嵐の夜に その1
―――これで、6頭……。
ミズキは目の前で淡々と魔獣を飲み込んで行くユリウスを見つめた。
ユリウスは現場に着くとすぐに魔獣を丸呑みしていっていたので、時間がかかっているのは移動ばかり。
「おなかは膨れてきましたか?」
ミズキが問うと
「そうだな。ようやく半分と言ったところか」
ユリウスは手を握ったり開いたりを繰り返しながら自分の中の感覚を探ったようだ。
魔獣6体でようやく半分……。
ミズキは少し遠い目をした。
日暮れが近づきあたりは薄暗い。心なしか風も出てきたように思う。
しかも、風には雨のにおいがした。
今夜は天気が荒れそうだ。
「今日のところはこれで帰りますか?」
ミズキが問うと、ユリウスも空を見上げた。
夕闇色の瞳はこの時間帯になればとても暗い。
「そうだな、もうこんな時間か」
と、ユリウスの目が空で何かを捕らえた。手を横に伸ばす。
すると、そこに上空から黒い大きな鳥が飛んできた。
大きな鷲だった。
鷲はユリウスの腕に、爪をかけることなくとまった。普通の鷲ではない、誰かの伝令鳥だ。
「ヴィクターからだ」
ユリウスは振り返ることなくミズキにいって、伝令鳥を撫でた。
鷲はふるりと震えたかと思うと夕闇に解けて鏡を映した。
そこにヴィクターの姿を映した。
『調子はどうだ? 首尾よく食事できているか?』
「ああ。今半分くらいだ」
『そうか。まあ、魔獣じゃそんなに腹の足しにはならんな。ところで悪い報告だ』
ヴィクターの眉間による深いしわに、ユリウスとミズキも注意深くヴィクターを見やった。
黙ってヴィクターを見るとヴィクターが話を続けた。
『お前たちが出たあと、念のため隊の点呼を行った。討伐に出ている隊も非番も含めて全員だ。そうしたらグリス以外にレイシャ・シーグとケニー・パウアー、2人と連絡が取れなくなっていた。が、ほどなくして2人とも遺体で見つかった』
ユリウスが眉を寄せた。
ミズキも、2人のうち一人の名前に驚いてヴィクターを見やった。
レイシャは、以前風呂場でミズキに言いがかりをつけたことがあるからだ。
直接言葉を浴びせられたのはあの一度っきりだったが、あれからも何度か殺意のこもった視線は向けられていた。ミズキが首もとにあの赤いあとをつけてきたときには泣きそうな顔をしてきたこともあった。
―――レイシャが死んだ? なんで?
『2人とも鞭のようなものでがたがたにえぐられたような傷跡だった。2人とも抵抗したと思われる戦った残滓があった。それらを分析するとケニーはたぶんレイシャを庇うか巻き込まれるかしたんだろう』
淡々と事実を告げるヴィクターの言葉にミズキは俯いた。
―――……殺されたと言うことか……。
誰に?
そんなのは決まっている。
「傷跡からしてグリスの武器だな」
『ああ。弁天って呼んでいたっけ。鞭の先にぎざぎざになった刃を仕込んでいたな』
「えげつない傷跡を作るからな、あれは」
二人は頷きあった。
ミズキはまた眉根を寄せた。武器の形状と傷跡から想像するに、2人が言うようになんとも残酷な武器だと思った。
「レイシャはまあ魔法師だったが、ケニーは剣技もそこそこの使い手だったと思うが?」
そうやすやすやられるはずないだろう、そう言う意図をこめてユリウスが言うとヴィクターも頷いた。
『そうだな。つまりグリスは厄介なヤツと言うことだ』
ヴィクターのため息にユリウスも頷いた。
ところで、とヴィクターは話を変えた。
『この時間にそこでいるが、どうするんだ? 戻るのか?』
ヴィクターの問いにユリウスは首を横に振った。
「いや今日はその先の町で宿を取る」
ミズキは最初、違う話題と思って、自然に流しそうになった。
が、その先の街で宿を取るという言葉についユリウスを睨んだ。
「残りの妖魔もこの周辺だからな。戻るだけ時間のロスだ。問題ないだろう?」
―――そっちは問題なくっても、こっちの心情的には問題ありまくりです!
ミズキは内心叫んでいた。
できればヴィクターに隊長権限で戻ってこいの号令をねがったほどだ。
だが。
『そうか。気をつけてな』
そうそう願いはかなうはずもなく……。
ヴィクターのあっさりと頷く姿にミズキはガクリと頭を垂れた。
「何か不具合が?」
ユリウスに冷ややかに問われてミズキはいいえと呟いた。




