魔王が倒されたら、騎士団が失業しました。部下500人の再就職先がありません。
「第三騎士団は、半年後をもって解散とする」
父上から届いた命令書を、私は何度も読み返した。
間違いではない。
王国第三騎士団。私が十年間率いてきた、五百人の精鋭部隊。
その解散が正式に決定したのだ。
「……そうか。ついに決まったか」
執務室の窓から、訓練場を見下ろす。
戦闘隊が剣を振るい、工兵隊が架橋訓練を行い、補給隊が荷車を整備していた。
十年間、私とともに魔王軍と戦ってきた仲間たちだ。
私は王国の第三王女であり、第三騎士団の団長でもある。
王女という立場を忘れ、彼らとともに戦場を駆け回ってきた。
だが、その騎士団が不要になった。
理由は簡単だ。
魔王が討伐されたのである。
魔王軍は崩壊し、国境を脅かしていた大軍勢は消え去った。
もちろん、野生の魔物は今も各地に生息している。盗賊もいるし、隣国との争いが永遠になくなる保証もない。
それでも、魔王軍との全面戦争に備えていた大規模な常備軍を、そのまま維持する必要はなくなった。
国王である父上は、各地の軍備を縮小し、国民の負担を軽くする方針を決めた。
当然の判断だ。
私だって、王族として賛成している。
……第三騎士団が解散対象になるまでは、もう少し気楽に賛成できたのだが。
「団長」
副団長のアルベルトが執務室に入ってきた。
「解散命令が届いたそうですね」
「ああ。半年後だ」
「承知しました。装備の返納と人員整理を進めます」
彼はいつもどおりの顔で答えた。
「……すまない」
「なぜ謝るのです?」
「十年も私についてきてくれたのに、最後がこれではな」
アルベルトは首を横に振った。
「我々は魔王軍を倒したのです。これ以上の勝利がありますか?」
「それは……そうだが」
「平和になったのですから、喜びましょう」
私はうなずいた。
そのとおりだ。
平和になったことを、悲しんではいけない。
だが。
平和になったからといって、五百人の人生がなくなるわけではない。
◇
私は、将兵たちの再就職先を探し始めた。
まずは近隣の領主を訪ねた。
「腕の立つ兵士が必要ではないか?」
「もちろん必要です。しかし、我が領の警備隊はすでに定員を満たしております」
「魔物討伐の仕事は?」
「冒険者ギルドに依頼しております。そちらにも生活がありますので、急に仕事を奪うわけには……」
もっともな話だった。
次に、大商会を訪ねた。
「商隊の護衛に、優秀な兵士は必要だろう?」
「それはもう! 第三騎士団の方々なら大歓迎です!」
「何人雇える?」
「……三人ほどでしたら」
三人。
五百人のうち、三人。
いや、ありがたい話ではある。
それからも私は各地を回った。
街の警備隊、領主の私兵、商会の護衛、魔物討伐隊。
工兵隊の再就職先として、土木業者にも話を聞いた。
「腕のいい職人なら、ぜひ欲しいところですが……」
「何人雇える?」
「今すぐとなると、五人ほどでしょうか」
工兵たちは戦場で道路を造り、橋を架け、城壁を修復してきた。
その技術は民間でも十分に通用する。
だが、どの業者も大量の人員を一度に雇えるわけではない。
どこでも第三騎士団の評判は良かった。
採用したいと言ってくれる相手も多かった。
しかし、五百人全員を受け入れられる場所など、どこにもなかった。
考えてみれば当然である。
第三騎士団は、魔王軍という国家規模の脅威に備えるために編成された部隊だ。
戦闘隊だけではない。
工兵隊、補給隊、偵察隊、衛生隊。
戦場で独立して行動できるよう、必要な機能を一通り備えている。
平時の仕事に一人ずつ送り出すことはできても、この組織を丸ごと必要とする場所はなかった。
二週間後。
私は王都へ向かう馬車の中で、ため息をついていた。
「結局、百人にも届かなかったな……」
同行していたアルベルトが答える。
「八十七名です。十分な成果だと思いますよ」
「残り四百十三名だぞ」
「殿下。全員の仕事を見つける責任まで、背負う必要はありません」
「わかっている」
わかっているのだ。
将兵たちは優秀だ。
退役後も、それぞれ仕事を見つけるだろう。
だが、できれば。
できることなら、彼らともう一度、一緒に働きたかった。
馬車の窓から、遠くの丘陵地帯が見えた。
王都と西部地方を隔てる、魔物の巣窟だ。
地形は平坦で、昔から街道建設の候補地だった。だが魔物が多すぎて、三度も工事が中止されている。
今も私たちは、その丘を大きく迂回する街道を走っていた。
「……アルベルト。あの丘に街道が通れば、王都まで一日で着くのだったな?」
「はい。ですが、工事現場を守るのが難しい。魔物を討伐しても、周辺から次々と入り込んでくるそうです」
「そうだったな……」
私は丘陵地帯を見つめた。
魔物が多い。
工事現場を守れない。
だから、街道を造れない。
……待てよ?
