終幕
このお話は少しの間お休みします。
どうぞご了承ください。
一真と安次郎はすっかり暗くなった道を無言で歩いていた。
サシバを刺した後から、わずかに二人の間に微妙な空気が流れていた。
「あのさ」
安次郎は言いにくそうに口を開いた。
一真はちらりと安次郎を見るが、何も言わず歩み続けた。
「あの男の言っていた秘剣ってなんだよ」
「お前には関係ない」
少し怒ったように一真が言った。
安次郎はムッとした。
「関係ないことないだろ。あいつは俺を殺せば、それを拝めると言っていたんだ。それに、さっきのお前はなんだよ。手負いの奴に止めなんかさそうとしてよ」
一真は何も言わない。
「お前が強い事も、その秘剣のおかげなのかよ」
安次郎は歩みを止め、一真の背中に向かっていった。
「俺はな、剣術の上ではお前を目指してきたんだよ。お前は強い。でも、俺も長いこと剣術頑張ってきて、やっと稽古試合でもお前に勝てるようになってきたんだ。けどよ、本当は手を抜いていたんじゃないか?心の中で試合に勝って有頂天になってる俺を見て笑ったりしているんじゃないか?」
一真は立ち止まって安次郎のほうを向いた。
「それは違う。お前との試合で手を抜いたりするものか。こっちがやられてしまう」
「違わないさ。それに、剣術のことだけじゃない。昔からそうだよ。お前は心の底を誰にも見せないんだ。いつでも涼しい顔をして、手の内を隠している。俺は、お前がわからなくなってきたよ」
一真は、静かに言った。
「俺はお前をいい奴だと思っている。兵庫のこともそうだ。二人が一番大事だ。お前達を悲しませたり、俺のせいでひどい目に会わせたくないといつも思っている。だからこそ、言えない事だってあるんだ」
間髪いれずに安次郎が冷たく言い放つ。
「一番大事?あの時、一番大事に見えたのは秘剣とやらに見えたけどな」
一真は言葉をつぐんだ。
安次郎は悲しげに首を振った。
「別に、秘剣に興味があるわけじゃない。ただ、その秘剣の為には敵どころか友の命も平気で捨てる。お前の中にそんな心根があるような気がしてならないんだよ」
安次郎は背中を向けるとそのまま来た道を戻り始める。
「待てよ。安次郎」
一真は呼び止めたが、安次郎は振り返らなかった。
冷たく乾いた風が一真の頬をぴりぴりと刺した。
家の前に着くと、向かいの家の前で提灯を持って立っている伯母に気づいた。
伯母も一真に気づいたようで、小走りに近寄ってくる。
「ああ、一真さん。沙代を見なかったかしら?」
「いえ、見ませんでしたが。沙代がどうかしたんですか?」
伯母は青ざめた頬に手を当てた。
「それが夕方くらいに家を出て、まだ戻ってこないのよ。今、家の人にも探してもらっているんだけど・・・」
「俺も探しましょうか」
「そうしてくれたらありがたいわ。夕方に道を訪ねてきた黒い旅装束の女の人を送ってそれきりなのよ。ひょっとしたら日本橋の方までいったのかもしれないわ」
加代は言った。
黒い着物と聞き、一真ははっとした。
雷華のこと、あのサシバという男を始めとする黒鍬の隠密達、一連の騒動の真ん中に暗殺剣がある。
みな、暗殺剣を狙っているのだ。
暗殺剣を伝授されている一真の弱みにつけこんで行動するとしたら、従妹の沙代はうってつけであろう。
沙代は暗殺剣を知っている。
敵方としても、暗殺剣の情報はどんなものでもほしいだろう。
伯母である加代は不安そうに一真を見つめる。
父、時宗は出稽古で指南している藩の国元へ行っている。
自分でなんとかするしかない。
一真は小太刀を強く握り締めた。
これまでに感じたことがないほどの重みを感じていた。