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奥方様、初めてのお食事 その1




 『続けたいなら好きに使えばいい』

 ミズキがランドルフ家に来て3日目の昼、ユリウスにつれてきてもらったのは薬草園だった。

 たくさんの薬草が整然と並び、隣のガラスの温室にもたくさんの薬草が整えられていた。

 こんなに美しい薬草園を見たことなかったミズキは目を丸めた。

 『ここは誰が?』

 問うと、前にここに住んでいたマリーンの趣味だったという。

 そしてマリーンが隠居したあとは、庭師が薬草園の管理と世話を続けてくれていたのだそうだ。

 ミズキはそれらすべて一目で気に入った。

 ユリウスは温室の隣にある小屋の鍵と、入室するための魔法もミズキに教えてくれた。

 よい薬だけでなくかなり危険な薬も扱っていたらしいので、知識あるものしか入室できないようにしているらしい。

 アカデミーよりもずっと道具や書物が揃っている小屋に、ミズキは目を丸めた。

 マリーンはどういう人だったのかと聞くと、医師と薬師の家系で本人も医師として長く従事していたと教えてくれた。

 それにしてもこの設備は素晴らしかった。

 リラの街でも空き時間を見つけて研究を続けていた。でも、あそこには薬草も少ないし、道具も乏しかった。

 最低限のもので細々続けていたけれど、限界を感じていたから、こんな素敵な設備を見れば見れば自然と目もきらきらする。

 たくさんのドレスよりも、美しい宝石よりも。

 いや、それらが決していやだったわけじゃないけれど、それでも、この設備の使用許可は今までユリウスがくれたもののどれよりミズキを喜ばせた。

 その日からミズキは午後、時間の許す限り薬草園周辺で過ごすことが格段と増えた。


 そんなこんなで1ヶ月ほど経ったある日……。

 ミズキは薬草の前で腹を抱えて蹲っていた。

 ここ数日感じる空腹感が今日はピークに達して、先ほど昼食を食べたばかりだというのに、我慢が出来ないほど気持ちが悪かった。

 お腹が空いているはずなのに、食べ物を思えば先ほど食べた昼食がこみ上げそうだ。

 こんなことは初めてだった。

 「奥方様、大丈夫でございますか?」

 薬草園の世話の仕方を教えてもらっている年老いた庭師のグンが心配そうにミズキを覗き込む。

 「……すみません、ちょっと吐き気が……」

 さすがに、あまりの空腹感を感じているとは言いづらく、症状だけ訴えた。

 すると、グンはどう捉えたのか

 「……ああ、ああ!! そ、そうですか! つろうございますよね、うちの家内や息子嫁もあの頃は良く気持ち悪そうにしておりましたし。けれど、心配要りません、奥方様! お辛いのは最初の頃だけで……」

 あたふたと顔を赤や青にしながらミズキをなだめた。

 はあ?

 ミズキは変な顔をした。

 グンがいう意味を考えるのは、気持ち悪さが先行してうまく思考がまとまらない、けれど不本意なことを思われているに違いないとだけ思った。

 「奥方様、大事なお体です、どうぞそこの長いすに横になってくださいまし」

 とりあえずグンに言われるまま長いすのところには向かった。

 そこに、たまたまハーブを調達に来ていた、厨房で手伝いをしているミウが通りかかった。

 「ああ、ミウ。ユリ様かラン様を呼んできてくれないか? 奥方様が気分が優れないと言われているんだ」

 グンがいうとミウはミズキの前に足を着いて覗き込んだ。

 「失礼いたします、奥方様。どのように気分が優れないのでございますか?」

 ミズキはミウを見た。

 荒くなる息の中、どうにか

 「……胃がむかむかして……吐きそう」

 それだけを告げる。

 「昼食は半分くらい残されておりましたよね?」

 ミウの確認にミズキは頷いた。

 というより、ここ数日、午前に行われている訓練が厳しさを増していて、胃の感覚が麻痺してほとんど完食できたためしがない。

 夜になってようやく食べられる。

 ミズキの様子をグンとミウは互いに顔を合わせて頷きあった。

 「奥方様はまだお若くて、何より初めてのことでしょうから戸惑いになられておるかもしれませんが、大丈夫ですからね? 私だって何度も経験しましたから。すぐにラン様やユリ様を呼んでまいります」

