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 8月3日、その日はいつもと変わらずの夏日だった。

 気温は午前中にすでに30度を超え、35度に達する勢いだった。

 町は暑さで閑散とし、歩いている人もまばらだった。

 それでも人は物を買い、物を移動させるのだ。

 物流である。

 経済活動において重要でありながら、人々からはあまり高い評価を得ない業種である。

 その物流に置いて、さらに扱いがよくない個人宅への配送がある。

 そう、宅配便だ。

 春に桜が舞おうと、梅雨に雨が打ち付けようと、夏に暑さで気温が更新しようと、秋に大型台風が来ようと、冬に大雪が降ろうと頼まれた荷物をお届けする仕事。


 それが月下紋次郎の仕事だ。


 紋次郎は長年、ある組織に関わっていた。

 細身のスーツを着て、髪の毛は短く刈り上げ、眉間に皺を寄せ。

 見た人を怖がらせる風貌でなければ成り立たない裏稼業。

 ある時は、仲間と共に敵対組織に襲いかかり。

 またある時は、一人敵対組織に追われ、山中に逃げ込んだこともあった。

 そんな人とは違う人生を歩んできた紋次郎。

 そんな紋次郎にも転機が訪れた。

 組織のトップが国家権力によって連行されたのだ。

 身柄はすぐに裁判に掛けられ、遠くの施設へと送られていった、20年は帰ってこれないということだった。

 トップを失った組織は瞬く間に崩壊し、紋次郎は組織の外へと放り出された。


 放り出された紋次郎、その時32歳であった。


 手持ちの金はゴクわずか、女のところに転がり込むことも出来たがしなかった。

 男の意地でも金は自分で稼ぐと決めていたからだ。

 紋次郎は自分に出来ることを考えた。

 長い間、一般社会とかけ離れた生活を送ってきたせいで、一般社会で出来ることなんてなかった。

 紋次郎は肩を落としトボトボと歩いていると、タバコの自販機の前にいた。

 スーツのウチポケットから長財布を取り出し、財布を開いて小銭を出そうとした時、目に付いたのだ。


 運転免許証。


 紋次郎はこれだと考え、コンビニに駆け込み、ラックにおいてある無料求人誌を手に取った。

 周囲の客や店員の目など気にせずに求人誌をパラパラと捲り始めた。

 あるページでページを捲る手が止まった。


 大手宅配会社の配達員募集だった。


 なんと都合のいいことに即勤務化、独身寮個室完備光熱費無料と書いてあった。

 給料もそんなに悪くない、独り身の紋次郎にしたら十分なくらいだった。

 なにより大手だ、給料の遅延はない。

 紋次郎は求人誌を持って店を出て、大手宅配会社に携帯で電話した。

 面接はその日のうちに行われることに決まった。


 求人誌についていた履歴書に誤魔化せるだけ誤魔化し履歴書を書き上げ。

 不気味なほど愛想笑いを浮かべた証明写真を貼り付け、指定された大手宅配会社の営業所に行った。

 そこでは形ばかりの面接が行われ、即採用になった。

 その時、紋次郎に熱い視線を送る女がいた、後で知ることになる散魅だった。


 紋次郎は所長に営業所のすぐそばにある寮に案内された。

 壁が薄いと言われて、壁ドンが生まれたというあのレオさんのアパートだった。

 一応、生活に必要な物が揃っているので寮向きの物件であった。


 そして翌日から月下紋次郎の仕事が始まったのだった。

 初めての表の仕事が。

 まさか天職となるとは思っていなかった……。


 ――月下紋次郎。

 性別、男。

 年齢、37歳


 職業、宅配便配達員――。




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