青き日々 その2
繰り返すようだが、ミズキは卒業するまで、かの人形のように美しい貴族の男には一度も会うことはなかった。
ミズキのアカデミーでの生活を表す言葉はただ一つ、『勤勉』だった。
書物を読み、先生に言われるままレポートをだし、更に自分の興味ある薬草についても研究を進め、気がつくと2年でアカデミーの修了証書をもらえることになった。
え? もう?
そんな気もするけれど、でもこれであの教会に戻って皆に恩返しができる、その喜びが大きかった。
そうして迎えた卒業式。
その来賓席には、また彼がいた。
2年ぶりに見る姿……。
ミズキの右手が熱く疼いた。
前のような痛みではなく、甘い疼きだった。
なんとなく手袋をめくって右手を見ると、いつもは閉じている目の模様が、開いていた。
驚きのあまり一度手袋をはめなおして、でももう一度恐る恐るめくれば、いつもの閉じた目の模様だった。
―――見間違い?
僅かだが挙動不審な動きをしてしまったミズキを、隣の席の女性が心配そうに大丈夫? と尋ねた。
今が何の場かを思い出したミズキは大丈夫だと頷くと、姿勢を改めた。
右手のことは気になるけれど今は気にしている場合ではない。
卒業者は順々に名前を呼ばれ修了証明書を受け取る。
そしてミズキも名前を呼ばれ、学園長から修了書を貰った。
思ったよりあっさり手に入れてしまった。
そしてこれを手にした後ミズキは、また王都の外れのあの教会に戻り、そして司祭として生きていく。
アカデミーの先生方には、アカデミーに残り研究を続けてはどうかと勧められたけれど、あの教会でも薬草の研究はできる。
ミズキの意志は固かった。
そうすれば、何かの間違いがない限りもう、彼に会うこともないだろう。
席に戻る道すがら、来賓席にいたユリウスをなんとなく見やると、彼はミズキを見て笑んでいた。
まごうことなく、ミズキを見つめて。
彼のまわりにいた人も、彼のその表情を目撃したのだろう。信じられないと言いたそうな目で彼を見ていた。
ミズキは思わず足を止めた。
じくじくと手が熱く疼く。
「たった2年で卒業とはな」
彼は嫌味っぽく笑んでそう言う。
まさか声をかけられると思わず、ミズキは彼を凝視した。
「あのう、ミズキ・レイノールが、何か失礼をいたしましたでしょうか」
アカデミーの教師が場所すがらあわてたように飛んできてたずねた。
そのときにはもう彼の表情は温度のかけらも残っておらず、人形のような美しい冷たい顔だけだった。
「別に。さっさと戻れ」
感情のこもらぬ冷たい声で言われ、教師は恐縮したように頭を下げた。
それから教師はミズキにも早く戻るように促す。
ミズキは少しだけユリウスを振り返った。
―――私を覚えているの?
わざわざ言葉に出した、ということはそういうこと?
久々に聞いた声は、記憶にあったものよりずっと低く太いものに変わっていた。
ミズキはぎゅっと右手に持っていた修了証書を強く握った。手のひらがとても、熱かった。
―――この右手は、きっとあの人が近くにいると喜ぶのね。
理由は分からないけれど。
でも、きっとそういうことなのだろう。
……最もそれを知ったところで、ミズキはもう彼に会う理由がどこにもなかった。
ミズキのほうには、全く。