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2 狛犬

神様の世話係になってから1週間、朝夕に神社見回りをしてみて、見過ごせない点があった。

「草むしりしたいんですけど、都合の悪い日ありませんか?」


ここの神社は、社自体はしっかりしているが、鳥居から社へ続く石段や石畳の隙間から青々とした草が生えているせいで雰囲気が廃墟っぽい。他にも神社を囲む石垣や社周辺にも雑草は蔓延っている。

なぜ、こんなになるまで放っておいたと詰め寄りたいが、神様だって忙しいのだろう。正直、面倒だったが、世話係しごととしてむしろうと決意して尋ねた。

幸い、いつでもよい、歓迎すると言われた。




草よ、むしってくれるわ。虫除け、UV対策ばっちりの完全防備の姿で神社の前で仁王立ちする。少しでも気合を入れないと、面倒という気持ちがむくむくと起き上がってくる。


黙々と草むしりをするが、それでも、鳥居周辺の石段と石畳しか終わらない。根深く生えているので、力いっぱい引き抜くと時間がかかる。大きなカブでも生えているのかと思うくらい全身の力を使わないといけなかった。


「はぁ、暑い。10月もそろそろ半ばなのに、日差し強すぎ。風は涼しくなったのに」

ぐちぐちと天気に文句をつける。10月に入っても日中なら半袖でいけてしまう日差しの強さ。きっと南国特有だな。


ずっとしゃがんでいたので足もしびれてきた。立ち上がって腰を伸ばす。ラジオ体操の要領で少し捻りをいれると、バキバキっと骨がなる音がした。

運動不足を実感させるものすごい音で、出した本人だというのに引いてしまった。




「「お姉さん、お疲れ様です」」

後ろから小さな男児達の声がした。烏帽子様とはまた違う声だ。

振り返るとそこには、中型犬サイズの立派なたてがみの獅子と同じくらいの大きさのちょんと角が生えている白い狛犬がいた。狛犬君は尻尾をぶんぶん振って歓迎してくれている。

「獅子の阿と狛犬の吽です。」

狛犬と言えば、ここにも神社の門番として鳥居の辺りにいたなぁと見やると、今は台座だけになっている。


「もしかして、ここの狛犬さん達かしら?」

「はい。お姉さんが、草むしりしてくれてすっきりしたからお礼を言いたくて出てきちゃいました」

まだまだ終わらないけど、労ってもらえるともうひと頑張りと気力がわく。


それに、今はにやにやが止まらない。一人暮らしになり飢えていた動物とのふれあい。しかも!!しかも、どうなっているのかは知らないが、石像でない生身の身体。おまけに意思疎通が図れる。素敵!!

おうおう、つやつや毛並みじゃないですか。たてがみもふもふじゃないですか、触らせてくださいよ。頭なでさせてくださいよ。腕太い。くはっ、だーきーつーきーてぇー。一瞬にしてセクハラ紛いなことを考えた。悟られたら引かれる。びーくーる。びーくーる。


「環です。なでてもいい?」

わいた気力はとりあえず置いといて、今から休憩時間です。

2匹ともお座りをしてなでやすいようにしてくれた。お利口だ。




草をむしりやすいようにジャージ姿なので抜け毛が付こうが気にせず、まず阿君をなでることにする。

獅子ならきっと猫と一緒だ。猫が気持ちよがるポイントを強弱をつけてなでさする。ここがええんか、ん、ええのんか。と調子に乗っていたら、突然烏帽子様が現れた。


「どこのスケベ親父ですか。ウチからなにか変な気配がするから戻ってきてみれば…」

呆れつつ怒られてしまった。さすが、神様。離れていても私のセクハラな気持ちが伝わってしまいましたか。

「ごめん、久しぶりに動物とふれあえて調子に乗っちゃった」


「主様~、僕もうダメです。お姉さんから離れられません」

突然、変なことを言い出したのは阿君だ。怒られているので耳が伏せているが、私の足元で身体をくねらせている。実家の猫の為のなでテクでめろめろにしてしまったらしい。


「仕事帰りにしてあげるよ?吽君もずっと座りっぱで暇でしょ。一緒にお散歩行く?」

怒られてる最中だったけど、あんまりにもかわいいのでぽろりと言ってしまった。


目を輝かせる阿・吽君とは反対に烏帽子様は渋い顔をする。

「ダメですよ。これから冬に向けて寒くなるし、暗くなる時間も早くなるんですから。女性が遅くなるものではありません。だいたい吽は角生えてるのを見られたらどうするつもりですか」

「でも、主様とは全然手つきが違うのです。この方じゃないと嫌です」


阿君、それは飼い主の心を抉る一言だよ。言っちゃダメだよ。ほら、烏帽子様もショックを受けてるよ。

「お前とは200年一緒に暮らしてきたのに…。そんなに環さんがいいなら、環さんちの子になっちゃいなさい」

えぇー、何その台詞。200歳以上の神様の拗ね方としてはどうなの?

でも、これ以上こじれる前にちゃんと言わなきゃな。

「ウチはペット不可なんで引き取りはお断りです」

「「……」」

え、なぜ烏帽子様と阿君は黙っちゃうのさ?




この混沌とした空気を治めたのは、ずっと黙っていた吽君だった。

「では、こうしましょう。どうせ主様は日が暮れると帰ってこられるのですから、環様にはお仕事帰りに寄ってもらい、阿を心いくまでかわいがってもらう。そして、僕を散歩がてら主様が環様を送っていかれればいいのです」

おお、私の希望も阿君の希望を叶えつつ、ちゃっかり吽君の希望も叶う素敵な提案だ。ただ問題は、忙しいはずの烏帽子様が諾としてくれるかだ。


3人(1人と2匹)のきらきらした視線が烏帽子様に集中する。しばらく悩んでいたようだが

「夜はすることがないですし、いいでしょう。その代わり、これからも阿・吽は留守番をしっかりしてください」

と言ってくれた。

「「主様ありがとうございます」」

阿・吽君があっという間に烏帽子様に群がる。やはり飼い主には勝てない。


「環さんもウチの子達をかわいがってくださるのは嬉しいですけど、ご自分のことも気をつけないといけませんよ」

「烏帽子様、ありがとう。あまり遅くならないようにするけどよろしくね」

そういったところで、2時限目終了のチャイムが鳴っているのが聞こえた。

「あら、お昼だ。午後は事務室で仕事なんで、社のほうはまた明日の午前中に。じゃあ、また」

抜いた雑草を集めておいたゴミ袋を持って事務室へ戻ろうとする。



「あ、ちょっと待ってください」

烏帽子様から引き止められた。烏帽子様は社の中に入って、また出てきた。あの中どうなっているんだろう。人の家を覗くなんて普通はしないけれど、居住スペースとしては不十分な広さしかなさそうな社を見ていると気になって仕方がない。


「環さん、これ。今日のお礼です。今日していただいた分だけでも、随分すっきりとして見栄えがよくなりました。暑い中、ありがとうございました」

にっこり笑って差し出されたのは、市販のアイスティーと焼き菓子だった。受け取ったアイスティーはよく冷えている。わざわざ用意していてくれていたようだ。

「うわぁ、ありがとうございます。早速お昼にいただきます」


烏帽子様と阿・吽君が鳥居のところで見送ってくれる。

「「またね」」

君らは双子か!?シンクロかわいいなぁ。

予想外のお礼と狛犬達のかわいさに励まされて明日の草むしりも頑張ろうと固く決意をする。




その決意は、翌日にきた全身筋肉痛のせいで脆くも崩れ去ることになる。


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