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青き日々 その4





 森に一歩足を踏み込んだ瞬間、ミズキは違和感に眉をひそめた。

 教会が作った結界はもう少し内側だったと思ったのに、すぐそこに何かある。こんな外に何があるというのだ。

 ミズキが隣のアーネットを見れば、彼女も眉をひそめていた。

 「メルー、ゴーズー! パーシー!」

 ミズキが子供たちの名前を呼びながら木々をかきわける。

 森の木々に触れると、ミズキの右手の手のひらに痛みが走った。

 何か様子がおかしい。

 今まで何度もこの森に入ったけれども、こんなことは今まで1度たりとて感じたことなかった。

 アーネットをちらりと盗み見れば彼女は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

 せっかくの可愛い顔が台無しだよと思ったけど、ふと何かが胸をよぎって彼女をもう一度見た。

 「なにか?」

 アーネットがミズキを見る。

 ミズキは無言で首を横に振った。

 ―――まさか、ね。

 ミズキは一瞬よぎった思いを打ち消すと、再び子供たちを捜すことに専念した。

 そのとき

 「きりがないわね」

 アーネットが胸元のポケットから紙を取り出した。

 「何をするの?」

 「あの子達の居場所を探すの」

 アーネットはそういって、何かを唱えながら紙を人型に切りだし、それぞれに子どもたちの名前を書いて手のひらにのせた。

 アーネットの手のひらにあった紙は、ゆらゆら立ち上がると、ふわりと森の奥へ入り込んだ。

 「……残念ながら、子供たちは奥に入っていったようね」

 アーネットがため息混じりに呟く。

 なんてことだ。

 ミズキもその隣でため息をついた。

 本来ならこのあたりはまだ明るく鳥の鳴き声が聞こえる。しかし今はうっそうと薄暗く、虫1匹すらいない。

 ……あきらかに、今この森はおかしい。

 ミズキは右手を押さえた。

 さっきから右手がじんじんしていた。

 熱くて、熱くて。

 時々感じたあの疼くような感じとはまったく異質の、今はもっと直に痛みがあった。

 けれど、子供たちが中にいるのなら。

 ミズキはさっき紙が飛んでいった方向に足を踏み出した。

 その背中にアーネットが声をかけた。

 「……わかってないかもしれないから言うけど、すぐそこに魔物の結界があるって、わかってる?」

 「わかってるわよ」

 ミズキはさらりと返事して奥に進んでいく。

 10歩ほど先で、森の中が見えないほど黒い幕があった。

 もちろん教会の結界なんかではない。

 後1歩進めば結界、そこまで進んだときアーネットはさらに怒って

 「わかってない! こんな強い結界になったら、私もう破れないんだよ!」

 そういった。

 ミズキはアーネットを振り返った。

 ……なるほどね。

 ミズキはなんとなく事態の始まりに気付いた。

 しかし今それを追及する暇はない。

 「けど、この先に子供たちがいるのなら、私は行かなくちゃ」

 ミズキは薄暗い闇の結界に左手を伸ばした。

 ビリッ

 教会の護符が反応し、痛みが走る。とっさに右手を添えると、右手にはめていた手袋が赤く燃えた。

 あつっ。

 反射的に右手を引こうとしたのに、右手は魔物の結界に引っ付いて離れない。それなのに、ますます右手は熱くなって、手のひらから赤白い光があふれた。

 「っ!」

 思ったほど熱も痛みも感じないけど、でも、なんだかものすごく違和感があった。

 今の、何?

 光が収まって恐る恐る目を開けると、森はさっきの薄暗さはなくなっていた。

 あたりは光が差し、いつものような明るい森だ。

 ミズキは右の手のひらを見た。

 そこで見たものは、開いた目だった。

 一度アカデミーの修了式で見たときは見間違いかと思ったけれど、どうやら現実らしい。

 しかも、目は開いたまま、ぎろりとミズキを見た。

 びくっとミズキの背が跳ねたけれど、でもその目は不思議と怖さを感じない。

 「……いまの、なにですか?」

 おいかけてきたアーネットがミズキに問う。

 「さあ」

 ミズキは首をかしげた。

 そっと右手は握りこんで下げる。

 だって自分でもわからない。まったく、わかっていない。

 とにかく今深く考えない。今はもっと優先事項があるから。これについては後でじっくり考えよう。

 「……とにかく、子供を捜しましょう」

 ミズキは魔物の結界のなくなった森の中に入っていった。

 どうやらアーネットはミズキの右手の変化には気付かなかったようだ。

 ミズキは小さく息を吐き出した。


 子供たちは程なくして見つかった。

 5人は揃って木の根元で気を失って倒れていた。

 見た目に外傷があるようには思わないが、大丈夫だろうか?

