーノーリョクの枠内からはみ出していくのだろう。ファミレスのテーブルに突っ伏した僕は、天空の司書様のおまじないのような言葉とその両手が胸元で結ばれた、祈りとも取れる両腕が動く様子を眺めていた。

「…わかりました。魔法使いが五名、錬金術師が六名、魔の領域のものが七名。計十八名ですね。そうそう、九条さん。G・Gなる名の人物もいらっしゃいますよ」

「はいはい。チョーノーリョクシャが十八名、と。中には大魔法使いも含むと」

 僕は人数だけを頭に残して、突っ伏したまま、つまらない事を考えていた。世界を旅する時、僕は本当の意味で眠ることができる。本当の無を体験する。死ぬほど長く、死ぬほど短い一睡の中でだけ僕は本当に眠ることができる。主は与え、主は奪う。主の御名はほめたたえられよ。僕は一睡の夢の中で眠り、時に夢の中で死ぬ。一睡の夢から起きた時には、日常と、手に持てるほどの記念品しか残らない。その程度のものが僕の本来の『力』だ。僕は他人に与えるべき思想も持たないし、他人から与えられる思想を持って帰るほど義理難くは無い。僕はただのチョーノーリョクシャで、ただの魔法使いで、ただの錬金術師で、そしてただの人間だ。それだけが、僕が気づけたことだ。移りゆく夢幻の中で気づけたたった一つの真理である。

「そうですね。ですが、残念ながらみなさん弱いチョーノーリョクシャではありません」

「それはわかってる」

 G・Gの名前が出た時点でそれは分かり切っていた。大魔法使いにして魔法世界エナレスの最大領土保持者だ。僕としては正直なところ予知が外れることを願うしかない。

「ん。G・Gかあ。久しぶりだなあ。私たち、着けることができなかった決着を、今度こそやらないといけないみたい。ね、勇作。私、本気モード入っちゃうかも」

 P・Mが、魔女が嬉しそうに袖の短いセーラー服を腕まくりする。乙女の二の腕が、柔肌が露出する。きっと柔らかいことだろうよ。僕はP・Mが何年生きているか知らなったらそれ以上のことを思ったことだろう。

「ああ。今日の放課後見た君は確かに本気モードだったよ」

「そう、かあ。ねえ、勇作。今度こそ私、死んじゃうかも。だからね、だから…」

「そうはならないさ」

 そう口にしながら、僕は痛みさえなければと、そう思っていた。痛くさえなければ、神経が痛みを通すのを妨げてくれるならば、死ぬのはまるで構わないような気がしていた。なぜなら、これも一睡の夢に過ぎないのだから。

「魔法使いはどうにかなるでしょう。ですが、魔の領域のものはどうでしょうか」

「魔の領域って何なのだろうね。P・M」

「んー。分かんない。まさか、ラグナロックで滅んでしまった魔獣や悪魔じゃあるまいし」

 僕と九条さんは顔を見合わせる。お互い違うことを考えながら。僕は、造ったやつらに責任を負わせたい本物の地獄という名の存在を思い出しながら、お手上げだと首を振り、P・Mは魔法世界エナレスの基準で持って言葉を計り、やれやれと首を振った。

「そのまさかです」

 最悪だ。地獄巡りだけは堪忍だ。確かに僕ら異教徒は元々が地獄落ちだということが決まっている。僕は永遠の無という名の地獄落ちならまだ、我慢ができると思う。けど、全く、人間の想像力は際限がない。憎しみには際限が無い。嫉妬には際限が無い。地獄行だ。Go to hellだ。僕は予行演習に一度だけ、地獄とやらを見に行ったことがあるが、昔の人間は良くこれだけ残虐な奇跡を想像できるものだと感心させられたものだ。全く、そのころの僕はといえば、まだ、魔法も錬金術も見たことが無かったような新米の旅人で、そして何より幼かった。母さんが読み聞かせてくれた絵本の地獄に恐怖するような幼稚園児で、そのとき見た本物らしい地獄に、物理法則にも日常にも反した地獄という名の奇跡に心から恐怖したものだった。