「アルベルト。我々は、魔王軍の進軍を食い止めながら橋を架けたことがあったな?」
「何度もありますね」
「敵に包囲された要塞の城壁を修復したことも?」
「もちろんです」
「道のない荒野に、補給路を造ったこともあったな?」
「ええ。工兵隊と補給隊は、その道の専門家ですから」
私は思わず身を乗り出した。
「ならば、今度は魔物から工事現場を守ればいいのではないか?」
「……殿下?」
「戦闘隊が魔物を掃討し、工兵隊が工事を先導する。その後ろから、民間の土木業者と大勢の作業員が続けばいい!」
アルベルトが目を見開いた。
「……なるほど! 我々だけで街道を造る必要はありませんね!」
「そうだ! 完成後は地元の警備隊に引き継げばいい。我々は次の現場へ向かう!」
「次の現場?」
「王国には、魔物が原因で工事できなかった場所が、ほかにもあるだろう!」
アルベルトが笑い出した。
「殿下! それなら、五百人全員に仕事があります!」
「ああ!」
私は勢いよく立ち上がり、馬車の天井に頭をぶつけた。
「痛っ!」
「殿下!?」
「構わん! 御者! 王都へ急げ!」
「この道では四日かかりますよ!」
「知っている! だからこそ、あそこに街道を造るのだ!」
◇
「第三騎士団を、公共事業に使いたい?」
王宮の執務室で、父上が眉を上げた。
私は地図を広げた。
「はい。最初の仕事は、王都と西部地方を結ぶ新街道です」
「そこは魔物の巣窟だろう。過去に三度も建設を断念している」
「存じております」
「では、なぜ今になって可能だと思う?」
「第三騎士団が、余っているからです」
父上は目を丸くした。
隣にいた財務大臣が、盛大にむせた。
「で、殿下! 精鋭騎士団を余り物のように!」
「実際、余っているではないか」
「それは……そうですが!」
私は地図を指さした。
「これまでは魔王軍との戦争がありました。街道建設のために精鋭騎士団を長期間動かすことなど、できなかった」
「……ふむ」
「ですが、今は違います」
私は続けた。
「第三騎士団には、戦闘隊だけでなく、工兵隊も補給隊も偵察隊もおります。戦争中は、敵と戦いながら道路や橋を造ってきました」
「確かにな」
「その能力を、今度は平和のために使いたいのです」
財務大臣が口を開いた。
「しかし、殿下。軍縮の目的は財政負担の軽減です。騎士団を維持してしまっては、意味がありません」
「おっしゃるとおりです」
私はうなずいた。
「ですから、従来の軍事費をそのまま維持するつもりはありません」
「では?」
「軍縮で削減する予定だった予算の一部を、街道建設に充てていただきたいのです」
「……一部、ですか」
「はい。建設費は公共事業費として計上します。民間の土木業者に工事を発注し、大勢の労働者を雇います」
財務大臣が眉を上げた。
「民間の業者を? 魔物の巣窟に?」
「だからこそ、第三騎士団が必要なのです」
私は地図を指さした。
「戦闘隊が魔物を掃討し、工兵隊が危険区域での工事を先導します。偵察隊が周辺を警戒し、補給隊が資材を運ぶ。その後ろで、民間の業者が本格的な建設を進めるのです」
「……なるほど」
「これなら、民間の人々も安全に働けます。街道建設そのものが、大きな雇用を生むでしょう」
財務大臣が腕を組んだ。
「しかし、街道が完成したあとも警備が必要でしょう」
「はい。ですから、街道沿いに警備拠点を設けます。完成後は、地元の警備隊と冒険者ギルドに通常の警備を引き継ぎます」
「その費用は?」
「通行料と、交易の拡大による税収増加で賄う計画です。もちろん、事前に商会への需要調査を行い、採算を確認します」
父上が静かに尋ねた。
「つまり、お前は街道を造るために騎士団を残したいのか?」
「いいえ」
私は首を横に振った。
