表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
37/64

それにまつわる誤解とあれこれ その9



 「とりあえず、全員伝令も使って捜索。指揮は俺が取る。レニーはエリーを家につれて帰ってうちのマギーに押し付けてくれ。これ以上ここで動かれたらかなわん」

 眉間を指でもみながらヴィクターが指示を出す。

 「待ってくださいな! まだ大丈夫ですわ!」

 エリザベスが頬を膨らませたけれど

 「子どもに何かあったらどうする!」

 「そうですよ! 今は本当にお体を一番になさってください! 今回は絶対に自宅で安静になさっていてくださいね」

 ヴィクターとレニーの双方に説教されて、さすがのエリザベスもしゅんと頭を下げた。

 ヴィクターはやれやれと頭をかくとユリウスを見やった。

 「ユリウスは……ミズキと手早くしけってこいとは……」

 が、ぎろりとユリウスに睨まれて、そこで一度言葉をとめた。

 ―――手早く、しけってくる?

 ミズキは小首をかしげた。

 そして意味を理解し、眉根を寄せた。

 つまり手早く効率よく自分から魔力を分けてもらってこい、と。

 まどろこしい口付けではなく、一番効率のいいやり方で。

 その命令がもし本当にされたのだとしたらあまりにひどくないか? この体はいったい何なのだ。

 体のいい聖霊獣の魔力の器なのか? ユリウスを本命とすれば自分は予備の補充備品かなにかか?

 ミズキはあまりの情けなさに泣きたくなった。

 「わるかった。まずは食事だな。とにかく何か食って来い」

 ヴィクターは面倒くさそうにユリウスに命令した。

 そして俯くミズキにも

 「お前も一緒にいって来い。対なんだからな」

 そう命令する。

 ミズキは俯いたまま頷いた。

 その場にいたものに手早くそれぞれに命令が下されて、各自散らばる。

 ミズキはユリウスに手をひかれて歩き出した。

 「……あれくらいでへこたれてたら、これから先もたんぞ」

 「……」

 ミズキは俯いたまま、ユリウスの執務室に連れて行かれた。


 2人で淡々と出立のための荷物をまとめる。

 簡単に最低限のものを鞄に詰めるだけなので、そんなに荷物は多くない。支給された衣類とちょっとした水筒とハンカチ、簡単な応急処置用の携帯裁縫道具と薬品類だけだ。財布の中身は必要あればミズキのあの金庫とつながっているので特に心配ない。最初こそそんな便利な財布があるのかと驚いたが、魔法で道が繋がっているらしく……ユリウスに金庫と一緒に使えといわれたのだ。落とすこともスリにあう心配もないという。

 だから準備はすぐ済んだ。

 でもこれからの手間を思うと……。

 「……なんなら訂正される前の指令を実行しますか? 手っ取り早くあなたが戦場に戻るのであれば」

 ミズキが言うと、はっとユリウスが短く笑った。

 「やめておけ。どうせこの前の夜みたいなことになるだけだ」

 「けど、前にレニー先生から聞いたことがあるんですけど、戦いの前や後にそうやってエリーとヴィクターさんは魔力のやり取りをしているんでしょう?」

 だからヴィクターは自然にあんな命令を下したわけなのだから。

 ミズキがいうとユリウスはミズキを睨んだ。

 「……べつに基準をあの2人にする必要はない」

 ミズキは俯いた。

 ユリウスの意見も一理ある。

 でも急ぐ戦いを前にすれば、ヴィクターとエリザベスの合理的なやり方も正しい。

 今回は特に急いでいるのだから。

 ふと、自分の前にユリウスの足があるのが気がついた。頭のてっぺんにユリウスの吐息がかかる。

 顔を上げるより先にそっとユリウスに抱きしめられた。

 「あの2人は考え方が突き抜けているだけだ。俺たちは俺たちのやり方を見つければいい。……気持ちだけは貰っておくから」

 彼から漂う甘い匂いに、ミズキの心が柔らかくほどける。そして思いがけず優しい言葉にミズキはまた泣きたくなった。

 ただし、さっきの悔しい涙じゃなく、今度は嬉しい涙だ。

 ミズキもユリウスの背にそっと自分の腕を回すと、頭上でユリウスが息で笑ったのがわかった。

 「ちょっと譲歩してくれた奥方様に、もう少しだけ魔力を分けてもらっても良いか?」

 めずらしくいたずらっぽくいうユリウスに、ミズキは小さく頷いて、顔を上げるとそっと唇を合わせた。

 さっきの貪りあうような口付けじゃなく、あくまでもふんわりとした口付け。

 ―――まいったな……。

 ミズキはユリウスの髪に指を絡めながら、どうにも困っていた。

 こうしてユリウスと何度口付けを交わしたか。

 そのどれもほとんどが聖霊獣の食事という形ではあったけれども。

 でも……。

 ―――こういう口付けもいいな……。

 そう思っている自分が一番嫌だ。

 なんだか物凄く流されている。

 そのとき、コンコンとノックがあった。

 ミズキの体がびくっと震える。くつり、ユリウスが笑ってミズキの体から腕をほどいた。

 ゆっくりと唇を離し、互いに目があった。

 なんとなく気恥ずかしくてミズキが俯くと、ユリウスはすばやくミズキの髪に口付けをして、先ほどまでの色をすべて払い落とすように振り返った。

 「なんだ」

 扉に向かってさっぱりとした口調で尋ねる。

 程なくして、数枚の書類をめくりながらヴィアンが入ってきた。

 「取り急ぎ、妖魔被害の中から近場のを持ってきました。すぐに出発なさいますか?」

 「ああ。馬で行く」

 ユリウスは書類を受け取りながら頷いた。

 ミズキは真っ赤な顔を見られたくなくてそっぽを向いていると、ヴィアンが首を傾げつつミズキの頭をポポンと叩いた。

 なんとなく慰めてくれたような感じがした。

 ヴィアンから渡された書類をざっと目を通して

 「たしかにそんなに遠くないな。全部まわってくるか」

 ユリウスは戸棚から地図を出した。

 机の上に広げて簡単に目的地に丸をつける。ミズキも端っこから眺めると、その目的地の一つ、その近くに懐かしい地名を見つけた。

 リラ……。

 でもきっと今回は通りもしないだろう。

 近いようでなかなかどうして遠い町だと、改めて気付かされた。

 「わかりました。2頭、用意します」

 ヴィアンは頷くとさっと部屋を後にした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