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それにまつわる誤解とあれこれ その4




 どうやら自分がユリウスを傷つけてしまったらしい。

 ミズキは練兵場の外回りにある訓練用アスレチックコースを走ながらもんもんとしていた。

 このアスレチックコースは毎日2周走ることがノルマとされていて、1周が30分ほどかかるので、2周すれば1時間以上かかる事になる。今ではだいぶん慣れてきて、2周を50分くらいには収められるようになってきたけれど、障害物だらけのコースは正直きつい。

 今もなんとか1周半ほど走ったところの森の中で、ミズキは、走るのを中断した。

 コースを少し外れれば、この森の中にもいろんな木の実が落ちている。

 先日リスが胡桃を食べているのを思い出し、ミズキはその木を探した。

 先日の目撃場所からそう遠くない場所で、すぐに目当ての木を見つけた。

 熟して落ちた胡桃の中から、綺麗なものを選んで鞄に詰める。他にも晩生の綺麗な栗もあって、ミズキはいろんな木の実をそこに入れた。

 あらかた拾い終わると、元のコースに戻ろうとしたけれど、

 「俺、アンタにお願いがあるんだよね」

 頭上から声がした。

 「なんつーかさ。アンタがそういう痕つけてると、すごく倒錯的だな」

 ミズキは足を止めて、声のほうを見上げた。相手を確認してがっくりと頭を下げる。

 グリスがミズキの背の1.5倍ほどの高さのところの枝にちょんと座って、ミズキを見下ろしていた。

 グリスがいう痕というのは先日ユリウスにつけられたあれだ。なかなか消えないそれはランいわくもう数日かかるとのこと。

 完全に消えるまで首もとの詰まった服を着ることにしても、隠れはしない。

 それこそミズキがこんな痕をつけてきた昨日は、隊でも一瞬どよっとざわめきが起きたけれど、今日はもう平穏だ。

 もともと精神年齢が高い者が揃っているからか、この痕のことでからかうものもいない。

 こんなあからさまに言ってきたのはグリスが初めてだった。

 「なんか、話に聞くところでは聖霊獣の対同士って、どんなへなちょこの体でも、すっげーへたくそ同士でも、これ以上ないほどいいんだろ? 便利だよな!」

 グリスが心の底から羨ましそうにいう。

 が、ミズキは反対にため息を出すのも疲れた。

 無視して走り出せば、グリスが木の枝をぴょんぴょんとサルみたいに次々に飛び移りながら追いかけてきた。

 「なあなあ、毎日してんだろ? どんくらいしてんの? 隊長、普段お綺麗に性行為も興味ありませんみたいな顔でお高くすましてるけど、あの時ってどんな顔してんの? しつこいの? スゲー甘くなんの? もしかして逆に甘えたちゃんとかになったりとか、なんかおもしろいネタない?」

 ミズキがなおも無視して走り続けていれば、とうとうグリスがミズキの前にぴょんと飛び降り、進行を止めた。

 にっとしてミズキを覗き込む。

 ミズキは眉間に深くしわを刻み込んだ。

 正直不快だった。

 このグリスという男は、ミズキを見れば気にさわることばかりをいう。

 人の悪口をいう気はないけれど、正直顔もあまり見たくない。

 どうしてこの男が幻獣討伐部隊にいるのかも謎だ。

 ヴィアンをはじめ他の隊員から感じる騎士道精神を、全く感じない。

 「黙ってないで何か答えてよ。純粋に興味だけなんだけど。だってあんた、18っていったって、完全にロリフェイスだし体系もちんちくりんじゃん。けどあの隊長に毎晩なかされてんだろ? 俺、聖霊獣の宿主のことあんまり知らないけど、そんなにいいんだったらちょっと俺も味わってみたいかなって気になるじゃん?」

