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青き日々 その5


 教会に戻ってみると、子供が無事に戻ってよかったね、だけで話は終わらなかった。

 いや、子供が無事に戻ったことは喜ばしかったけれど、ミズキにはいろんな質問がバケツから浴びせられる水のように降り注がれた。

 森の魔物の結界が外れた瞬間とあの魔物が消えたときに溢れた光がどうやら教会まで漏れ出ていたらしい。

 教会としては、自分たちの敷いた結界が破られたうえ、魔物の結界に上書きされた負い目もあるけれど、それ以上にあの強固な結界を破った力を知りたかったらしい。

 ―――……そんなの、私のほうが知りたいわ。

 ミズキは心の中で毒づいた。

 むしろ自分の中にあるなんだか不思議な感覚を誰かに説明してほしかった。

 幸い、その日は、ミズキにも疲れただろうから詳しい話は明日もう一度聞かせろと開放された。

 そしてやってきた朝。

 ミズキは、いの一番に長老たちの部屋に召喚された。

 しかし幾度となく教会の長老や司教から説明や再現を求められて、ミズキはうんざりした。結局のところ、昨日の質疑応答の繰り返しだ。

 何度聞かれてもミズキの返事は一つだというのに。

 「ええ、ええ。たぶんあの魔物の結界を破ったのは私でしょう。けれど、あいにくと、もう一度やれって言われてもできませんっ! 無理ですっ! 言うなれば火事場の馬鹿力みたいなものですから」

 きっぱりと言って、その場を離れる。

 まだ話は終わってないという声を振り切って、扉に手をかけた。

 だって本当に、もう一度やれといわれてもできない。

 半分ヤケ状態で乱暴に扉を閉め、外に出た。

 部屋から出ると、アーネットが立っていた。

 彼女もまた昨日の話をもう一度説明させられていたのだろう。

 そういえば昨日、子供をつれて戻った直後から別々に事情説明を求められていたから、あれからあって話をするのは初めてだった。

 「昨日は、ありがとう。おかげであの子達を早く見つけることができたわ」

 ミズキが礼を言うと、彼女は眉根を寄せた。

 「……なんでお礼なんて言えるの?」

 訝しげに聞かれて私のほうが首をかしげた。

 「捜してた子供をより早く見つけられたから、お礼を言ったのっておかしいかな?」

 少なくとも、子供たちのいるだろう方向を探してくれたのはアーネットだ。

 しかし、ミズキの返答は彼女にはお気に召さなかったらしい。

 「そういうイイコちゃんぶってるところが嫌いなのよっ! あの森に魔を呼んで、あんなにしたのが私って知ってるくせにっ!」

 彼女が身体を踏ん張って叫んだ。

 ミズキはその言葉に静かに頷いた。

 きっとアーネットは魔払いの練習をあの森でしていたのだろう。最初の頃は下等魔だったはずが何らかの原因で大きく成長してしまった。

 そして教会の結界を食い破ったのではないか、というのがミズキの見解だ。

 それが魔法使いの研究熱心すぎるゆえ陥りやすい罠であると知っていたから。

 「でも、あなたは一緒にきてくれたじゃない」

 ミズキが言うと、アーネットは唇をかみ締めて

 「やっぱり、あなたなんか嫌いよ」

 ふいっとあっちにいってしまった。

 ミズキは残念そうに苦く笑った。嫌われるよりも好かれていたいのは人間の本音だと思うから。

 「じゃ、その分私はアーネットを好きになるよう努力してみるよ」

 その背にミズキは小さく笑って教会の外に向かった。


 教会から街に降りるための長い階段を降りていると、目の前に場違いなほどの高級な馬車が止まった。馬は葦毛で美しい。

 ……どこの金持ち大司教がきたのか……。

 いぶかしげに見ていたら、高級馬車の後部座席が開いて、場違いなほどの存在感を振りまくあの人が降りてきた。

 ……なぜ?

 なぜ彼がここにいるの?

 今日、リラの教会に彼が来ることが予定にあっただろうか?

