4 大学祭
昨日と見る景色は変わらないはずなのに、今日から11月という事実が見るもの何もかもを秋と感じさせる。澄み切った空や黄葉を始めたイチョウ並木を眺めながら自宅から烏帽子神社まで10分ほど歩いてきた。
同じ道をちらほら大学へ向かう学生達がいたので、鳥居のところにいる男性を見ても、誰かと待ち合わせをしているのだと気にならなかった。
それでも、知らない人と同じところで待つのは嫌だったので、すれ違う際に目が合った男性に会釈をして、社のほうへ石段を登る。なのに、男性もついてきた。それだけでなく、声までかけてきた。
「おはようございます。環さん」
なぜ私の名前を知っている。誰だ?思い出すまで頑張れ、私。
「おはようございます」
「今日は楽しみましょうね。とりあえず、おススメの留学生屋台に最初に行きましょうか」
テンション高いな。ん?なんか一緒に屋台を回ることになっているけど、ナンパ?
…おススメの留学生屋台?ん?んー、顔の系統が待ち人に似ていることに気がついた。
「もしかすると、烏帽子様のご家族ですか?」
「え?いやだなぁ、環さん。烏帽子ですよ」
「え?」
烏帽子様って、だいたい中1くらいの紳士よね?なぜ、三十路手前くらいの貴方が烏帽子様なのだ。
「環様、この方は主様で間違いありません」
フォローをくれたのは吽君だ。男性を避けて石段の端を登っていたので、声をかけられたときにちょうど吽君の前にいたのだ。
「主様も、普通はいきなり成長したら別人だと思われるのですよ。しっかり環様に説明してあげてください」
確かに、説明してください。
「環さんは、神無月って知ってますか?」
「出雲地方に神様大集合で、それ以外の地域は留守になってしまうからついた陰暦の10月のことですよね」
「そうです。最近は人に合わせて新暦で集まるようになりまして、10月中は出雲に出張していました。でも、ウチはご神体の都合上、完全に留守にするわけにもいかないので、留守番を作って置いていたのです。恒例なので、佐々木さんから説明を受けていると思っていたのですけれど、驚かせたみたいですみません。あ、お土産があるので帰りに渡しますね」
わざわざ買ってきてくれたのは嬉しいが、今は最後の一文を無視して考える。
「えっと、では、あの少年烏帽子様は分身みたいなもので、貴方が本体ということですか?」
まだ男性を烏帽子様とは思えず混乱していたので、失礼な言葉を使ってしまった。
「本体といえば、本体です」
何度か見たことのある苦笑いを披露してくれた。それを見てやっと少年の烏帽子様がこの人なんだと分かった。不思議な感じだ。いつも私の肩の位置で合わせていた視線が、上向きになる。
男児なら平気なのに男性と意識してしまえば、緊張する。
「環さん。どうしましたか?」
「文系だったおかげで高校の頃から男性と話す機会が極端に減りまして、お恥ずかしい話ですが、大人の烏帽子様に緊張しています。そのうち慣れると思いますから、心配しないでください」
タメ語でいいよと言ってもらったので、今までそれで通していたのに、急に丁寧に話し出したらそりゃ気になるだろう。神様に隠し事をしても仕方がない。素直に緊張していることを告げる。
「一緒に鍋をしたり、吽を散歩させながらお話をしたではありませんか。ふふ。中身は変わりませんよ。さぁ、行きましょうか」
中身は一緒と呪文を唱えるが顔は赤いまま、狛犬達に見送られ大学まで歩く。
神社から一番近い通用門から大学に入るが、喧騒は聞こえても屋台が見当たらない。私がきょろきょろしているので、烏帽子様が説明してくれた。
「屋台は、学食前の大通りを中心にでているので、第2体育館を過ぎないと見えないと思います。留学生屋台は正門の広場で出ていますので、下見も兼ねて大通りを突っ切って行きましょう」
烏帽子様の提案を受け入れたことを後悔したのはそれからすぐだった。
「あ、烏帽子様だ。彼女ですか?」
何度目だ。やめろ、顔が赤いのが治まらないだろ。というか、みんな神様相手にフレンドリーだな。
「違いますよ。友達です。またあとで来ますね」
烏帽子様はいろいろな屋台から同じ内容を話かけてくる知り合いに会うたび同じことを言って手を振り進んでいく。大通りは、一つでも多く売ろうと売り子や、屋台に立ち止まる老若男女のお客さんでごった返していたが、烏帽子様の後ろについていけばものすごい混雑だったのに誰にもぶつかることなく目的地の広場につくことが出来た。
「あ、あった。毎年同じところに出してくれるから、探さなくてもよいので楽です」
広場には、買ったものが飲食できるようにフードスペースも設けてあり、その奥に目的の屋台は出ていた。
屋台にいろいろな国旗が飾られており、一番目立っていたのは日の丸と中国の国旗だった。
「それぞれの出身国の旗が飾ってあるんでしょうね。全部の国名は分からないですけど、アジア圏が多いですね」
手書きの品札を見ると、メインは中華のようだった。
「何年か前にここで出された中華ちまきは絶品でした。また美味しいちまき食べられるかなぁ」
烏帽子様の希望通り中華ちまきもあったので、2人で並んで購入して飲茶する。
出来立てほかほかの中華ちまきを、アチアチしながらタコ糸を取り竹の皮を剥がす。
