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小話的なプロローグ*前*

 ああ、もう死ぬんだなって漠然とゼンは思った。

 目の前で巨大な爆発が起ころうと炎の力の塊が凝縮されているのがわかったから。

 苦戦の末どうにか倒すめどがついたところだったのに、相打ち狙いに切り替えるだなんて想定外もいいところだ。

 あの炎の集まり具合じゃ、こっちも疲労がたまった体で一瞬結界を張ったとしても、瞬く間に飛ばされちまう。そうなったらここら一帯巻き込んで全員黒こげになるだろう。

 全く最後の馬鹿力で、とんでもねえ隠し玉を出しやがった。

 あーあ。

 こんな片田舎で死ぬなんてなあ。でもこんな商売、こういう終わりはまあ覚悟のうちだなって、ふっと唇に笑みも浮かんでた。

 なのに。

 目の前に白い光が飛び出してきた。

 いや、よく見るとそれは白い光をまとった女だった。

 「おい、逃げ……」

 言葉に出来ないうちに、あの化け物の口が大きく開き、凝縮された炎が開放を求め弾けた。

 強烈な光があたりを覆う。

 あまりのまぶしさにゼンは反射的に目をとじて背を向けた。

 

 



 小話的なプロローグ*前*



 


 北東の国境であるアニアス川沿岸に妖魔が出るといわれて、ゼンは国王じきじきに討伐を命じられた。

 ゼンは騎士として有能な人間だった。口は悪いが、それでも心知技体のバランスがよく、これまでもいろんな地方反乱といったイザコザの平定や、魔物討伐などを数多くこなしてきた。おかげで庶民階級出身の27歳の若さでありながら『蒼の騎士』という一代限りの爵位と称号を賜っている。

 命令を賜ってすぐさま、ゼンは気心知れた部下を5名ほど引き連れ現地に赴いた。

 現れる妖魔について詳しい情報がなかったため、付近の情報収集をしつつ罠を仕掛けて待つこと6日。

 思ったよりもあっさりと獲物は引っかかった。

 最後は引っかかって欲しくないなど逆を願っていたのに、そういうときに限って出てきてしまったというべきか。

 目撃情報を集めるうちに、妖魔は大型の鳥型をしていること、火を扱う火炎族であること、そしてとんでもなく魔力が強いことがわかってきた。

 ただし、間近でそれを見た人間は一人も生き残っていない。

 遠く離れた場所で見たというものばかりだ。

 「デルマ、どう思う?」

 ゼンは部下の一人である魔術師のデルマに問うた。

 「どうやら厳しいですね、正直」

 妖魔が燃やしたという、元は民家であったはずの消し炭を拾い上げ、デルマは正直な感想を呟いた。

 消し炭から、妖魔の魔力の残滓を探っていたのである。

 「ただの炎じゃない。……これは小物の妖魔ではなく幻獣です。幻獣討伐部隊にまわしたほうがよさそうです」

 デルマは消し炭をその場に転がすとパンパンと手を払った。

 ゼンはふむと頷いた。

 この世界において妖魔というのは、この世界をつかさどる力の根源、火・水・風・土・黒(闇)・白(聖)という6つの元素のいずれかに属した魔力を持った厄介な獣である。だいたい、魔力と知性の大きさによってその大きさや形態は異なるが、妖魔と分類されるのはだいたい犬や猫、トラに毛が生えたくらいの獰猛な小物を称する。

