館と森
紅が瞼のうちまでも照らす彼者誰時でした。
町の中をシアンを探して回ります。 がしかし……体調もちゃんと巻き戻したわけではなく、その場にへたりこんでしまいます。
――――過ぎ行く時の流れに身を任せて、町の行く行く人々を呆然と眺めます。 ……今度は空を仰ぎ見ました。
あの太陽は果たして昇るのか、はたまた沈むのか……。 イリスには分かりませんでした。
やがて、月がぽっかりと寂しそうに浮かび上がりました。 あの月がシアンだったなら、果たして良いのか悪いのか……。
イリス「――シアン。 私はここにいるよ? みつけてよぉ」
――イリスは手を伸ばして虚空を掴みました。
その時です。
辺りを交う人々が沸き上がりました。
町民「森で鬼が出たぞーっ! 森で鬼が出たぞーっ!」
怒号やら悲鳴やらで町全体が騒然とします。
――森。 ――そうだ、まだ館を探してない! 行かなきゃっ……。
そう考えるとイリスは、あろうことか森へ館へと戻ってしまったのです。
イリス「そんな……いないなんて……」
二階の最奥の部屋へと来てみて、イリスは愕然としました。
次の瞬間には、シアンがいないことへの絶対の恐怖へ変わります。
イリスはその場に崩れ、声もなく泣きました。
外からは、張り上げる荒んだ声が聞こえています。
しかし最初は、頭が理解しようとしませんでした。
大声「ここだぁ! ここに魔女が入っていくのを見たぞ!」
「火を放てえぇ! 火を放てえぇ!」
やだ……ここを捨てるなんてやだ……。
――イリスは、逃げませんでした。 逃げられた、とも思いませんが……。
辺りは熱気に包まれます。
ですが辛うじて、イリスにはまだ淡い生への欲求がありました。
熏って沸々という部屋を幾つも巡り、火の手の迫る階段を降りていきます。
しかし、かつては団欒と食卓の場だった広間へと出ると、膝が思うように動かず倒れてしまいました。
「っ……んっ……」 煙を多分に吸っていたのか、呼吸が困難にもなります。
「……そ……んな……」 続けて、視界が霞んでいきます。
急速に濃くなっていく靄の先で、イリスは見ました。
イリスとシアンの様々な“好き”を詰めた本棚が、崩れていくのを。
数え切れない数の食事を共にした食卓が、灰となっていくのを。
ふと、ある一点を見つめます。
そこには、いつかシアンと過ごしたはずの寝床がありました。
乱雑に布団がはねのけられています。
炎は舞い、シアンのそこにいた痕跡も消えました。
熱い……。 火の手はもう、イリスを担つぐところです。
助けて……。 助けて……。
胸の内で何度も唱えますが、その度にごうごう、めらめら、とくねるものがあります。
もう終わる、と思った時……。
――ただ一陣の風が駆けました。