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奥方様、初めてのお食事 その3





 翌日。

 幻獣討伐部隊に出頭したミズキのもとに、ヴィアンがやってきた。

 「すごいね。ちょうどいいタイミングで事案が上がっているんだ。だからミズキ、食事に行くよ」

 にこにこいうヴィアンにミズキは首をかしげた。

 ―――食事? どこかのお店に?

 一瞬そう思ったけれど、

 「私もお供します。保険として」

 レニーもにこにことミズキの後ろに立つので、更にミズキは頭をひねった。

 が、昨日の今日のやり取りを思い出し、ミズキは目を丸めた。

 「……もしかして、筒抜けですか?」

 思わず尋ねると、二人は噴出した。

 「昨夜ユリウス様から伝令が飛んできていたんだよ。というわけでミズキは初陣だな」

 ヴィアンがくつくつと笑いながらいう。

 赤髪の騎士は、最初こそグリスから変な噂を聞かされたけれど、しかしなかなかどうして好男子だ。

 「その前に、ミズキ、こっちにこい」

 声の方向に顔を上げると、2階からユリウスが指でくいくいとミズキを呼んでいた。

 なんとなくいい予感がしないのはなぜだろう。

 「ちなみに俺が邪魔したらどうなりますか?」

 通りすがりのグリスが冷やかしながら問うと、ユリウスが冷ややかな一瞥で完全黙殺した。

 周りの討伐部隊の面々が、お前バカかと小突くけれどグリスは飄々と笑う。

 ミズキは小さく息をついた。

 「ミズキ、お前が別にそこがいいというなら俺は別にかまわないが、お前のことだからあとでそこらで悶絶する事になると思うが?」

 冷ややかにユリウスがいう。

 いったほうが良いよとミズキの胸の中で警鐘がなっていた。

 けれど、やっぱり嫌な予感しかないわけで。

 そしていかないことも嫌な予感しかないわけで。

 どっちにしろ嫌な予感しかないのなら、譲歩してもらえているのだろう今のうちに……逆らわないのが一番だろう。

 「じゃあ、こっちで準備しているから用意できたらおりておいで」

 ヴィアンに押し出されて、ミズキは二階へと足を向けた。

 ユリウスの執務室に彼と二人で入ると、ユリウスがパタンと扉を閉じた。

 「あの、何の……んっ」

 ミズキが尋ねきる前に扉に背中を押し付けられて唇をふさがれる。

 強引に割ってはいってくる舌を伝って甘い何かが流れ込んできた。

 「はっ……ぁ……」

 ―――甘い。そして美味しい……。

 ユリウスから流れ込んでくるそれに空腹を増していた体がまた喜びを訴えた。

 ミズキがうっすらと目を開けるとユリウスの夕闇色の瞳がすぐそこにあった。

 それが優しく笑んで、まぶたが閉じられる。

 気恥ずかしさにたまらずミズキも目を閉じた。とたんに深くなる口付けにすべての意識がはじけ飛んだ。

 膝ががくがくと震え、腰に力が入らなくなって、扉をずりずりと伝い滑り落ちても、まだ終わらずもとめられる口付けに、ミズキの目じりに涙がにじんだ。

 かろうじて、今度は絶対に背中に回すまいと決めていた手が、どうにか彼を押しやる事に成功した。

 唇がやっとはなれて熱い吐息をこぼしても、まだなお名残惜しそうに何度もついばんでくる彼の唇に、また呑まれそうになる。

 「……だめですよ! なにやってるんですか!」

 ミズキはぐいっとユリウスの肩を押しやった。

 「……食事」

 かすれた声でユリウスが言う。

 は?

 ミズキは眉根を寄せた。

 さっき注がれたのは紛れもなくユリウスの魔力。

 今のでほぼ空腹感は感じないほどだ。

 「昨日、十分頂きましたが?」

 ユリウスを睨むようにミズキが言うと

 「戦いを前に腹が減って動けないのでは困るからな」

 ユリウスはさっきまでの熱を一切感じさせないそっけなさでいった。

 ミズキはかっとした。

 「自分のだって限りがあるんですよ!?」

 「今日食事をしたら、お前が俺に注げば良い」

 何のこともなく言うユリウスにミズキはかあっと熱くなった。

 ―――信じられない、信じられない!

 「ちゃんと自分で調達してください!」

 ミズキはそういうとまだ震える腰をどうにか奮い立たせて、ユリウスの執務室を飛び出した。

 ぷんぷん怒りながら階段を降りて、人気のないフロアに身を寄せる。やっぱりまだ腰ががくがくしてうまく立てなくて、壁に背中を押し当てずりずり滑り崩れてしまった。

 頬を押し付けると壁が冷たくて気持ちが良かった。

 ……あの人のことだ、きっとミズキが移動しなかったなら階段を降りてきてあの強制食事をみなの前で披露したことだろう。

 それを思えば、まだダメージは少ない、少ないけれども。

 ……食事。これは聖霊獣のための食事の行為だから仕方がないんだよ。

 ミズキは自分に言い聞かせた。

 いやなのかといわれたら困る。だっていやじゃないのだから。

 じゃあ好きかと聞かれても困る。だって好んでいるわけでもないのだから。


 力なく頭を冷やしていたミズキのところにレニーがやってきた。

 「大丈夫?」

 レニーはにこにこしながら、しかし少し心配そうにミズキの顔をのぞきこむ。

 「……もう出発ですか?」

 「あなたが行けるならね。腰に力が入る?」

 きかれてしまってミズキはまた一瞬で頬を赤くした。

 ―――ばれてる? 何をしていたか、ばれてる?

 ミズキの冷や汗たらたらの顔に、レニーはくすくす笑った。

 「あのね。エリザベス様とヴィクター様もよく戦闘の前や後に魔力のやり取りをしているのよ。体を繋げちゃったら効率が一番いいっておっしゃってたけどさすがにそれを隊舎でおっぴろげにされるのはちょっとね……」

 レニーも、一見女性らしい柔らかい顔立ちに似合わず、結構さらりと言っちゃってくれる。ミズキは、これ以上ないほど顔を上気させ、あ、そうですかと俯くしかなかった。

 それと体を繋げる、という言葉に、昨日ユリウスが言いかけてにやりとした言葉は、それか! それなのか! と納得する。

 ―――まだユリウス様から聞かなくってよかったかも。

 蒸気が出そうなほどほてった顔を俯かせるミズキに、レニーはピンときたらしい。

 「なるほど。ユリウス様の食事時期は再来月ごろだったからミズキだけって言うのはおかしいと思っていたのよ。対の聖霊獣を宿した人同士って、だいたい食事時期も一緒になるものね」

 ミズキはまたしても顔を真っ赤にした。

 「行きますよ! もう!」

 ミズキはぐいっと立ち上がると、出発準備に向かった。

 


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