 知性もそんなに高くはない。

 だから魔術師や騎士が相手でもどうにか対処ができる。

 しかし、幻獣となれば話は変わる。

 幻獣は妖魔の上位種族と思われている。実際どうだかわからないが、妖魔とは比べ物にならないほど魔力が高く、そして知性も高い。とんでもない化け物だ。

 もっともめったにお目にかかることはない。

 たとえば50~60件ほど妖魔の報告があれば、その1件が幻獣であるかないかの頻度である。

 ただし、その僅かな報告である幻獣に過去どれだけの騎士が命を失ったか……。

 そのため、幻獣討伐専属の部隊がいる。

 ただの騎士では相手にならないからだ。

 ゼンクラスの剣の技、知識、体力があってなお足りないもの。それは魔力。

 圧倒的剣技と身体、知力、魔力を兼ね備えて初めて幻獣討伐専属部隊に入団を許される。

 そんな人間が束になって幻獣の討伐にあたるのだ。

 ゼンも過去何度か幻獣討伐部隊のサポートに入ったことがあるが、あれは人ではない別次元の生き物じゃないかと思っている。

 「じゃあ、作戦は練り直しだな。王都に伝令。『目標は妖魔ではなく幻獣。幻獣討伐部隊に交代を願う』」

 ゼンが言うと、デルマは呪文を唱えながら手の中に赤いまあるい玉を生み出した。それはすぐに赤い小鳥となって空に舞い上がる。

 鳥は彼らの頭上を2周ほどくるりと円弧を描き王都の空へと羽ばたいて消えた。

 ……しかし。

 その夜幻獣は再び沿岸の町に現れた。

 「まったく、選手交代を願ったその日の内ってどうよ?」

 ゼンはぼりぼりと頭をかいた。

 「ま、隊長の日ごろの行いの悪さにたたられたんじゃないですかね?」

 気心が知れているからか、部下たちの台詞も上司にたいしてとは思えないほど歯に衣着せぬ物言いであった。

 「おまえらな」

 ゼンは苦笑いしつつ、剣を幻獣に向けた。

 本当は笑う余裕なんてない。

 けれど逃げ出すわけにも行かなかった。


 目の前の化け物は確かに妖魔などいう可愛らしい存在ではなかった。

 あふれんばかりの炎をまとった、美しく赤い巨大な鳥。羽を羽ばたかせるたび炎の残滓が木々を焼く。

 赤い炎、黄色い炎、白い炎。

 さまざまな色の炎が鳥の羽一枚一枚を燃やし輝かせて、鑑賞だけならずっと眺めていたいほどに美しい。

 誰だ? 最初にこれが妖魔だって報告したヤツ。

 こんなの、一目見ただけで幻獣ってわかるレベルだろう。

 ああでも、とゼンは思い直す。

 間近でこれを見ただろう人間は一人も生き残っていないのだ。

 遠くからでは確かにこれが妖魔か幻獣かの区別はつかないだろう。

 「っとに、人に危害さえ与えないでいてくれたら、美しい存在だと思うのにな」

 ゼンは目の前の化け物を見つめながら呟いた。

 「まあ、人に頭を下げた幻獣の話も聞きますけどね。でも、ただの人間に幻獣を養う魔力なんてありませんって」

 デルマが苦笑いしながら、その手のひらに水属性の魔力をためる。

 デルマの魔力はごく一般的なものだ。

 だがごく稀にこういう圧倒的な存在を手懐ける魔力を持った人間がいる。ごく稀にいる人なので、稀人と呼ばれる彼らは、特殊な魔力で幻獣を酔わせ従わせるという。そうして従わせた幻獣は精霊獣と呼ばれ、主人に仕えるらしい。

 現在、この国には6人、その稀人が存在することが明らかになっている。うち4人は生まれながらに稀人になることを義務付けられた人間で、残る2人は聖霊獣によって稀人に選ばれた人間だ。

 生まれながらに義務付けられた4人というのは、血統として聖霊獣の継承義務をおったこの王国最大貴族の4家のこと。そのうちの1家は王家である。

 どのみち地位も身分も自分たちじゃお目にかかることもない、はるか上の人間だ。

 ―――まあ、でもあの中の一人は知ってるか?

