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奥方様、初めてのお食事 その4



 ヴィアンとレニーとミズキの3人で馬に乗り、王都から2時間ほど走らせた山脈沿いにある大きな洞窟にきた。

 このあたりは鉱脈が多い。

 人にとって鉱脈は大切な金の卵だ。

 が、宝石は幻獣や妖魔を酔わすこともあるという。魔物にとってそれは酒のようなもの。

 それゆえ鉱脈での魔物退治の依頼は、一番多いのだそうだ。

 洞窟の入り口には、2重の強い結界が張られていた。一つは教会がはった、人を通さないための結界、もう一つは中にいる幻獣がはったのだろう強い結界だった。

 馬を近くの木に繋ぐと、3人は結界の前にたった。

 「結界破り、やってみる?」

 レニーに言われて

 『どんな結界も、化け物がはったものも教会のお偉方が固く結んだ結界でも、全く関係がない』

 ユリウスが言った言葉を思い出す。

 「セウス」

 ミズキは右手に向かって呼びかけた。

 この1ヶ月、ちゃんと訓練を頑張ってきた。

 とはいえ剣を呼ぶのは久々だ。

 ミズキの手から現れた珍しい剣にヴィアンがほうと声を上げた。

 ミズキが両手で剣を鞘から出すと白い光がこぼれる。鞘は再びミズキの体の中に解けた。

 その光が収まってから

 「見たことのない剣の形だね」

 ヴィアンがしげしげと刀を見た。

 「ニホントウって言うらしいです」

 いつだったかユリウスが教えてくれた。

 寝物語に……。

 「聞いたことのない名前だ」

 「この世界ではない、違う世界の剣だって聞きました。とても強い剣なんですって」

 しゅっと美しくしなやかに沿った刀身に煌く波刃。

 細身でも鋭い切れ味に切れないものはない、まさに最強の剣。

 ミズキは結界に向かって剣を振り下ろした。

 一撃で2枚供の結界があっけなく崩れ落ちる。

 ぽろぽろと薄いガラス幕が崩れ落ちていくのにちかい様子を、ミズキは静かに見ていた。

 結界のかけらは程なくしてちりとなって消えた。

 「おみごと」

 ヴィアンとレニーがパチパチと拍手をする。

 ミズキは苦笑いした。

 「行きますか」

 幻獣はこの奥にいる。結界を破ったことでその妖気がすぐそこに感じられた。

 複雑な洞窟を3人でしばらく進んで、幻獣の気配がいっそう強く感じられる別れ道の手前で、ヴィアンが足を止めた。

 「今回は聖霊獣の食事だから大丈夫だと思うけれど、それでも君の初陣だ。くれぐれも気をつけるように」

 ヴィアンに念を押されてミズキは頷いた。

 ああそうか。

 食事って、皆でごはんを食べる食事会じゃなくて、ミズキの聖霊獣の食事のことか。

 いつぞやのことを今更に気がつく。

 「いってきます」

 ミズキはセウスを握り締めて足を踏み出した。

 グルルルル

 幻獣の荒い息遣いがそこまで聞こえていた。自分のテリトリー内に踏み込んだ瞬間、きっと襲いかかろうと待ち構えていることだろう。

 ミズキは手前で一つ呼吸を吐いた。

 ミズキの右手の聖霊獣もまた、さっきからかなりざわざわしていた。

 ……朝の件で忘れていた空腹感がまたよみがえる。

 ―――朝のって忘れたかったんだけど、これでもしこっちがおなか膨れたら、またユリウス様に分けなきゃいけないのかな。

 いやいや。

 ミズキはすぐさま頭を振る。

 あんなことも、もう一つの手っ取り早い方法だとレニーから聞いたこんなことも、どちらも勘弁願いたい。

 やっぱりユリウスには腹が空いたら自分で捕食してもらうことにしよう。

 ―――……まずは私だ。

 でないとユリウスにずっと例の方法を実戦……それだけは心底ご勘弁!

 ミズキは気を引き締めて向こうにいる幻獣を見据えた。


 結論を言うと、勝負は一瞬でついた。

 ミズキは幻獣の前にでるだけでよかった。

 あの時のように、セウスは剣がにゅるりと軟体動物のように変化して、すささささと忍び寄り、またぱくりとそれを丸呑みした。

 本当に一瞬。

 「やっぱり腹を空かせた聖霊獣って最強だよな」

 ヴィアンがやれやれと呟く。

 「まったくよね。私たちじゃ毎回結構ぎりぎりになるものね」

 レニーもふうと息をつく。

 ミズキは2人に苦笑いした。

 「毎回食べたら楽なんでしょうね」

 「そうね。でも前いったみたいに聖霊獣が幻獣を食べるのは年に1度あるかないかなのよ。まあ食べた幻獣の魔力によって違うんでしょうけど」

 だから4人の聖霊獣継承者とその伴侶だけでは裁けない幻獣を討伐するものが必要というわけだ。

 レニーはさっきまで幻獣がいた辺りへ歩き始めた。

 「で、聖霊獣の腹は膨れたかい?」

 ヴィアンに聞かれて、ミズキは頷いた。

 「たぶん」

 「そう。ならよかった」

 ヴィアンが目を細めた時、洞窟の奥にいたレニーがヴィアンとミズキを呼んだ。

 さっきまで幻獣がいたあたり、そちらへ行くとレニーがしゃがんで地面を見ていた。

 「……さっきの幻獣の子どもかしら」

 ミズキはレニーの手元を見た。

 一瞬、洞窟のあちこちにあった水晶柱に良く似ていたのでわからなかったけれど、その結晶の中に3個、青く光を強めたり弱めたりする何かが息づいていた。

 「本当だ。どうする? いる?」

 ヴィアンはミズキに問うた。

 ミズキはぶぶんと首を横に振った。

 「もう、聖霊獣は食えない?」

 あ、どういう意味か。確認されてミズキは少し考えたが、いらないと返事した。

 「レニーは? 育てて使役させる?」

 ヴィアンがレニーに問うた。

 レニーはしばらく考えた後首を横に振った。

 「私の魔力は受け付けないみたい」

 「そうか。じゃあ隊に戻って皆に聞いてから、誰も要らないようだったら隊長へのお土産だな」

 ヴィアンがいうとレニーは頷いて、その妖魔の子どもを結界の中に包んだ。ついでに結構な重みがあるので、それ自体に浮遊の魔法もかける。

 「こういうことってあるのですか?」

 ミズキが問うと、レニーは、たまにねと頷いた。



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