大人の事情
ジョーズと別れ、馬を走らせつつミズキはユリウスに尋ねた。
「さっきテディベアを2体注文されていましたよね。エリーとヴィクターさんのところに、ですか?」
「1つはな」
ユリウスは頷いた。「もう一つはヴィアンのところにだ。そこも近く生まれるんだ」
ミズキは目をぱちくりさせた。
ヴィアンに子どもが生まれる、彼には毎日会っていたはずなのにそれは初耳だった。そもそも奥方がそういう状態にあることも知らなかった。
「それはそれは! 待ち遠しくしていることでしょうね」
世話好きの優しい彼を思えば、なんとなく想像ができる。
けれど、今まで気付かなかったと言うことは……。
「でも、せっかくのめでたい話なのになんで話題にならなかったんです? 普通だと、エリーのところみたいにそろそろだろうとかそんな言葉をかけあうんじゃないですか?」
ミズキが問うとユリウスは鼻で笑った。
「そうだな、ヴィクターとエリーのところみたいに、生まれる子どもが正式な夫婦の間の子どもなら、皆気兼ねなく祝いあっただろうな」
それを聞いてミズキは横を見た。馬が自然と止まる。ユリウスのほうの馬も……。
以前グリスが揶揄していたことを思い出した。ヴィアンには本妻以外の女性がいる、と。
普段ヴィアンから優しい世話好きの面が強く出ているだけに、そんな話をミズキはこれっぽっちも気にしていなかった。グリスのあの話も気にも留めていなかった。
制度としてこの国は一夫一妻制だ。まわりには一夫多妻制をとる国もないことはないし、国内でも愛人を作る人間はいることはいるけれど、国内でそれはあまりほめられたものではなかった。
なにしろ聖霊獣を宿した国王が、その対なる聖霊獣を宿す人間だけを伴侶とするのだから、臣下がそれにならわないわけに行かないのだ。
だが……。
「ヴィアンはお前には俺から話してもいいとも言っているが、どうする? 俺から聞くか? ヴィアンから直接聞くか?」
ミズキは眉根を寄せた。
「本当は本人から聞きたいところですが、ここで先送りしても悶々とするので今うかがってもいいですか?」
ミズキの返答にユリウスはにっと笑って、また再び馬を進めだした。ミズキもゆっくりついていく。
ユリウスはエイシスで二人を包んだ。
外の風景は見えるし外音も聞こえる。けれどこちらの声は外に聞こえないし、馬に揺られながらの密やかな声でも互いの声が聞きやすくなった。
「ヴィアンの妻はもともと体が弱くてな。2年ほど前に流産をしてから子どもが生めなくなった。そして心労や無理がたたってもう長くないといわれている」
ミズキは頷きながらユリウスを見つめた。
ユリウスは淡々と前を見ていた。
「ヴィアンと奥方は幼馴染の間柄でな、ヴィアンが心底ほれ込んで妻にした。まあ奥方もそうだったんだろう。ただ奥方はヴィアンの家のことを考えて離縁を申し出た。子どもを残せないのが妻にいる理由はない、遅かれ早かれ自分には死が訪れるのだから気にするな、とな。だがヴィアンはそれを絶対に許さなかった。死ぬまで妻でいろ、そうやって何度もやりあったらしい。仕方なしに奥方はヴィアンに自分の親族の女をあてがったんだ。よくよくヴィアンを良く理解しているんだろう、つれてきたのはとことんヴィアンの好みの人だよ。外見や性格はまるで奥方とは似ても似つかないんだが。けれどとても心が強くて優しい人だ。そしていったんだ、『今すぐ自分と離縁して彼女と結婚してくれ。それが出来ないのなら、自分が死ぬまでに彼女と子どもを作ってこの家が安泰するのを見せて欲しい』。恐ろしい事に彼女は法務省の特別許可を持っていたよ、ヴィアンを一時的に一夫多妻制を適用させる、と」
ミズキは目を丸めた。
「特別許可って、どうやって?」
ミズキが問うと
「大臣に、医師に書かせた自分の健康診断書や、自分が長くないこと、子どもが望めないこと、自分が死んだあとは二人がちゃんと夫婦になること、そんなもろもろのことを訴えた。法務省もとことん鬼ではないからな、死に行く人間の望みをかなえた、と言ったところだ」
「その条件をヴィアンがのんだ、と?」
「そういうことだな」
ミズキは俯いた。
ぎゅっとおなかの前で自分の服を握り締める。
ああ、だから皆、おおっぴらに喜べないのだ。
奥方の気持ちもわかる、ヴィアンの気持ちもわかる……。
何をどうすれば正しいのかなんて分からない。どういう選択をすることが正しいのかなんて、わからない。
奥方は待てなかったのだろうか? 自分がいなくなった後ヴィアンが誰かと出会い、再び家庭を持つと言うことが。
それとも、自分の親族から選んだと言うことは、ヴィアンに自分のことを忘れないで欲しいとか、自分の血脈を彼の血の中に残したいと言う傲慢さがあったのだろうか?
もしかすると、どっちも、なのか?
ヴィアンはなんでそんな提案を受け入れたのだろう?
それにヴィアンの好みだからと連れてこられた女性もどうだっただろう? 自分のあずかり知らぬところで知らぬ人間に嫁げといわれて平気だっただろうか?
ヴィアンはいい人だとミズキは思うけれど、そんなふうにつれてこられてヴィアンの子どもを生むくらいには好きになれただろうか?
わからない。
ミズキはいまだ、ユリウスの隣にいながら怖い。
このままでよいのだろうか、迷うことは毎日ある。
「それで、その方との間に子どもが生まれるんですね?」
「そういうことだ」
ミズキは今度は俯くことなく前を向いた。
なるほど、ヴィアンがおおっぴらに公表しないわけだ。
理由を聞いてもいろいろ複雑な気持ちになる。
「ヴィーは……」
ミズキは口をあけかけて、やめた。
聞きたいことがあるけれど、それはユリウスに聞いてもいけない気がする。ヴィアン本人に答えてもらわないと歪んでしまうかもしれない。
かわりに別のことを尋ねた。
「ヴィーが毎日仕事している姿は、別に作ってるわけではなくて、あれが素ですよね?」
「ああ、仕事も家庭でもあれの姿勢は変わらんし、思ったことはすぐ顔に出るぞ」
「……じゃ奥様たちの体調のことは心配でしょうけど、おおむね笑顔で楽しそうに過ごしているってことは、そういうことですよね?」
「そういうことだ」
ユリウスが笑いながら頷くので、ミズキも少し心が軽くなった。
いろいろ気になること、聞いてみたいことはあるけれど、今のミズキの立場では、にわかなものが何を聞いても興味本位で聞きたてていると思われても仕方ない。
でも、戻ったらちゃんとヴィアンに聞いてみたい。
なんで、奥様の提案を受け入れたの? と。




