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魔王が倒されたら、騎士団が失業しました。部下500人の再就職先がありません。

作者: よみなぎ
掲載日:2026/10/24

「第三騎士団は、半年後をもって解散とする」


父上から届いた命令書を、私は何度も読み返した。


間違いではない。


王国第三騎士団。私が十年間率いてきた、五百人の精鋭部隊。


その解散が正式に決定したのだ。


「……そうか。ついに決まったか」


執務室の窓から、訓練場を見下ろす。


戦闘隊が剣を振るい、工兵隊が架橋訓練を行い、補給隊が荷車を整備していた。


十年間、私とともに魔王軍と戦ってきた仲間たちだ。


私は王国の第三王女であり、第三騎士団の団長でもある。


王女という立場を忘れ、彼らとともに戦場を駆け回ってきた。


だが、その騎士団が不要になった。


理由は簡単だ。


魔王が討伐されたのである。


魔王軍は崩壊し、国境を脅かしていた大軍勢は消え去った。


もちろん、野生の魔物は今も各地に生息している。盗賊もいるし、隣国との争いが永遠になくなる保証もない。


それでも、魔王軍との全面戦争に備えていた大規模な常備軍を、そのまま維持する必要はなくなった。


国王である父上は、各地の軍備を縮小し、国民の負担を軽くする方針を決めた。


当然の判断だ。


私だって、王族として賛成している。


……第三騎士団が解散対象になるまでは、もう少し気楽に賛成できたのだが。


「団長」


副団長のアルベルトが執務室に入ってきた。


「解散命令が届いたそうですね」


「ああ。半年後だ」


「承知しました。装備の返納と人員整理を進めます」


彼はいつもどおりの顔で答えた。


「……すまない」


「なぜ謝るのです?」


「十年も私についてきてくれたのに、最後がこれではな」


アルベルトは首を横に振った。


「我々は魔王軍を倒したのです。これ以上の勝利がありますか?」


「それは……そうだが」


「平和になったのですから、喜びましょう」


私はうなずいた。


そのとおりだ。


平和になったことを、悲しんではいけない。


だが。


平和になったからといって、五百人の人生がなくなるわけではない。


◇


私は、将兵たちの再就職先を探し始めた。


まずは近隣の領主を訪ねた。


「腕の立つ兵士が必要ではないか?」


「もちろん必要です。しかし、我が領の警備隊はすでに定員を満たしております」


「魔物討伐の仕事は?」


「冒険者ギルドに依頼しております。そちらにも生活がありますので、急に仕事を奪うわけには……」


もっともな話だった。


次に、大商会を訪ねた。


「商隊の護衛に、優秀な兵士は必要だろう?」


「それはもう! 第三騎士団の方々なら大歓迎です!」


「何人雇える?」


「……三人ほどでしたら」


三人。


五百人のうち、三人。


いや、ありがたい話ではある。


それからも私は各地を回った。


街の警備隊、領主の私兵、商会の護衛、魔物討伐隊。


工兵隊の再就職先として、土木業者にも話を聞いた。


「腕のいい職人なら、ぜひ欲しいところですが……」


「何人雇える?」


「今すぐとなると、五人ほどでしょうか」


工兵たちは戦場で道路を造り、橋を架け、城壁を修復してきた。


その技術は民間でも十分に通用する。


だが、どの業者も大量の人員を一度に雇えるわけではない。


どこでも第三騎士団の評判は良かった。


採用したいと言ってくれる相手も多かった。


しかし、五百人全員を受け入れられる場所など、どこにもなかった。


考えてみれば当然である。


第三騎士団は、魔王軍という国家規模の脅威に備えるために編成された部隊だ。


戦闘隊だけではない。


工兵隊、補給隊、偵察隊、衛生隊。


戦場で独立して行動できるよう、必要な機能を一通り備えている。


平時の仕事に一人ずつ送り出すことはできても、この組織を丸ごと必要とする場所はなかった。


二週間後。


私は王都へ向かう馬車の中で、ため息をついていた。


「結局、百人にも届かなかったな……」


同行していたアルベルトが答える。


「八十七名です。十分な成果だと思いますよ」


「残り四百十三名だぞ」


「殿下。全員の仕事を見つける責任まで、背負う必要はありません」


「わかっている」


わかっているのだ。


将兵たちは優秀だ。


退役後も、それぞれ仕事を見つけるだろう。


だが、できれば。


できることなら、彼らともう一度、一緒に働きたかった。


馬車の窓から、遠くの丘陵地帯が見えた。


王都と西部地方を隔てる、魔物の巣窟だ。


地形は平坦で、昔から街道建設の候補地だった。だが魔物が多すぎて、三度も工事が中止されている。


今も私たちは、その丘を大きく迂回する街道を走っていた。


「……アルベルト。あの丘に街道が通れば、王都まで一日で着くのだったな?」


「はい。ですが、工事現場を守るのが難しい。魔物を討伐しても、周辺から次々と入り込んでくるそうです」


「そうだったな……」


私は丘陵地帯を見つめた。


魔物が多い。


工事現場を守れない。


だから、街道を造れない。


……待てよ?