「街道は、最初の仕事にすぎません」
私は別の地図を広げた。
「王国には、魔物が原因で工事を断念した場所が、ほかにもあります」
父上が地図をのぞき込んだ。
「東部の河川改修、北部の鉱山道路、南部の橋梁建設……」
「はい。いずれも魔物の危険が大きすぎて、民間の業者だけでは工事を進められなかった場所です」
「……まさか」
「第三騎士団を、そうした国家事業を支援する開拓部隊へ再編したいのです」
私は胸を張った。
「一つの工事が完成したら、次の現場へ向かいます。現地の安全を確保し、工兵隊が建設を先導し、民間の人々と協力して事業を完成させる」
財務大臣が考え込んだ。
「……それなら、騎士団を一か所に常駐させる必要もありませんな」
「はい。さらに、魔物討伐や災害救援にも対応できます。有事には、従来どおり王国軍の精鋭部隊として動員できます」
父上がしばらく黙っていた。
やがて、財務大臣に視線を向ける。
「どう思う?」
「……需要調査と建設費の見積もりが必要です。採算が取れるなら、検討する価値はあります」
「では、調査を命じよう」
父上は私に向き直った。
「ただし、条件がある」
「何でしょう?」
「騎士団を残すことを目的にするな。王国に利益がある計画を作れ」
「はい!」
「計画が成立しなければ、予定どおり解散だ」
「承知しております!」
私は深々と頭を下げた。
まだ、騎士団は救われていない。
だが、初めて道が見えた。
◇
一か月後。
商会への聞き取りで、新街道への需要は十分にあるとわかった。
土木業者からも、騎士団が安全を確保するなら参加したいと申し出が相次いだ。
工兵隊の調査でも、地形に大きな問題はなかった。
建設費と維持費の見積もりがまとまり、財務大臣の審査も通った。
そして、父上から正式な裁可が下りた。
「第三騎士団の解散命令を撤回し、王国開拓騎士団へ再編する」
私は五百人の将兵を訓練場に集めた。
「諸君! 我々は解散しない!」
歓声が爆発した。
「これからは王国開拓騎士団として、魔物が原因で進まなかった公共事業を支援する! 最初の任務は新街道の建設だ!」
工兵隊から声が上がった。
「団長! また工事ができるのですね!」
「ああ! 今度は民間の職人たちと一緒に、何十年も残るものを造るぞ!」
戦闘隊も叫んだ。
「魔物の討伐は我々にお任せください!」
私は笑った。
「それから、再就職先を紹介した八十七名については、本人の希望を確認する! 新しい職場へ進みたい者は、胸を張って送り出そう!」
将兵たちがうなずいた。
「残る者たちは、私と一緒に王国中を駆け回ってもらうぞ!」
「おおおおおおっ!」
歓声が訓練場に響き渡った。
◇
新街道の建設が始まった。
戦闘隊が魔物を掃討し、偵察隊が安全を確認する。
工兵隊が先頭に立ち、その後ろから民間の土木業者と大勢の作業員が続いた。
補給隊が資材を運び込み、職人たちが道路を広げ、橋を架けていく。
ある日、私は建設中の橋を視察していた。
「殿下! あと二時間で架設完了です!」
工兵隊長が報告してきた。
そのとき。
「団長! 東の森から魔物の群れです!」
伝令が駆け込んできた。
「数は?」
「およそ二百!」
民間の工事監督が顔色を変えた。
「二百!? 作業員を避難させなければ!」
私はアルベルトを見た。
「第三戦闘隊で対応できるか?」
「十分です」
「では頼む」
「了解!」
アルベルトは騎士たちを率いていった。
工事監督が呆然と私を見た。
「……殿下? 二百匹ですよ?」
「ああ」
「工事を中断しなくて、よろしいので?」
「魔物は我々が食い止める。工事現場まで近づけさせん」
私は工兵隊長に尋ねた。
「橋の進捗は?」
「あと二時間です!」
「よし。予定どおり続行!」
工兵隊長が笑った。
「昔を思い出しますね」