 否、そんなことがあれば学校の女の子たちや若いシスターたちが浮き足立つはずだ。

 疑問を抱きながら、ミズキは頭を下げ、道の端によけた。

 さっさと通り過ぎて欲しい。

 彼が近くにいることで疼きだした右手をぎゅっと握って耐える。

 しかし、艶を放つ美しい黒革の靴は、ミズキの目の前で止まった。

 「なるほど……な」

 いつぞや聞いた涼しげな声音が降り注ぎ、ミズキは恐る恐る顔を上げた。

 終了式で見た顔がもっと近くにあった。

 ユリウス・マール・ランドルフ。

 ミズキよりも5歳年上だというから、現在23歳。

 その美しい男が、ミズキの向ける疑問符だらけの視線をまるっと無視して、ミズキの右手をとった。

 一段とその右手が熱く疼く。

 「つっ」

 あまりの熱さに眉を寄せると、彼は自分だけ何か納得したようにふむと頷いた。

 「思ったとおりだ」

 彼はそう言うとミズキの腕を引っ張って階段をおり始めた。

 いやいやいや。だからなんなの。

 一人で納得しないで欲しい。

 「すみません、何が起きているのですか?」

 困りつつついていくと、彼が乗ってきた馬車に押し込まれそうになった。

 「説明の必要など、ないと思うが?」

 有無を言わせぬ瞳に見つめられ、次の言葉を飲み込みそうになったけど、いやいや、ここでひるんではまずいだろう。

 「いえ、私には今この現状が全くちんぷんかんぷんです」

 どうにか言うと彼は面倒くさそうに口を開いた。

 「では聞くが、今、俺に収監されるのと、次に来るジジイどもに収監されて今後の人生をモルモットにされかけるのと、どっちがいい?」

 「なんですか、その良くわからない2択」

 「言葉のままだ」

 彼の瞳は揺るがない。

 いやいやいや。

 そもそも選択肢が2つしかない時点で意味が全くわからない。

 「モルモットにされかけるっていってもモルモットにはされないんですよね?」

 ミズキが確認すると、彼はくつりと笑って

 「面倒な手続きを踏んでから、どっちにしろ俺のところに来る事になるな」

 そういった。

 それって2択といいつつあまり2択になっていない気がする。

 どっちにしろ、彼のもとに行くことは決定らしい。

 「私の都合はどうなるのです」

 ミズキがどうにか見上げ尋ねると彼は鼻で笑い飛ばした。

 「お前、たかが新人司祭が大司教や枢機卿に逆らえるとでも?」

 ぐっ。

 身分や階級を言われると身も蓋もない。

 ミズキは顔を抑えた。

 と、そこに

 「ミズキ?」

 ノアがミズキを探す声が聞こえた。

 「ノア、ここです」

 ミズキが階段の上を見上げると、ノアが顔をのぞかせた。ミズキの顔を見てほっとしたように表情を緩めたのも一瞬で、その背後に立つ彼を見て、すぐに頭を下げた。

 頭を上げないように階段を急ぎ降りてくる。

 そんなノアの様子に

 「慌てなくても良い。しっかりと降りるといい」

 彼が良く通る声で言葉をかけた。

 おや?

 ミズキは背後の彼を見上げた。

 ノアはいっそう身を低くし、しかしゆっくりと確実に階段を降りてきた。

 そして、ノアは彼の前に身を置くと、再び頭を下げた。

 突然現れた彼に、ノアは驚いてはいない様子だった。むしろ安堵したような表情さえ浮かべていた。

 ミズキがわけもわからないまま双方を見比べていると

 「ノア・エルトーン、時がきた。今日までの労に感謝する。これは確かに貰い受けた」

 彼がミズキの腕を引っ張った。

 「は」

 それに対しノアは何の疑問もないように頷く。

 ―――え。これ、って私か?

 彼が再度頷き、それで話は終わったといわんばかりに再び車に乗せられそうになって、ミズキはもう一度待ってと声にした。

 「話が見えないです。もう少しわかりやすくお願いできませんか」

 ミズキが彼の濃い青い瞳を見上げ尋ねると、金色の髪をかきむしり

 「アカデミーを2年で出てきたわりに、馬鹿だな」

 面倒くさそうに呟かれた。

 な、なんだと!?

 「この状況を、説明なしに分かれというほうが無理です!」

 ミズキがもう一度言うと彼はやれやれと心底面倒くさそうにため息をついた。

 ―――なんだ、その大きなため息。 失礼な人だな。

 それがミズキの抱いた彼に対する印象だった。

 しかし。

 「お前、昨日の夕刻に何をしたか分かっているだろう?」

 彼がミズキの右手を取った。また襲ってくる手のひらの熱さに目が開けられない。

 そして

 「もう一度聞く。このまま俺と行くが、ジジイどもに弄られてから俺のところに来るか。お前はどっちを選ぶんだ?」

 やけどしそうな手を強く握られて眉をしかめた。

 つまり、彼の言うところのジジイ……これからどうやらくるらしい枢機卿たちに再び昨日のことの尋問を受けて、この火事場の馬鹿力的な能力を無茶苦茶に調べられるってこと?

 「いっておくが、あっちについていったら結構な拷問だぞ」

 付け足された情報に、ぞくっと背が震えた。

 「……モルモットなんて絶対に勘弁」

 ミズキが言うと、彼はにっと笑った。



 その時乱暴に山を上がってきた別の黒塗りの馬車に彼の表情ががらりと消えた。

 いつもの無表情になり、馬車から降りてきた男たちを睨みつける。

 男たちは、彼の存在に少し怯んだが、ミズキを見ると

 「ミズキ・レイノールだな。中央枢機部の枢機卿方がお呼びだ。すぐに来てもらおう」

 ミズキの腕をつかもうと手を伸ばした。

 だが、すべてミズキの背後から伸びた手に振り払われる。

 「これは10年前私が見つけて以来、私の管轄下にある。此度起きたことも私の管轄下においてのこと。枢機卿方の手を煩わせるほどのものではないと思っているが?」

 表情を消し、ただ綺麗で氷のような空気だけを醸し、男たちを一瞥する。

 男たちは一瞬体をこわばらせ、互いに顔を見合わせた。

 男たちの背後にいるのは幹部クラスの枢機卿たちだ。そして彼の身分はそれと同じく枢機卿。しかし彼はそれ以上に大貴族……しかも4家の稀人という身分があった。

 男たちはしぶしぶ下がる。

 そんな様子に満足すると、彼はミズキの腕をつかんで今度こそ自分の馬車に乗り込んだ。

 「……水を差すようで申し訳ないのですが、私、荷物がすべて上の宿舎にあるんですけども」

 ミズキが言うと、彼は

 「身一つで結構」

 ミズキの言葉なんぞきいてもらえなかった。

 ミズキの眉が不審げに寄る。

 ミズキとて年頃の女の子でもある。着替えや身支度を整える道具ぐらいは持ちたい。

 不満をありありと書いたミズキの表情をどう捉えたかは知らないが

 「声をかけなくていいのか?」

 彼が唯一許してくれたのは、ミズキの育ての親との挨拶だった。

 窓が開くのを待ちきれず

 「ノア!」

 彼女を呼ぶと、ノアは微笑んで頷いた。

 「ミズキ。どうか元気でね。あなたの道行きに光あれ」

 ノアの温かい笑顔一つがミズキの大切な荷物となった。


 

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