奥方様のお仕事~特訓編~ その1
その後ミズキはよろよろになりながらどうにか朝の用意をした。
朝からすっかり疲れていた。
朝食のあと、前日に言われていた通りユリウスに幻獣討伐部隊の詰め所に連れて行かれた。
そこにいたのは30人ほど。ほとんどが男性だった。
その中央に、ひときわ目を引く豊かで豪奢な金髪を持った美しい女性がいた。
4家の聖霊獣継承者で紅一点、エリザベス・エル・ドーンだった。彼女はミズキを見るなりぱっと目を輝かせた。
「まあまあまあ!!」
彼女はパアアと瞳をきらきらさせ、頬を紅潮させながら襲い掛かるように抱きついてきた。
ミズキにはいきなりすぎてわからない。
―――あわわわわ。
豊満なエリザベスの胸に圧迫されて息が苦しい。いや、柔らかくて気持ちいいけれど、でもそこはそれ。
「エリー、食うなよ」
ユリウスが呆れ交じりにいう。
「とうとう目覚めたのね! おめでとう、ユーリ」
エリザベスはニコニコとユリウスに祝福の言葉をかけた。
その一方でミズキはぎくりと胸を何かでえぐられたような感覚に陥った。
エリザベスの呼んだ、ユーリという愛称。それはなぜかミズキの胸にじくりとした痛みを残した。
「エリザベス様、それ以上圧迫されては彼女が窒息死して、それこそユリウス様に今度こそ恨まれますよ」
「あら? 大丈夫?」
慌ててエリザベスに離された。
一瞬浮かべてしまったミズキの仄暗い顔は、幸いな事にどうやら酸欠で苦しかったものと流されたらしい。
ようやく一心地ついたミズキは恩人を見た。
と、そこにいた懐かしい顔にミズキは目を丸めた。
「レニー先生!」
「ええ。お久しぶりね、ミズキ・レイノール」
そこにいたのは、ミズキがアカデミーに入学した日、生徒全員の稀人判断をしていたレニー・マカイだった。
「先生、討伐部隊に所属されていたんですか?」
「そうよ。アカデミーの教師はここの合間にね」
レニーはニコニコミズキを見つめると「あなたにはきっと何かあるだろうと思っていたけれど、あのときは休眠中の聖霊獣がいたから魔力がかけらも感じられなかったのね。また手を握らせてくれる?」
ミズキに握手を求めた。
ミズキが両手を差し出すと、頷いてその両手を上から包むように握る。
さああ。
ミズキとレニーの間に風が吹き上がった。
二人がふわりと浮きそうなほど軽やかな風だった。
―――ああ、気持ちいい。風の通り道に立ってるみたい。
ミズキがそう感じていると
「……ああ、すごい。そう、これが本来のあなたの魔力なの。とても気持ちいいわ」
レニーも嬉しそうに頷いて、ミズキの手を離した。
風もやんで、ミズキとレニーの髪も穏やかに落ち着く。
「ミズキ・レイノール。ようこそ、幻獣討伐部隊へ。あなたを歓迎するわ」
エリザベスはうっとりするような笑顔でミズキの頬に唇を押し当てた。
まわりの隊員からもおおっというどよめきがあふれる。
「エリー……コレはお前のおもちゃじゃない」
ユリウスが呆れながらミズキの腕を引っ張った。
エリザベスはおやという表情をしてまたおかしそうに笑った。
「そう。あなたでもそんな顔をするの」
2人とも愛称で呼び合うことからどうやら相当仲が良い様子が伺えた。
―――……2人とも4家の貴族さまだものね。年齢も近そうだし……。
たしかエリザベスのほうが年上だったように記憶している。
なぜ知っているかと言うと、アカデミー時代、女子の間ではユリウスの名前が良く挙がっていたように、男子の間ではエリザベスの名前が挙がっていたのだ。
と同時にミズキは別のことも思い出していた。
確かエリザベスは……。
「今はそんな話じゃない。とりあえず、覚醒したばかりで体がついていかないだろうが……エリー」
ユリウスはエリザベスの表情などまるっと無視して、彼女に手近な棍棒を投げる。「動きを確認したい。これの相手してほしい。できそうか?」
―――これ、というとやっぱり私?
ミズキはユリウスとエリザベスを交互に見た。
「おい、ユリウス」
大きすぎて見えなかったけれどエリザベスの隣にいた大男が顔色を変える。
しかしその大男を遮ってエリザベスはミズキを見、赤い口元にこれ以上ないほど愉しそうな笑みを浮かべた。
「いいの? 殺しちゃっても知らないわよ?」
「それでやられるならそれまでだ」
背後にいた大男はげんなりと息をついた。
さらっとエリザベスは物騒なことをいったような気がするけど、ユリウスもさらりと流してしまい、ミズキはああ、と気付いた。
―――やっぱり私、彼にとって要らない子?
エリザベスは4家の月と太陽の聖霊獣継承者だ。
幼い頃から訓練もつんでいるという。その強さはアカデミーでも有名な話。
初心者のミズキにあてがう相手ではない。
―――ま、そうだよね。
ユリウスを少し優しいの人なのかな? と思ったけれど、実はたんに自分で手を下したくなくて、こうやって他人に始末させたかったのかな。
ミズキの顔がくしゃりとゆがんだ。
と、その頭に大きな神経質そうな手がぽふんと置かれる。
ミズキが顔を上げると
「一ついうが、体の動きに逆らうな。でないと本当に死ぬぞ」
そう助言をくれた。
―――鬼の慈悲?
ミズキはぽかんとユリウスを見た。
「おい、聞いているのか?」
確認されて、おずおずと頷いた。
この人は自分の死を望むだろうか?
本当に?
今朝方、自分の頭を撫でていた手を思えば、それは信じがたい。
ミズキは苦い笑みを浮かべた。
もし自分に死んで欲しいのであれば、彼は10年前のあの日、ミズキを助けたりせずにそのまま殺してしまえばよかったはずだ。そのほうが次の対の聖霊獣継承者が見つかる確率はもっと高かったはず。
「……ごめんなさい」
変なことを考えてしまって。
ミズキはユリウスに謝罪を述べて、棍棒を手にした。
きっとユリウスには何か考えがあるのだろう。
ミズキはそう思うことにしてエリザベスに対峙した。