もち米で作られたちまきは、見るからにもちもちとして蒸気でつやつやと光っていた。食べると、出汁をよく吸った米の旨みが広がり、口から鼻へ香りが抜けていく。また鶏肉が大き目なのも嬉しい。
「美味しい!!」
美味しすぎてびっくりした。烏帽子様からおススメと言われても、学生屋台だからと少し穿った目で見ていたのが申し訳なかった。
「でしょう!!また学祭期間限定なのが憎らしいのですよ」
同じように食べてニコニコしている烏帽子様が言う。
「いや~、それを言わないで」
「それもまた来年の楽しみですけれどね」
自分の分を食べ終わってもまだニコニコしてこちらを見ている烏帽子様に疑問を覚えて聞いてみる。
「言葉遣い、元に戻りましたね」
はっ、美味しいものってすごいな。緊張が飛んでいった。
遅れつつも大満足で食べ終わると烏帽子様が
「実は、友人からそれぞれ食券をもらいました。3日間で順番に回ろうと思うのですが、この中で食べたいものがありますか?」
うどん・そば、サータアンダーギー、焼き鳥、カレー、たい焼き、パイ、ポテト、おでん、じゃがバターと色とりどりの食券が現れた。書いてある店名はひとつとして同じものはない。学生でない烏帽子様がどうやってこんなに知り合いができたんだろう。不思議だ。
「どうしてこんなに学生に知り合いがいるの?」
「朝のうちは、附属校の方の交通安全指導とか大学巡回をしているのですが、午後は空いている時間があれば、面白そうな講義を受けたりしてるのです。そこで知り合いました」
そんなことをしていたのか。
「もともとはウチの近くに面白そうなものが出来たなぁとここにもぐりこんでいたのですが、あるときばれてしまって、それで当時の学長と話しまして、大学を守ってくれたら自由にしてもいいよって条件をつけられちゃって。お金を払わずに講義を受けていた弱みもありましたしね。それで今に至ります」
「前々から思ってたんだけど、大学を守るって贔屓みたいな感じで、神族のほうから咎められたりしないの?」
烏帽子様がどうして大学守護をしているのか理由が聞けたので、思わず日頃の疑問もぶつけてしまった。
「まぁ、守るといっても、怪我をしにくくなるとかそういう類なんです。就職が100%うまくいくとかの特別贔屓はしていませんから、氏子を見守るということで多めに見てもらっています」
へぇ、例の出雲の神様会議で報告したのかな。
「まあそんなところです」
「聞かせていただいてありがとうございました。あとここに行ってみたいです」
話を聞くきっかけになった食券の中から行きたい先を選ぶ。
「いいでしょう。行きましょうか」
その後は、屋台中心といっても胃の限界があり、消化を助けるためにひたすら大学構内を歩いた。
参加型展示系を覗けば、理工学部ではダイラタンシー現象が体験できる公開実験教室が行われていたり、馬術部が乗馬教室を開いていたりと飽きることはなかった。
珍しい体験ができたと言うのもあるが、片栗粉の上で一生懸命足踏みをし続けたり、久々に馬に乗ると興奮気味だったりする烏帽子様を見ているだけで楽しかったというのが大きい。
「いや~、楽しかったですね。環さんのおかげで男一人だとなかなか参加しにくくて、今まで遠慮していたのにも行けました」
「こちらこそ。まさか大学祭で新鮮お野菜と産みたて卵をあんなに激安で手に入れられるとは。そのうえ、荷物まで持ってもらっちゃって。今度、何か作ってきますね」
畜産科&農耕科侮りがたし。もともと営利目的で作っていないものを大学祭でさばくのだ。その上、人件費もない。大部分の学生と同じように彼らも、売り上げから学祭打ち上げ費用と学科の1年分懇親会費用が手に入ればいいのだから、無人販売所並みの安さから値引きされる野菜が続出した。
少し怖かったが、その安さには勝てず、マダム達が目の色変えて買い物をしている中に混ざってきた。袋では入りきらず用意された空きダンボールに野菜を詰めて帰るマダム達のまぶしさったらなかった。
そんな私も、戦利品は烏帽子様が抱えてくれている。サツマイモやたまねぎなどの詰め放題にチャレンジしてしまったのが原因で、重たくて腕が千切れそうになっているのを見かねた烏帽子様が持ってくれた。
日が暮れ、薄暗くなった道を自宅へ送ってもらう。
「そろそろ見回りの集合時間ですね」
夜が近づいてくる。暗くなっていく私を見かねたのか
「明日はちゃんと守りますから大丈夫ですよ」
烏帽子様は1週間前に言ったことをもう一度言ってくれた。
違うのは、言った烏帽子様が中1サイズではなく私より年上の男の人ということだ。
返事ができなくて黙っている私に重ねてもう一度。
「大丈夫ですよ」
安心させるように肩をポンっと叩いてくれた。その手の暖かさと大きさは烏帽子様の目的通り、私をちゃんと安心させてくれた。…顔を赤くさせるつもりはなかっただろうけど。夕暮れ時でよかった。
いつの間にかアパートの前に着いた。照れ隠しにさっき買っていた物を渡す。
「あ、これ阿・吽君にお土産です。畜産科特製ジャーキーです。塩分控えめに作ったって言ってました。今日はありがとうございました」
ペコリと頭を下げてウチに逃げ帰った。感じ悪かったな…。