 なんとなく不穏な気配を感じてミズキは一歩後ろに下がった。

 顔にはもう、隠すこともなく嫌悪感を全面に出している。

 バカでも気づくレベルだ。

 しかし、グリスはそれでもなおニマニマしていた。

 ―――隊員の喧嘩はご法度、隊員の喧嘩はご法度……。

 ミズキは心の中で念仏のように唱えていた。

 幻獣討伐部隊には重大な規則があって、許可された試合以外の場での私闘は一切禁じられている。

 だからミズキはここで怒りに任せてグリスを攻撃してはいけないのだ。

 ミズキは無言でグリスを睨みつけながら、彼の狙いを考えていた。

 ミズキを怒らせることばかり言うのは本当に興味なのか、それとも他の狙いがあるのか……。

 「俺、基本的にレニーさんとかのああいうむっちり系が好きで、あんたみたいなガキ体系にはあんまり興味はないけど、あんたのその真っ白い肌と黒い髪のコントラストは良いなとか思ってんだよね。それにそこの首の痕みたいに、すごく痕がいい感じにつく肌は割りと好みなんだ。なんか楽しそうじゃないか」

 グリスはにやりと目を細めてミズキにいう。

 ミズキはまた一歩ずりっと後ろに下がった。腕や背中には鳥肌がびっしりと立っていた。

 一歩ずつ下がるミズキの間合いを、グリスはニヤニヤしながら詰めてきて、ミズキはとっさに自分のまわりに結界を張った。

 その瞬間、グリスの勝ち誇ったような顔を見た気がした。

 ―――しまった!

 ミズキはとっさに悟った。グリスが何を狙っていたのか。

 ミズキのカンが正しければ、グリスの望みはミズキ自身ではないと思う。

 ―――でも、まだ大丈夫のはずだ。結界を張り続けてさえいれば……。 

 だが、しかし。

 「俺、最初に言ったじゃん、お願いがあるって」

 グリスの言葉に水木は訝しげに彼をにらみつけた。

 「俺の母の形見のハンカチ、かえしてもらえませんか? それなくちゃ困るんですよ」

 突然のグリスの言葉にミズキは首をかしげた。

 どういう意味かわからない。

 「あんたの背中に張り付いててね、かえして欲しいのにアンタ結界はって返してくれないから困ってるんですよね」

 無茶苦茶ないちゃもんだ。ミズキは自分の背中をぐいっと撫でた。

 いつの間に着けられたのか、言葉通り白いハンカチが張り付いていたようだ。

 「大切なものなんでね。俺はそれを取り返す権利がある……結界を破っても」

 グリスはにやりと笑うと、大きく構築した攻撃魔法をぶつけにきた。

 ミズキはとっさに息を呑んだ。

 ミズキの目の前が真っ黒な闇で覆われたのを感じた。

 パリン!

 物凄い大きな音がした。

 しかし音がしたわりにミズキの結界は破れていない。別の干渉が入ったことを知っている。

 闇は一瞬だけですぐに光に解けた。

 ミズキが目をこらえてそちらを見ると

 「今のは子どもの目にも無茶振りもいいところじゃないのかなって思うんだけど」

 そこにはミズキよりも幼い、12、3歳ほどの少年が立っていた。

 柔らかな栗毛が愛らしい少年だった。

 たぶんミズキははじめてみる少年。

 グリスは彼を見て攻撃をやめた。

 「いえ、べつに……俺は彼女に取られたハンカチを取り戻したかっただけで」

 「……へえ?」

 彼はグリスとミズキを交互に見た。

 グリスは彼の迫力に一瞬息を呑んだけれど、ミズキは別に疚しさがあるわけではないので、彼の目をしっかりと見ていたが、ふとその目の色に気付いて目を見張ってしまった。

 「……なにか?」

 彼がミズキに首を傾げたけれど、ミズキは首を横に振った。

 いえ、たんに見とれたとは言いづらい。

 彼はグリスに向き直った。

 「申し開きはヴィクター様とユリウス様の前でして貰おう。ただし……」

 彼は右腕をまっすぐ横に伸ばした。

 そこに音もなくすうっと真っ白な梟が飛んできてとまる。

 ……真っ白な梟はユリウスの伝令鳥……。

 「すべて筒抜けだと思うから、嘘は言わないほうが身のためだよ」

 



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