「アルベルト。我々は、魔王軍の進軍を食い止めながら橋を架けたことがあったな?」


「何度もありますね」


「敵に包囲された要塞の城壁を修復したことも?」


「もちろんです」


「道のない荒野に、補給路を造ったこともあったな?」


「ええ。工兵隊と補給隊は、その道の専門家ですから」


私は思わず身を乗り出した。


「ならば、今度は魔物から工事現場を守ればいいのではないか?」


「……殿下?」


「戦闘隊が魔物を掃討し、工兵隊が工事を先導する。その後ろから、民間の土木業者と大勢の作業員が続けばいい!」


アルベルトが目を見開いた。


「……なるほど! 我々だけで街道を造る必要はありませんね!」


「そうだ! 完成後は地元の警備隊に引き継げばいい。我々は次の現場へ向かう!」


「次の現場?」


「王国には、魔物が原因で工事できなかった場所が、ほかにもあるだろう!」


アルベルトが笑い出した。


「殿下! それなら、五百人全員に仕事があります!」


「ああ!」


私は勢いよく立ち上がり、馬車の天井に頭をぶつけた。


「痛っ!」


「殿下!?」


「構わん! 御者! 王都へ急げ!」


「この道では四日かかりますよ!」


「知っている! だからこそ、あそこに街道を造るのだ!」


◇


「第三騎士団を、公共事業に使いたい?」


王宮の執務室で、父上が眉を上げた。


私は地図を広げた。


「はい。最初の仕事は、王都と西部地方を結ぶ新街道です」


「そこは魔物の巣窟だろう。過去に三度も建設を断念している」


「存じております」


「では、なぜ今になって可能だと思う?」


「第三騎士団が、余っているからです」


父上は目を丸くした。


隣にいた財務大臣が、盛大にむせた。


「で、殿下! 精鋭騎士団を余り物のように!」


「実際、余っているではないか」


「それは……そうですが!」


私は地図を指さした。


「これまでは魔王軍との戦争がありました。街道建設のために精鋭騎士団を長期間動かすことなど、できなかった」


「……ふむ」


「ですが、今は違います」


私は続けた。


「第三騎士団には、戦闘隊だけでなく、工兵隊も補給隊も偵察隊もおります。戦争中は、敵と戦いながら道路や橋を造ってきました」


「確かにな」


「その能力を、今度は平和のために使いたいのです」


財務大臣が口を開いた。


「しかし、殿下。軍縮の目的は財政負担の軽減です。騎士団を維持してしまっては、意味がありません」


「おっしゃるとおりです」


私はうなずいた。


「ですから、従来の軍事費をそのまま維持するつもりはありません」


「では?」


「軍縮で削減する予定だった予算の一部を、街道建設に充てていただきたいのです」


「……一部、ですか」


「はい。建設費は公共事業費として計上します。民間の土木業者に工事を発注し、大勢の労働者を雇います」


財務大臣が眉を上げた。


「民間の業者を? 魔物の巣窟に?」


「だからこそ、第三騎士団が必要なのです」


私は地図を指さした。


「戦闘隊が魔物を掃討し、工兵隊が危険区域での工事を先導します。偵察隊が周辺を警戒し、補給隊が資材を運ぶ。その後ろで、民間の業者が本格的な建設を進めるのです」


「……なるほど」


「これなら、民間の人々も安全に働けます。街道建設そのものが、大きな雇用を生むでしょう」


財務大臣が腕を組んだ。


「しかし、街道が完成したあとも警備が必要でしょう」


「はい。ですから、街道沿いに警備拠点を設けます。完成後は、地元の警備隊と冒険者ギルドに通常の警備を引き継ぎます」


「その費用は?」


「通行料と、交易の拡大による税収増加で賄う計画です。もちろん、事前に商会への需要調査を行い、採算を確認します」


父上が静かに尋ねた。


「つまり、お前は街道を造るために騎士団を残したいのか?」


「いいえ」


私は首を横に振った。


「街道は、最初の仕事にすぎません」


私は別の地図を広げた。


「王国には、魔物が原因で工事を断念した場所が、ほかにもあります」


父上が地図をのぞき込んだ。


