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8 告白

走ってきたのだろう。息を切らしている。


後方からカッツンカッツン音がしてうるさいと思っていたのだが、下駄で走ってきた烏帽子様が出していたらしい。無性におかしい。


「下駄ですね」

「慌、てて、飛び、出して、きたから」

「鍵はかけてきた?」

どうでもいいことばかり聞いてしまう。

「ウチには、優、秀な、門番が、いるから、大丈夫」


息を整えた烏帽子様は私のちゃかしにもめげず、真っ直ぐ見つめてきた。

「環さん、話を聞いてほしいのだけれど、いいかな」

逃げないように牽制された気分。ついでに、肩をがっしり掴まれる。

そんなことしなくてももう逃げないよ。




「環さん、私は、神で人とは違います。貴女からしたら面妖な力も持っています。色々制約もあって遠くへは行けないですし、年はよく覚えてませんが、だいたい250歳のおじいちゃんでもあります。だから、貴女を楽しませることは出来ないかもしれません。今まで縁遠かったので、女心には疎いですし、実を言えばなぜ貴女が逃げてしまったのか分かっていません。それでも、私が神であっても、貴女が傍にいてくれたらと願ってしまいました。環さんが好きです。このまま一緒にいてくれませんか?」


「烏帽子様の穏やかな性格が好きです。にこにこ笑っている烏帽子様が好き。それと一緒に美味しいものを探したり食べたり作ったり、そんな時間を過ごすのも好き。私を送り出して迎え入れてくれる声が好き、笑ったときに目尻に出来るしわも大きくて暖かい手も、烏帽子様の全部が好きです」

私の肩の上で、小刻みに震えていた烏帽子様の手に手を重ねる。なんだか自分を否定ばかりしているけど、そんな烏帽子様が好きなのだ。好きという気持ちを伝えたい。


「正直、烏帽子様は私にとって神様という感じではないのです」

カレー鍋で絡み酒したときからね。


「今まで、友人だと思っていました。または弟のようなものだと。でも、おかしいんです。兄弟や友人なら、一緒にいてもドキドキしない。用事で会えなくても、あんなにがっかりしない。2度と会ってもらえないかもと思えば、胸が潰れるような気持ちになりました。朝は、逃げてしまってごめんなさい。気づいたのはさっきですが、私は烏帽子様が好きです」




痛い、痛い、痛い。

好きですって言ったら、抱きしめられてるけど、痛い。恥ずかしがる暇もなく痛い。

「本当ですか!?本当に?」

信じられないのか、聞いてくるけど痛い。

「本当。だけど、痛いから放して」

痛いと聞いて、がばりと身体がはなされる。けど、まだ肩は掴まれたままだ。

ちょ、目が怖いし。まだ続きがあるんだけど。


「あの、でもですね。まだ、結婚は早いと思うんです。まだ私達出会って1ヶ月じゃないですか?もっとお互いをよく知っていきたいと言うか…」

「へっ?結婚?」

あれ?さっきのはプロポーズかと思ったけど違うの?


「このまま一緒にいてくれませんかって…」

「えっ。ああ!!違います、いや、そうでもいいのですけれど、そうじゃなくて男女交際の方です」

男女交際って古めかしいな。




くしゅん。手の内のHOT飲料も温くなり夜風で冷え始めた頃、テレテレな状態で浮かれていた私達は正気に戻った。

「このままここにいるわけにも行きませんね。送っていきますよ」

見慣れた苦笑いをして烏帽子様が自宅方向へ進み始める。


でも、私は進まない。

ついてこないことを不思議に思った烏帽子様が振り返る。

うつむいたまま無言で差し出す右手。


重なる右手。ついでに、上下に振られる。これは、いわゆる、握手ですね。

「…握手じゃない。左手、出して」

「ごめんなさい。はい、目的の左手です」


まだ私が何をしようとしているか分かっていない烏帽子様の左手に右手を重ねる。そのまま横に並ぶ。

指と指を絡めて、カップルつなぎにしてやった。

「さあ、行きましょ」

何をされたか気づいて真っ赤になる烏帽子様に声をかける。あなたが進まないと私も進めませんよ。




家まで5分の道のりなのに、烏帽子様がゆっくりしか歩かないから今日はずいぶんかかる。

「烏帽子様、ご飯食べました?」

「今日は、ずっと環さんのことを考えていたから、食べていませんよ。ねぇ、環さん」

烏帽子様が呼びかける。

「なんですか?」

「ねぇ、なぜ、ずっと左側を見ているんですか?」


あなたを見るのが恥ずかしいからだよ。数分前の告白と調子に乗ってカップルつなぎもしちゃったから、いまさらになって恥ずかしいんだよ。私の顔が赤いのを分かって言ってるあなたが、にまにまして嬉しそうなのも恥ずかしいんだよ。覗き込もうとするな。


「なんでもない。今日の献立は秋の味覚がテーマです。食べてく?」

「ええ、もひろん」

私の手で顔をそむけさせられた烏帽子様からはやや不明瞭な返事が聞こえた。




出会った頃は、こんなことになるとは思っていなかった。

下駄をカランコロン鳴らして、上機嫌で歩く神様。私はその横で嬉しいやらおかしいやら大変だ。


そんな私達を祝福するかのように、大学から花火が上がる。

「グランドフィナーレの花火が上がりましたね」

「花火まで!!」

「今年も無事に終わりましたね」

「すごい」


私のアパートに到着したので2階の廊下の柵にしがみついて身を乗り出す。烏帽子様が後ろからそっと支えてくれた。

「そんなに花火が好きなのですか?」

「この時期に見れるなんて思わないじゃないですか!!」

「では、また来年も見ましょうね。実はウチからだと遮るものがなくていい場所なのです」

「はい!!」


返事をして気づいた。こうやって烏帽子様との思い出が増えていくんだ。

今回みたいに気持ちが分からず逃げてしまうことがあるだろう。それでも、烏帽子様なら受け止めてくれるような気がする。

ずっと傍にいたい。

強く願えば、分かっていますよと言わんばかりに烏帽子様が抱きしめてくれた。

大好きな私の神様、ずっと掴まえていてね。



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