「…とにかく、さ。日常を壊しちゃ駄目さ。壊せば気楽にファミレスにも入れやしない。相手を誘い出すしかないね」

 日常は地獄である。されど非日常はもっと地獄である。悪魔来りて、僕らの日常をぶち壊し、僕らの日常を誘惑する。

「客人。誘い出す場所のどこか心当たりが?」

 天空の司書様はセーラーの首紐をもう一度結び直しながら、どこかどうでもよさそうな態度でそう言われる。その疑問ももっともだ。

「ん。そうだな。山田さんの世界なんてどうかな」

「勇作、何それ?」

 僕は永久に荒廃してしまったラグナロック後の世界を、山田先生を、山田さんを置き去りにした世界のことを思い浮かべていた。そういえばあの人どうしてるだろう。何て事をぼんやりと考えていたんだ。

 さて、魔法使いたちの出現ポイントは、おおよその想像ができた。P・Mが空けた世界の穴か、僕が旅の出発点に使っている僕の家か学校だ。まあ、その中で最も強力なやつらが現れる場所となると、真っ先に先制された場所がどこだったかを考えれば自ずと分かるというものである。学校である。G・Gは恐らくその連中の中に含まれているだろうし、魔の領域のやつら、つまり悪魔もその中にいるだろう。この魔法使いたちは本当に慎重だ。まずは跡形も無く空間を破砕した後、悠々と安全な空間に降り立つのだ。つまりこのままで行くと僕らは彼らのルールに則って、もう一度大量虐殺を見なければならないわけだ。それは、フェアな事じゃない。少なくとも僕にとってはだけど。どうしてだって? なぜだろうね。だって、二度も街を見殺しにするのは忍びないじゃないか。日常を二度も壊させるのはしゃくに障るじゃないか。僕らは、やつらの世界に乗り込む必要があるだろうか? 同じように大量虐殺の為の質量崩壊の、エネルギーの極大化の、魔法を唱えた後に。それもフェアじゃない。少なくとも僕にとってはだけど。どうせなら相手に対して正々堂々の宣戦布告をしてやらなきゃいけない。決戦の場所を指定してやるのだ。僕は世界と世界を飛び回ることができる。そうしてその全ての場所で知識という名の『力』を貯め込んできた。だから、その状態を一つの次元に対して無限大にまで大きく引き伸ばすこともできるし、逆にその状態を全ての次元をまたがらせ無限小にまで縮小してみせることだってできる。だけど、僕は知らなかったんだ。一人では無くなるということがどういうことであるのかを。僕は、一人だ。僕自身は一つの体しかもたないように思えるただの人間だ。一睡の夢は何を語りかけてくるのだろう。僕にはわからない。だから僕は、いつものように旅をすることに決めていた。G・Gの下へ。魔法世界エナレスの大魔法使いG・Gの下へと。ファミレスで注文していた氷入りの炭酸飲料が入ったグラスが、カタリと音を立てた。融けてしまってゆく氷はエントロピーに敵わない。僕は、イメージを調整するため、ぼんやりと宙を、どこにもない視線の先を見つめていた。

「さようなら。夢の世界。グッ」

「駄目っ!。 勇作!」

 九条さんが突然僕に掴みかかってくる。僕は最後まで言えなかった言葉を継ぐように美奈が口にする言葉を聞いた。

「後程な客人」

 さて全知全能に近い天空の司書様はどこまで分かった上でその言葉を発したものなのかどうか。僕が考えるに全てのことを知ることに意味は無い、全能感を失うだけだから。だけど、全てを知った上で、それでも、努力してみるのだとするのならば、それも悪くはないことだ。そうして、僕はいつものように旅に出た。ファミレスの支払をやっていないことを思い出したのは、僕らの仇的G・Gを目の前にしてからのことだった。

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