 ―――なんだか嫌な予感がする。

 ミズキはミウやグンの様子に違和感を感じつつ、全身を襲う激しい空腹感に体を押さえた。

 

 ほどなくして、ユリウスがやってきた。

 整わない息で見上げるしかないミズキの様子に、唇の端で笑みを浮かべていた。

 「旦那様」

 グンがオロオロとユリウスを見上げるが

 「迷惑かけたな。あとはかまわない」

 ユリウスはグンに言葉をかけ頷くともう彼をシャットアウトしてしまった。

 ミズキを見つめ

 「苦しいか?」

 今更のようなことを確認する。

 むっとしてミズキはふいっと視線をそらせた。

 なんとなく癪に障ったので、どうにか自力で腕を突いて起き上がるけれど、ぶり返す苦しみに顔が上げられない。

 「無理しなくて良い」

 ユリウスはミズキの髪をさらりとかきあげると顎を捉えて上に向けた。

 ―――なに?

 「口、あけろ」

 言葉を発する前に、ユリウスの顔が近づいてミズキの唇を柔らかなものが触れる。

 うっすら開いていた口から何かが入ってきた。

 閉じようにもねっとりとしたものに拒まれる。

 「んっ」

 ミズキは真っ赤になって抵抗しようとしたけれど、注ぎこまれている何かに体が震えた。

 柔らかく甘く自分の体を満たす。

 物凄くこれを欲していた、そう体が訴えた。

 自然とミズキの手がユリウスにすがっていた。

 彼の首や背中に手を回し、離したくない、もっと欲しいと抱き寄せる。

 「……ぅん……」

 本能というものは恐ろしく、それまでの理性とか何とかをすべて打ち砕いた。

 ミズキはユリウスの背を逃すまいと引き寄せて、流れ込むそれをこぼすまいと必死で口をあけて求める。

 くちゅりと音がたって、唇からこぼれ出てもそれすらもったいないと追いかけた。

 ―――もっと……もっと欲しい。

 ユリウスが髪を後ろに撫でる手も、背中を押し上げる力強さも、すべてもっと欲しい。

 目じりににじんだ涙が、つうっとミズキの頬を流れてはじけた。

 はあ、互いに唇を離した後、熱い吐息が零れ落ち、2人をつないだ銀の糸が垂れた。

 「……ずいぶん情熱的だな」

 ユリウスがにっと笑いながらミズキを覗き込む。

 ミズキはその言葉にはっとして自分の口元を両手で覆った。

 慌ててベンチの上を後方に下がるけれど、逃げ場は程なくして失った。

 「気分はどうだ?」

 ユリウスに問われて、ミズキはさっきまで感じていたどうしようもない空腹感が緩和されたことに気付いた。

 「……なにをしたのですか?」

 睨むようにユリウスを見れば、ユリウスは小さく笑った。

 「食事だ」

 「……は?」

 「お前のその聖霊獣が腹をすかせているんだ。目覚めた時に小物の妖魔を1匹食っただけだからな。そろそろと思っていたから俺の力をいれた。うまかったか?」

 「……!!」

 ミズキはまた真っ赤になりながら口元を隠した。

 まだ口元にも咥内にも艶かしく淫らな感触がそこここじゅうに残っていた。

 ユリウスはそんなミズキの様子に満足したのか、ミズキの体に手を差し入れてすっと抱き上げた。

 「じ、自分で歩けます」

 ミズキが言うけれど

 「どうやらお前はつわりで気分を悪くしているらしいということになっているようだからな」

 ユリウスがくつくつと笑う。

 ―――つわり? って……妊娠の初期症状? って……えええ!?

 ミズキは一瞬後、ぽぽぽんとユリウスの肩を叩いた。

 「なおさらおろしてください! んなことあるわけないじゃないですか!!」

 真っ赤になって訴える。

 そんな誤解は勘弁願いたい!

 そういやグンやミウの様子が変だったとは思うけれど、そんな誤解だけは心底勘弁!

 「別に俺は今すぐそれが事実になってもいいのだが?」

 「よくないよくない! ないですって!!」

 ミズキはぶんぶん頭を振り回し、ユリウスはまだくつくつ笑いながら、幼い子をあやすようにミズキの肩をぽんぽんなだめた。

  



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