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奥方様、初めてのお食事 その5



 途中の街で軽く昼食を食べてから隊舎に戻った。

 ついたらもう昼も遅い時間になっていた。

 馬屋に馬を戻し、隊舎へ入ると

 「おかえりなさい」

 エリザベスがミズキを待ちわびていた。

 突進してきてぎゅうっと大きな胸に抱きしめられて、またしてもミズキの呼吸が苦しくなる。

 「ごはん、美味しかった?」

 尋ねられて、ミズキはどうにかエリザベスの胸から抜け出すと

 「はい」

 と頷いた。

 「そう、よかった。ちょっと味見させてね? ずっと気になってたのよ。他の聖霊獣の蜜の味」

 エリザベスは言うなり、ミズキの唇にがぶりと自分の唇を重ねようとした。

 ―――え!?

 赤くふっくらした見るからに美味しそうな唇だけれど、迫り来る様はとても怖い。

 恐ろしさにミズキが反射的に目を閉じようとしたとき

 「おいたはそこまでだ」

 渋い声がエリザベスの首根っこを引っつかんで止めてくれた。

 ミズキが目を開けると、エリザベスの背後に巨大な熊……もといヴィクターが立っていた。

 「あなた! 放してくださいな!」

 エリザベスがむっとしたようにばたばたしながらヴィクターに言うけれど

 「おまえな。他の聖霊獣の継承者と蜜を交換できないのは聞いているだろう? とくにお前は今妊娠中なんだぞ? もしも微量な魔力の変化だったとしても胎児に影響が出たらどうするんだ」

 ヴィクターの言葉にエリザベスはしゅんとしおれた。普段が派手な美人だけに少し愛らしい。

 「エリザベス様、今は大事なお体です、どうぞ御身をお守りください」

 ミズキはそういうとエリザベスの白磁の頬にそっと自分の頬を寄せた。

 柔らかく、少しこそばい感覚とエリザベスの甘い豪華な花のような香水がミズキの鼻腔をくすぐる。

 エリザベスはふわっと微笑むとミズキの背をぎゅっと抱きしめた。

 「あなたも、無事に戻って何よりよ」

 そういってからエリザベスはミズキを覗き込んだ。

 「私のことはエリーと呼んで? エリザベスなんて堅苦しい呼び方をするのはレニーだけで十分よ。じゃないと、今度こそ蜜を貰うわよ?」

 いたずらっぽくウィンクをされてミズキは頬が赤くなるのを感じた。

 迫力美人は、どんな顔も様になる。

 「さ、きっと今頃ユリウスが執務室でやきもきしているわ。その顔を見せてあげて」

 優しい言葉にミズキは胸がくすぐったくなった。

 ユリウスがやきもきしているだろうか?

 自分を心配して?

 そうだったら、と思うと胸が少し暖かくなってくすぐったい。

 「隊長への報告はミズキに任せるよ」

 「私たちはこっちの土産を皆にどうするか聞いてくるわ」

 ヴィアンとレニーが例の結界入りのあれを掲げて裏の練兵場に向かう。

 2人が歩き出したのを見てミズキも2階へと足を踏み出した。

 扉の前でノックをして

 「ミズキ・レイノールです」

 そっと中に向かって呼びかける。

 すると

 「入れ」

 低い声が中からした。

 「失礼します」

 中に入るとユリウスはミズキのほうを一瞥するでもなく書類を睨んでいた。

 ミズキが扉を閉めて、そちらに向き直るが、やはりユリウスの夕闇色の瞳はいつもより暗い。

 ミズキの背を、冷たいものが伝った。

 なにがあったのだろう?

 エリザベスの言葉に励まされてここにきただけに、ミズキは最初の取っ掛かりを見出せずにいた。

 「……ただいま戻りました。ヴィーもレニー先生も怪我はしておりません」

 ミズキがしどろもどろにいうと、途中でユリウスの手がピクリと止まった。

 ―――怖い?