「そうだな。あの頃は橋を架けた翌日に、敵に壊されたこともあった」
「今回は壊されませんよ」
「当然だ」
私は建設中の橋を見上げた。
「今度の橋は、ずっと残すために造るのだから」
工事監督は、しばらく私たちを見つめていた。
やがて、大きく息を吐いた。
「……わかりました。皆! 工事を続けるぞ!」
作業員たちが再び動き始める。
しばらくして、遠くから歓声が聞こえた。
「掃討完了ーっ!」
工事現場にも歓声が広がった。
「すげえ! 本当に二百匹を倒しちまった!」
「これなら安心して働けるぞ!」
私は思わず笑ってしまった。
魔王軍との戦争では、敵を倒すことが目的だった。
今は違う。
私たちが魔物を倒すと、道路が延びる。
橋が架かる。
人々の暮らしが、少しずつ便利になる。
……これは、なかなか楽しい仕事ではないか。
◇
工事が進むにつれて、街道沿いに人が集まり始めた。
作業員のための食堂ができ、資材を扱う商人が増え、宿場の建設も始まった。
「殿下! うちの職人たちは、半年先まで仕事が決まりました!」
民間の工事監督が、うれしそうに報告してきた。
「しかも街道が完成すれば、今度は沿道の倉庫や住宅の建設が始まります!」
「それは忙しくなるな」
「ええ! こんなに忙しいのは久しぶりですよ!」
私は笑った。
最初は、五百人の仲間を救いたかった。
それが今では、何千人もの人々がこの事業で働いている。
私たちの仕事は、思っていたよりずっと大きなものになっていた。
◇
建設開始から一年。
ついに、王都と西部地方を結ぶ新街道が完成した。
開通式には、国王陛下もお越しになった。
街道の入口には、王国開拓騎士団の将兵たちが整列している。
その周囲には、工事に携わった職人や労働者、商人、近隣の住民たちが集まっていた。
父上が演壇に立つ。
「諸君!」
広場が静まり返った。
「今日、王都と西部地方を結ぶ新たな街道が完成した! 長年、魔物に阻まれてきたこの道を切り開いた、すべての者に感謝する!」
工事関係者たちから、大きな拍手が起こった。
父上は、民間の職人や労働者たちに向かって深くうなずいた。
「工兵たちと力を合わせ、道を築いた職人諸君! 資材を運び、工事を支えた者たち! 皆の働きが、この街道を完成させたのだ!」
歓声が上がる。
そして父上は、私たちの方を向いた。
「王国開拓騎士団の諸君!」
私は背筋を伸ばした。
「諸君は十年にわたり、魔王軍の脅威から我らを守り抜いてくれた。その忠勇を、私は決して忘れぬ!」
父上は新街道へ目を向けた。
「そして今日、諸君は再び王国に大きな功績を残した! 誰も通れなかった土地に道を造り、人々の暮らしを結んでくれたのだ!」
父上は将兵たちを見渡した。
「魔王軍から我らを守り抜いた、王国の剣たちよ!」
その声が、広場に響き渡った。
「次はその剣で、王国の未来を切り開いてくれ!」
大歓声が上がった。
私は、思わず目頭が熱くなった。
一年前、父上から解散を命じられた。
その父上が今、私たちに新しい使命を託してくださっている。
やがて、最初の商隊が新街道へ進み始めた。
数十台の荷馬車が、歓声の中を進んでいく。
私はその光景を見つめながら、アルベルトに尋ねた。
「……次の仕事は決まっているのか?」
「もちろんです。東部の河川改修、北部の鉱山道路、南部の橋梁建設。依頼が山ほど届いております」
「……そうか」
私は思わず笑ってしまった。
一年前は、五百人の仕事を探して王国中を歩き回っていた。
それなのに、今では王国中から仕事が集まっている。
「ずいぶん忙しくなりそうだな」
アルベルトが、にやりと笑った。
「団長。どうやら我々、当分失業できそうにありませんね」
私は声を上げて笑った。
「まったくだ!」