 ゼンの口元に笑みが戻る。

 だが、そんなことを思っても、残念ながらこの場にそんな稀人はいない。

 そして王都に飛ばした伝令も、きっと幻獣討伐部隊派遣の要請を伝え、本部も検討をしてくれているだろうけれど、今この場には間に合わない。

 「ああ、もう。もう一杯、酒のんどきゃよかったなあ!」

 ゼンはぼやきながら煌かせた剣を化け物の鳥に向かって打ち込んだ。

 ガウウウ……

 巨大鳥が咆哮をあげる。同時に炎があふれてきた。

 それをデルマの水と氷の混合魔法が受け止めた。

 相反する属性には、相殺という力が働く。しかしどちらかが強ければ余波が帰ってくる。

 今もデルマよりも幻獣の魔力が強いため相殺できなかった炎の矢が、方々に散った。

 「まったく、どうかお引取り願えませんかね」

 ゼンは剣に左手を掲げた。手からあふれる魔力を剣に満たしていく。

 「隊長、のんきなこと言ってないで。どこから攻めるか決めてくださいよ」

 若手の中でも期待株であるジルが、じりじりと間合いを詰めながらゼンに問うた。

 結構やばい現場だというのに、ここにいるものは誰一人逃げ出そうという考えを持っていなかった。

 もういくつか場数を踏めばゼンをも超える騎士になりそうな連中ばかりだ。

 ―――どうせなら、あいつ等には逃げろって言いたいんだけどな。

 しかし、ゼンがそれをいったとして素直に従うような可愛らしいタマじゃないことも十分承知していた。

 「んなもん、俺の性格知ってたらわかるだろ!」

 ゼンは剣に冷気を帯びさせると、翼の片方に向け剣を振り下ろした。

 同時にデルマの氷の粒の魔法攻撃もそこに打ち込まれる。 

 とにかく一点からでもいい、途切れることなく集中攻撃を。

 化け物が吼えるたびにあふれる炎の矢をかわし、皆、剣に水や氷魔法をまとわせて巨大鳥に立ち向かった。


 空が薄明るくなり始める頃。

 ―――やばい、な。

 ゼンは肩で息をしながら幻獣を睨みつけていた。

 幻獣は片方の翼をだらんと落としてはいるものの、まだまだそこに健在だった。

 翼が片方になった分バランスが悪く動きも鈍くなったが、吐き出す炎の力が更に増えた。

 もうデルマだけの魔法では相殺作業なんてできやしない状態だった。

 そのデルマだって一晩中魔法放出させている。いい加減危ない。

 魔力は限界まで使うと、回復に時間がかかるのだ。

 「……ジル、デルマ、ノートン、エディ、シュー」

 生きているか? 無事か?

 ゼンは部下たちの名を呼んだ。

 すると、息絶え絶えではあるけれど、それぞれに返事が返ってきた。

 とりあえず、全員無事のようだ。

 「動けるか?」

 ゼンが問うとジリリとそれぞれに間合いを詰めだしたのが分かる。

 動けるのなら今度こそ逃げろと言おうとした。

 しかし。

 「……隊長」

 ジルが絞った声でいう。「今更、逃げろなんて、言わないでください、……よ?」

 「おなじく、です」

 頼もしい部下たちの言葉に、自然とゼンの唇が上がる。

 「んじゃ、もう一踏ん張り、たのむ!」

 「ヤー!」

 最後の力を振りし切って、幻獣に立ち向かった。

 さっきから気になっていた、幻獣の喉もとの白い炎。

 幻獣が吼えるたびそこが微かだが膨らむ。

 カンだった。

 そしてそれはドンピシャだったらしい。

 ゼンが剣を打ち込んで、振り返ると、幻獣は断末魔の声を上げた。

 ―――どうやら、どうにかなった、か?

 あたりを見渡せば、部下たちもぼろぼろの姿でどうにか立っていた。

 しかし足や腕、いろんな場所に血をにじませたりして、剣に支えられて立っているのがやっとと言った感じだった。

 でも、まあ生きてる。

 ゼンが止めをささんと幻獣と対峙した時に、異変に気がついた。

 ……幻獣の体が魔力を暴走させ始めたことを。

 そこここ中からすごい勢いで魔力が集まり始めているのが分かる。

 あんなものが爆発してしまえば、このあたり一帯吹き飛んでしまう。

 ―――逃げろ!

 部下たちに手を伸ばす。

 けれど誰一人走って逃げる力など残っていなかった。

 歩いて逃げてもきっと巻き込まれる。

 そして結界を張っても、もうふきとばされるのが分かってる。

 ゼンは小さく笑んだ。

 ああ、ここで死んだな、と。

 しかし。

 ゼンの前を白い光が遮った。

 正しくは白い光をまとった女性。

 「おい、逃げ……」

 ゼンが反射的に叫ぶより早く幻獣は大きく口をあけ、最後の咆哮をあげる。

 まぶしい光があたりを覆った。



どうぞよろしくお願いします。

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