 駆け寄りたいけれどしかし、その傍には黒い獅子ほどの大きさの妖魔が牙をむき出していた。

 そのまわりにはいろんな骨が散らばっており、子どもたちが何のためにそこにとらわれているかは、なんとなく想像ついた。

 下手に動くと、子どもたちに危害が及びかねない。

 ミズキがどうしたものかと考えていると、アーネットの愕然とした声が聞こえた。

 「なんで……? なんでこんなに成長してるの?」

 その妖魔を見ての言葉だった。

 ―――やっぱりそういうことか。

 ミズキは息を吐いた。

 稀にいるのだ。自分の力試しと修行をかねて妖魔を呼び出すものが。

 特に魔法使いに多い。

 さっさと自分の使役として契約を結べばよいものを、いろいろ手間取っているうちに呼び出したまま放置されてしまうケース。

 アーネットも魔法使いを志すもの、きっと好奇心で呼び出したのだろう。

 「還せる?」

 召喚したのなら戻すこともできるだろうか? そう思ってミズキが尋ねるとアーネットはぎゅっと手を握り締めた。

 「……もう無理」

 「そう」

 しかし、だとすればどうすればいいだろうか。

 俊敏そうな妖魔は、ミズキたちをずっと睨んでいて、ミズキとアーネットが少しでも変に動けば子どもたちに害が及んでしまいそうだ。

 へたに動けないから応援も呼べない。

 けれど、あそこにいるのは自分が初めて受け持っている可愛い生徒たちだ。

 絶対に連れ戻す。

 ミズキは持ってきていた道具入れを左手でそっと漁った。

 いろいろ考えていると自分の鼓動の音がやけに耳についた。

 ドクン、ドクンと大きく打つ。

 そして感じる空腹感。

 と……。

 「……セウス」

 ポツリとミズキはその言葉を口にした。

 なぜその言葉が出たのか、知らない。

 どういう意味があったのかも知らない。

 自然に口から出てしまった。

 しかし、瞬間、ミズキの右手から真っ白な光があふれ出した。当たり一帯を真っ白に覆いつくす。

 あまりにまぶしい光にミズキはその手を妖魔のほうへやるようにしながら自分は身を遠ざけた。

 ズルリ

 体の中から何かが出てきた感覚がある。真っ白な光を放つ中、それは妖魔をぱくりと飲み込んで、ミズキの体に戻った。

 ―――え?

 白い強烈な光にとてもまぶたを開ける状況じゃなかったけれど、その発光の中で何が起こったかは、見てもいないくせに手に取るようにわかった。

 光が収まって、ミズキは呆然とした。

 もう、さっきの真っ黒な妖魔はいない。

 ミズキの体から出てきた何かが、食べた。

 光が収まって、ようやく目が慣れた頃アーネットがミズキを見た。

 「……さっきの妖魔、追い払ったの? どうやったの?」

 「さあ。念のためにいろんな対妖魔用の道具を持ってきてたから、何かがうまく反応したんじゃないかな」

 ミズキは適当にごまかして、子供たちに駆け寄った。

 幸いなことに子どもたちはただ気を失っていただけのようだ。

 気付けがわりに聖水を含ませると、子供たちはゆっくりと目を開けた。

 「ミズキせんせい?」

 「アーネットおねえちゃん?」

 口々にミズキやアーネットの姿を見て名を呼ぶ。

 ミズキたちはようやく安堵の息を漏らした。

 「まずは戻りましょう。それからたあっぷりノアにお仕置きしてもらうから」

 ミズキが言うと子供たちはびくっと肩をすくませたが、自分たちが悪いことをしたという自覚があるのだろう。

 「ごめんなさい」

 素直にミズキやアーネットに謝罪した。

 戻る道すがら子どもたちになぜ森の中に入ったのか問うと、どうやら度胸試しに森に来たところ、何か動物がいるのを遠くからパーシーが見つけたらしい。

 それをみんなで追いかけているうちに、結界の中に迷い込み気を失ったという。

 動物は黒っぽかったというので、たぶんあの妖魔だろう。

 子どもたちの話を一通り聞いて、ミズキは大人の言いつけをしっかり守るようにと子どもたちに強く注意し、それと同時に子どもたちが無事だったことを嬉しく思うと声に出して告げた。

 子どもたちも十分反省しているのか神妙な顔だったけれど、ミズキが自分たちを心底心配していたという思いは伝わったのか、銘々声をあげて泣き出した。

 その隣でアーネットはずっと静かに、顔色を青く沈めていた。



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