青き日々 その3
こうして、ミズキは王都の外れにあるリラの街に戻ってきた。
今度は新人司祭として。
「まったく、一度も帰省してこないし、あまり手紙もよこさないからどうしているのかしらって心配していたら、たった2年で帰ってくるなんてね! 本当にすごいわね」
戻ったミズキをノアが笑顔で迎えてくれた。
もちろん、アカデミー卒業おめでとうという言葉も添えて。
ノアはミズキの母の姪であるけれど、ミズキの母親は3人兄妹の末っ子で、その母から14歳離れた一番上の兄の子どものノアは、ミズキの母にとって年の離れた兄たちよりもよっぽど近しい妹のような、とても仲のいい存在だったらしい。ミズキの母の結婚後もなかなか顔を合わすことは難しかったようだが、手紙のやり取りは続いていたらしい、
おかげで、ミズキのことも生まれたときからずっと、だいたいの事情を知ってくれている。
下手に顔も知らない親族に引き取られなくって幸運だったと、心からノアに感謝していた。
さて。新人司祭のミズキの仕事は主に教師だった。
教会の隣にある学校には、現在、幼等部から高等部までの子供が100人ほどが通っていた。
もっともこんな片田舎の教会に通う子供のこと。理由アリの子供が多いので、高等部まで通うのはあまりおらず、義務教育課程の中等部を修了すれば大半の子供は働きに出ていた。
高等部まで通うのは学問優秀とされたものと、家に余裕があるから働く必要がないものくらいだ。
今高等部に通っているのは15歳から18歳の男女6人ほどである。最年少の15歳はアーネットという少女だった。
アーネットはこの教会の長老の兄の孫で、その両親も中央の魔法教会で忙しく働くエリート魔法使い。
自分も両親のように中央で働くことを信じて疑わず、顔立ちも華やかで美しく、両親譲りの賢さもあった。
それゆえかどうかわからないが、残念なことに高慢な部分が鼻につくのが玉に瑕、といったところか。
……幼い頃は年が近いミズキにも「ミズキちゃーん」とくっついてきて可愛かったのだが、時は流れるもの。ミズキは彼女にとことん嫌われているらしく、本来ならアカデミーを出たミズキは高等部の子供を受け持つはずだったのだが、彼女の「自分たちと年齢の変わらないものを先生とも思えないし尊敬も抱けません」という、ミズキとしてももっともだなあと思う鶴の一声で外され、幼等部で仕事を与えられた。
小さい子供は可愛いし、好きだから気にしていないけれども。
そんなこんなで、教師と働き出して1年たとうとしていた。
「ミズキ先生」
下から服を引っ張られる感覚にそちらを見ると、足元にルルが立っていて、ミズキを見上げていた。
「どうしたの?」
「みんな、もりにいくっていっちゃったの。ルル、先生がずっとあぶないっていったから行ったらダメっていったけど、メルもコーズもみんないっちゃったの」
ルルがしょんぼりしたように告げた。
しかし、ミズキは目を丸めた。
森には時に妖魔が紛れ込むこともある。
特にリラの森は深い。昼間ですら薄気味悪さを感じる。念のため、森の浅い場所付近で教会の結界を張ってそれ以上進入できないようしているけれど、万が一のこともある。
「ルル、教えてくれてありがとう!」
ミズキはノアにルルを託すと森に向かう準備を始めた。
村人だって時々は森に入る。
森には木の実やきのこといった山菜や、小動物など、めぐみをもたらすものもあるから。
しかし、それをとりに森に入るにもそれなりの装備や許可が必要だった。
……それもなしに迂闊に入れば、どうなることか。
手早く同僚司祭に状況を伝え、森に入る装備をつけて教会を出たところで、アーネットがミズキを見て声をかけた。
「なにかあったの?」
「子供が何人か森に行ったらしいから見てくるの。じゃ」
ミズキは簡単に告げて、彼女に手を振った。
しかしアーネットは少し考えるようにしてから
「私も行く」
そう言った。
は?
目を丸めるミズキをよそに、彼女は友達に自分も行くからよろしくと荷物を預け、
「急ぐのでしょう? いきましょう」
ミズキの腕を引っ張った。
「いや、今のところ一人で大丈夫だよ?」
ミズキが言うと彼女は眉をひそめまっすぐ前を向いたまま
「私の能力がいるかもしれないから」
そういってミズキを森に引っ張っていった。
―――あれ? 私、彼女に嫌われているんじゃなかったっけ?
そう思ったのはとりあえず気にしないことにした。
なんといっても今は子供たちの安全のほうが大事だ。
それに正直……アーネットは両親から受け継いだ魔法の才能があふれている。そう遠くない未来、彼女は王都のアカデミーで魔術師養成コースに入学するのは明白だ。今もかなりの魔法が使える。
とすればもしもの時彼女の力を借りるかもしれない、どこかでそう考えたのはナイショの話だ。