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3 約束

「来月は大仕事があるからねぇ。体力作りしておいて」

主任から10月に入った頃言われたことだ。

「はい」

とりあえず、返事はしたものの、はて、キャンパス案内や教育実習の影響で一番後期が始まるのが遅かった教育学部でさえ受講登録は既に終了、入試にいたってはもう少し先、11月に一体なんの大仕事がと疑問顔の私に先輩が教えてくれた。

なんでも、徹夜でハメを外しすぎた集団酔っ払いを止める仕事が来月待っているらしい。

端的過ぎて要領を得なかった私はもう少し詳細を求めた。



我が大学しょくばは、総合大学として、学生だけで1学年約2000人が毎年入学する。それが4学年。もちろん院生や留学生も毎年11月初旬に行われる大学祭には参加をするので、学祭といえども、約9000人規模のお祭りになる。6年制の医・歯・薬学部が別キャンパスになっていなければ、1万人を超えていただろう。

期間も会場設営準備から後片付けまでいれると約4日間と長い。

近隣の小・中学校から運動会などで使うテントを借りてきて、その周囲をブルーシートで囲み簡易屋台を制作。そして、夜間はガスボンベやコンロ、そして借りてきたテントそのものの盗難に備えて当番で泊り込みをする。

・・・というのは建前で、夜はみんなテントを寝床とし酒を飲みハメを外し大盛り上がり、一部では昼の屋台とは違った夜用メニューも存在。昼は一般客、夜は学生客を相手とし、本祭の3日間は止まることなく続く。

日中の学祭は、大変活気があって屋台も物珍しいものがあり、見ているだけでも楽しい。しかし、夜間はハメを外した一部の馬鹿共がくせいが急性アル中で運ばれたり、酔っ払いが暴れて学舎の備品を壊したりとやりたい放題になる。

近年は、あまりのアルコールトラブルに大学側がアルコール管理の徹底や電気供給時間の短縮を学生側に通告したが、それでもOB・OGの出入りもあり慣習として夜間のどんちゃん騒ぎは続いている。

その為、大学事務職員が定期的に見回りをし、行き過ぎた騒ぎを止めるように3年前から見回り隊を組んでいる。

一部がくせいの発音に力を込めた先輩にそこまで詳細に説明してもらい私は納得した。


つまり、徹夜でハメを外しすぎた集団酔っ払いを止める仕事が来月待っているというどうしようもない事実を。

11月に向けて気が重くなったのは言うまでもない。




烏帽子様に吽君の散歩も兼ねて自宅まで送ってもらうようになってから、2週間。もう11月は目前だ。

草むしりも終えすっきりした境内は広くなり、烏帽子様の好意で上司命令の体力づくりの運動に使わせてもらっている。


「烏帽子様は大学祭に行ったことある?」

先輩から話を聞いて漠然と大変そうだという感想はあっても、体力づくりまでしなければならない大学祭の想像がつかない。


「ええ、あります。ちなみに、おススメは留学生の方がされる屋台です。毎年お国が違う方が指揮をとられるみたいで、日本では食べられないような美味しいものが見つかりますよ。ただそのように変わった屋台や催しがあるので、それを目当てとしたお客様も多いようですね」

珍しい屋台があるとは聞いていたけれど、留学生の屋台ね。チェック入れとこう。


「烏帽子様は常連さんですか?」

「こんなに近くに住んでますからね、楽しいものには参加しなくちゃ。環さんも一緒に行きますか?案内しますよ」

「いいの!?烏帽子様に案内してもらえるなら美味しいとこチェックできる~。お願いします!!」

「3日間ありますけど、いつにしますか?最終日は売り切れの恐れもあるので、私としては初日か2日目に回りたいです」

わざわざ売り切れの心配をするなんて、きっと経験があるんだろうな。完売の札を前にして、がっかりしている烏帽子様が浮かぶ。


私には2日目の夜に見回り当番がある。日中は徹夜に備えて休みたい。

「それなら、初日がいい」

「では、11時頃にここに集合でいいですか?」

「いいとも~!!」

烏帽子様にふふって笑われた。

「環さんは美味しいものになると反応が違いますね」


はっと気がついた。楽しみだけど、屋台巡りの約束してる場合じゃない。




改めて、夜間の様子を聞いてみる。

「そうですね、連休を利用して行いますから、全国各地から卒業生の方が顔を出されるみたいで親睦会をしています。契約で大学守護が入っているので見守っていますが、人死を出さないように毎年大変なのですよ」


烏帽子様は苦笑いで言うけれど、人死が出るかもしれない大学祭に私は怯えた。

「環さんは初めてでしょう?驚くでしょうけれど、今年は私と佐々木さんと環さんで見回ると聞いています。私が何もないように守りますから心配ないですよ」

烏帽子様、なんだか胸がきゅんとしました。たとえ声変わりしてない男児からでもそんなことを言われると嬉しいものです。


「ただ夜間は構内を裸で歩いている人がいても普通だと覚えていてくださいね。下手をするとそういった方が集団で歩いている場合もありますから。念のため蘇生法も覚えておいてください」

烏帽子様、それは本当に大学祭の話ですか?

…予想以上に激しい大学祭が私を待っているようだ。




烏帽子様が質の悪い冗談を言うとも思えなかったので、構内のAEDの設置場所と教習所の教科書に載っていた挿絵付き心肺蘇生法を夜な夜な枕相手に復習すれば、1週間はあっという間に過ぎた。


大学祭終了後にはこのことが笑い話になるように、自分を含めみんなが怪我なく無事に過ごせるようにと、大学祭を明日に控え、烏帽子神社にやってきた。

神社で作業をするときには挨拶代わりに参拝するようにしていたが、願掛けは初めてだ。

二礼二拍手一礼。最後によろしくお願いします。心の中でそう結べば

「よろしくされました」

後ろから烏帽子様が現れた。


願掛けなのだから、烏帽子様にも届いているだろうけれど、なんだか見られたのは恥ずかしい。

「ところで、佐々木さんが探していましたよ」

密かに照れている私には気づかないまま、烏帽子様は主任からの伝言を教えてくれた。


一日がかりで植物園や図書館のガラスが割られてしまわないようベニヤ板やガムテを貼り終わり、今日の仕事は終了とここまで来たのだが、実は未開放区域へ立ち入りされないようにバリケードを築く作業が全講義終了後にあったらしい。朝の伝達の途中で、備品を取りに来た学生の対応した為、そこの部分を聞き逃してしまったのだろう。

慌てて戻る。

「伝言ありがとう」

「いいえ。頑張ってください。明日11時に会いましょう」

烏帽子様は笑って手を振ってくれた。


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