 ユリウスの雰囲気にミズキはぐっと息を呑んだ。

 「……ヴィー?」

 聞き返されてミズキははっとした。

 「あ、ヴィアンさんです、失礼しました」

 ―――報告ではちゃんと愛称じゃなく正式名称を使うべきだったか。

 ミズキが言いなおすとユリウスは眉間を長い指で押さえた。

 「……ちゃんと食ったのか?」

 息を吐きながら尋ねるユリウスに、どうやら虫の居所が悪いと悟ったミズキは背後に意識をしつつ、はいと返事をする。

 今すぐにでもこの場から逃げたいと全身で表すミズキをユリウスはようやく一瞥した。

 ユリウスはもう一度息をつくと、机に手を突いて立ち上がった。長い足をミズキのほうへと向ける。

 ぎくりとミズキの腰が引けたけれど、とりあえずその場で踏みとどまり、ミズキはユリウスを見上げた。

 「ユリウス様?」

 ミズキが呼ぶとユリウスはまた眉間のしわを深くした。彼はミズキの顔を見つめると、顎を捉えて上へと向け、また唇を重ねた。

 「っ」

 ミズキはぎゅっと目を強く閉じた。

 朝とは違い、ミズキからユリウスへと口の中を甘いものが流れていく。

 それもまたたまらなく溺れたくなる嗜好性の高いものだったけれど……。

 ―――流されちゃダメだ!!

 ミズキは手を強く握ってそれをどうにか耐える。

 唇を合わせたまま目を開けるとユリウスと目があった。

 夕闇色の、綺麗な瞳。

 それが今は少し翳って見えた。

 それを見たとたん、ミズキのほうが切ない気持ちになった。

 胸が締め付けられるような苦しい思いがした。

 ユリウスのその瞳の色が悲しいのはいやだ、とか、そんな色はみたくない、とか……。

 思ってもいなかった感情の芽ばえにミズキは戸惑った。

 ―――いやいや、流されたらだめだよ、私!

 ミズキはぎゅっと目を閉じるとまた手をぎゅっと握り締めなおした。

 でも、

 ミズキの顎や耳を撫でる手が、なんとなく今までと違ってミズキを壊れ物のように扱っている気がした。

 ―――気の迷いだったらいいのに……。

 ミズキは握り締めていた手の力を緩めるとユリウスの肩口にのせ強く握った。

 ふ、ユリウスが寂しげに笑んだ気がした。

 余計に悲しくなってミズキはユリウスの柔らかな髪に指を絡めた。

 たゆまなくあふれ出る蜜と共に一通り深くむさぼりあったあと、ミズキがまた目を開けるのと時を同じくして唇が離れる。

 すうっと冷たい風が唇を冷やした。

 「……それでも、美味いな」

  ユリウスは左手の親指でミズキの唇をすっとぬぐうと、自分の唇に含んでなめた。

 なぜかずっと寂しげなユリウスの様子にミズキは胸の中が暗く重くなるのを感じた。

 ―――これも、食事?

 いつもだったら恥ずかしさに赤くなるところだったんだろうけれど、ユリウスの寂しげな気配にミズキは静かに立っていた。

 処遇に困って退出しようとしていたら

 「失礼します。そろそろ入ってもいいですか?」

 ヴィアンが恐る恐る扉を開ける。

 「ああ、どうした?」

 ユリウスが問うとヴィアンはほっとしたように顔を緩め、しかし次に少し首をひねりながら、例の大きな塊をユリウスに差し出した。本来なら水晶の塊なのでとても重いのだけれど、浮遊の魔法も使っているのでかなり軽い。

 「さっきのミズキの食事のおまけです。隊のメンバーには聞いたのですが、引き取り手がいないようで。いかがですか? おやつに」

 「そうだな、もらおう」

 ユリウスは頷くと左手からエイシスを開放した。

 エイシスはさっきミズキがしたように、それをぱくりと飲み込んでまたユリウスの中に入っていく。

 「じゃあ、俺は失礼します」

 ヴィアンが去るので、ミズキも一緒に一礼して部屋を出た。


 「なんかあったのか?」

 階段を2人で降りながらヴィアンがミズキに問う。

 ミズキはヴィアンを見上げた。

 「なんか変だったから。2人とも」

 ミズキは首を横に振った。

 ヴィアンはそうかと呟くと

 「今日は馬で出かけたりで疲れただろう? 帰って休むといい。馬車を呼んでこよう」

 ミズキの頭の上にぽんと手を置いた。

 ユリウスもよくするこの行為。

 幼い子をあやす行為だ。

 ミズキは小さく笑った。

 「ありがとう、でもヴィー。今日は馬車は呼ばないで? 歩いて帰ります」

 ミズキはヴィアンに手を降ると隊舎を後にした。

 


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