嵐の夜に その4
いつもより狭い机で、いつもと同じくらい静かな食事。
聞こえるのは風が窓をたたく音……。
ミズキは肩をすくめるようにそちらをうかがった。
こんなふうに風が窓を揺らす音を久々に聞いた。
ランドルフ家の窓はすべて魔法がこめられていて、どんなに風が強い日も窓がなることはない。そして何が当たっても割れることはないらしい。
たった1ヶ月贅沢すると、こういうところは慣れるんだな……ミズキはそっと息をついた。
時折窓の外の植え込みが窓を叩く音に、いちいちそちらを見てしまう。
その風の音を気にしないために、もくもくと食事をすすめた。デザートのリンゴのタルトタタンも食べ終え、スプーンを置くと、女将さんが『あとはどうぞごゆっくり』と手早く片付けて去ってしまう。ユリウスと2人きりになると部屋はいっそう静かになった。
外の嵐は更に強まり、ゴロロと雷の先触れが響く。
と思った瞬間。
ピカッと窓が光り、閉めていたカーテンを透けて外の木々の陰を映した。ほどなくして地を這うような地響きを伴った爆音があたりを襲う。
ミズキは飛び上がりそうになるのをどうにか堪えた。
間髪おかず再び光り、しばらく遅れて聞こえてくる轟音に、ミズキの胸がドッドと嫌な音を立て、額に変な汗までうかんできた。
「……あの! もう私、あちらで休まさせていただきますね! ユーリ様もどうぞごゆっくり!」
ミズキは引きつらないように勤めて笑顔でそういうと、お休みなさいと言い残して隣の侍従部屋に飛び込んだ。
入った瞬間またしても空がピカッと光り轟音が響き渡る。
風でびちびちガラスが揺れて、窓なりもさっきまでと比べて大きくなった気がした。
ミズキはここまで上がりそうになった悲鳴をどうにか飲み込んで、ベッドにもぐりこむと布団を頭から被った。
枕を抱きしめて壁に向かって蹲る。
どうにかユリウスの前でこんな痴態をさらさなかった自分をほめたい。
が。
「なんだ、雷が怖いのか」
呆れたようなユリウスの声がした。
びっくりしてミズキが布団を外すと、ぎしりとベッドがきしんで隣にユリウスが腰掛けていた。
そのときまたしても光と共に轟音が窓を振るわせる。
「っ!」
ミズキはとっさに耳を手でふさぎ強く目をつぶった。
「……あのなあ」
ユリウスが呆れたように呟いた。大きな手でミズキを抱き寄せる。
温かい腕にミズキはあわてていやいやと振りほどこうとしたが、休みなく立て続けに稲光が空を走り、木を割るような轟音も同じ数だけ響いて、すっかり体がすくんでしまった。
結局ユリウスに捕まってしまって、ふわりと体が浮き上がった。
子どものように抱えられて結局さっきいた貴賓室に戻される。
こちらの窓はさっきの部屋よりもあまり窓はなっていなかった。轟音もそんなにしない。
ミズキは恐る恐る顔を上げた。
「わかったか? もともとそっちとこっちじゃ部屋のつくりが違うんだ」
ユリウスがそういうけれど、やっぱりそれでも光ればカーテン越しに木々はうつるし、風や雨が窓を叩けば悪い魔女が尋ねてきているようで怖い。
こうしている今も雷はなり続けているので、不意を付いた爆音に、びくりとミズキはユリウスの胸に頭を押し付けてしまった。
ランドルフ家にきてからも嵐の夜はあった。しかしランドルフ家のカーテンは光を全く通さないつくりで、窓の外の音も全く通さなかったから、すっかり耐性が腑抜けていた。
そういうところの贅沢にはすぐさま慣れてしまっているのだから、やはり人間て恐ろしい。
窓の外は雹も降っているのか、ばらばらとかたいものが屋根や地面を叩く音がした。
それが窓に当たり、まるで呼んでもない客を告げるノックのようで嫌だ。
ミズキは無意識に暖かい場所に擦り寄っていた。
どれくらいそうしていたのか。
あたりが静かになった気がした。
雷が遠くにいったのだろうか?
ふと体の力を抜いてみると、すっぽりとユリウスに抱きしめられていたことに気付いた。しかも結構な力で。
「え、と……」
ミズキはそっとユリウスの体を押し返そうとしたけれど、外はまだ嵐が続いていたらしく、再び轟いた爆音に反射的に再びユリウスにしがみついてしまった。
くすりと耳元にユリウスの笑った息遣いが聞こえた。
「すみません、条件反射で……」
ミズキは再び起き上がろうとしたけれど
「気にするな」
そっけなく、しかし回された腕に更に力がこめられる。
離して貰えなさそうな抱擁にミズキはあきらめて彼にもたれたままになった。
そのうちユリウスから漂う甘いにおいと暖かさに眠くなってくる。
抱きしめられる力強さも、彼の暖かさも、甘いにおいもなんだか全部とても気持ちがいい。
そしてなにより……。
―――どうしよう、すごく落ち着く。
まだ降り続けている激しい雨も、窓を叩きつける強い風も、いまだカーテンをすかすほど鮮烈に光り轟音で地響きを上げる雷も、もうきこえない。
ミズキは泣きたくなった。
手放しがたい暖かさと心地よさと力強さに。
そしてこの安心感がもたらされるのは、やはりこの聖霊獣の力ゆえなのかという絶望感に。
なにより。
そんな事情もわかっているのに、このぬくもりを手放すことが出来なくなっている自分自身が悲しい。
聖霊獣というのがなく、こういう相手が見つけることができたら一番幸せだっただろう。
きっと申し分なく、限りなく今までミズキが抱いてきた理想的な関係だっただろう。
しかしこれをもたらしたのが自分たちの想いから来るものじゃない。
―――まったく、これも聖霊獣さまさまなのか……。
ただし決してよい意味で言ったわけではない。
ミズキがうつらうつらしていると、額に柔らかなものが押し当てられた。顔を上げるとユリウスが顔を今度は左のほほに近づける。と思うとそっと口付けた。次は右ほほに。
幼い頃両親がしてくれた懐かしいおやすみの挨拶。
忘れてしまいそうになったそれを思い出してミズキは一筋だけ涙を流し、意識を深く沈めた。
また夢をみている、ミズキは冷静に分析していた。
はっきりしない背景の中で、おぼろげにかすむ人物たち。
『なんだ? また怖い夢を見たのか?』
困ったように笑い、幼いミズキを抱き上げる手は、どこかぎこちなくて、でもしっかりとした強さと優しさが感じ取れた。
泣いている幼いミズキをなだめる手は、たどたどしいけれど、くすぐったいほど甘い。
その心地よさに再びうとうとしていた幼いミズキはふと顔を上げた。
―――……おやすみなさい。ユーリ。
そういって彼の頬に唇を寄せる。
すると彼がくすりと笑った。とても穏やかな顔で。
それを見ていた第三者のミズキは、冷静に心の中でまたとんでもない夢だなと苦笑いした。
目の前の情景はまだ続いていた。
『おやすみ』
そう呟いた彼はミズキの両方の頬に額にと柔らかな口付けを降らせた。
幼い自分と、今よりもずっと幼いユリウスの姿だ。夢に違いない。
夢であって欲しいと思う。
―――でも、きっと事実……。
ミズキはこの暖かさを覚えている。
母親や父親、祖父母がくれた柔らかさとはまた違うもの。
―――なんで、忘れていたのかなあ?
夢の中の幼いミズキはそのぬくもりにしがみ付いた。
夢を見るミズキもまた、素直にそのぬくもりに擦り寄った。
ただただ与えられるばかりの優しさと心地よさを、どうやったらかえせるだろうと思いながら……。