「東部の河川改修、北部の鉱山道路、南部の橋梁建設……」


「はい。いずれも魔物の危険が大きすぎて、民間の業者だけでは工事を進められなかった場所です」


「……まさか」


「第三騎士団を、そうした国家事業を支援する開拓部隊へ再編したいのです」


私は胸を張った。


「一つの工事が完成したら、次の現場へ向かいます。現地の安全を確保し、工兵隊が建設を先導し、民間の人々と協力して事業を完成させる」


財務大臣が考え込んだ。


「……それなら、騎士団を一か所に常駐させる必要もありませんな」


「はい。さらに、魔物討伐や災害救援にも対応できます。有事には、従来どおり王国軍の精鋭部隊として動員できます」


父上がしばらく黙っていた。


やがて、財務大臣に視線を向ける。


「どう思う?」


「……需要調査と建設費の見積もりが必要です。採算が取れるなら、検討する価値はあります」


「では、調査を命じよう」


父上は私に向き直った。


「ただし、条件がある」


「何でしょう?」


「騎士団を残すことを目的にするな。王国に利益がある計画を作れ」


「はい!」


「計画が成立しなければ、予定どおり解散だ」


「承知しております!」


私は深々と頭を下げた。


まだ、騎士団は救われていない。


だが、初めて道が見えた。


◇


一か月後。


商会への聞き取りで、新街道への需要は十分にあるとわかった。


土木業者からも、騎士団が安全を確保するなら参加したいと申し出が相次いだ。


工兵隊の調査でも、地形に大きな問題はなかった。


建設費と維持費の見積もりがまとまり、財務大臣の審査も通った。


そして、父上から正式な裁可が下りた。


「第三騎士団の解散命令を撤回し、王国開拓騎士団へ再編する」


私は五百人の将兵を訓練場に集めた。


「諸君! 我々は解散しない!」


歓声が爆発した。


「これからは王国開拓騎士団として、魔物が原因で進まなかった公共事業を支援する! 最初の任務は新街道の建設だ!」


工兵隊から声が上がった。


「団長! また工事ができるのですね!」


「ああ! 今度は民間の職人たちと一緒に、何十年も残るものを造るぞ!」


戦闘隊も叫んだ。


「魔物の討伐は我々にお任せください!」


私は笑った。


「それから、再就職先を紹介した八十七名については、本人の希望を確認する! 新しい職場へ進みたい者は、胸を張って送り出そう!」


将兵たちがうなずいた。


「残る者たちは、私と一緒に王国中を駆け回ってもらうぞ!」


「おおおおおおっ!」


歓声が訓練場に響き渡った。


◇


新街道の建設が始まった。


戦闘隊が魔物を掃討し、偵察隊が安全を確認する。


工兵隊が先頭に立ち、その後ろから民間の土木業者と大勢の作業員が続いた。


補給隊が資材を運び込み、職人たちが道路を広げ、橋を架けていく。


ある日、私は建設中の橋を視察していた。


「殿下! あと二時間で架設完了です!」


工兵隊長が報告してきた。


そのとき。


「団長! 東の森から魔物の群れです!」


伝令が駆け込んできた。


「数は?」


「およそ二百!」


民間の工事監督が顔色を変えた。


「二百!? 作業員を避難させなければ!」


私はアルベルトを見た。


「第三戦闘隊で対応できるか?」


「十分です」


「では頼む」


「了解!」


アルベルトは騎士たちを率いていった。


工事監督が呆然と私を見た。


「……殿下? 二百匹ですよ?」


「ああ」


「工事を中断しなくて、よろしいので?」


「魔物は我々が食い止める。工事現場まで近づけさせん」


私は工兵隊長に尋ねた。


「橋の進捗は?」


「あと二時間です!」


「よし。予定どおり続行!」


工兵隊長が笑った。


「昔を思い出しますね」


「そうだな。あの頃は橋を架けた翌日に、敵に壊されたこともあった」


「今回は壊されませんよ」


「当然だ」


私は建設中の橋を見上げた。


「今度の橋は、ずっと残すために造るのだから」


工事監督は、しばらく私たちを見つめていた。


やがて、大きく息を吐いた。


「……わかりました。皆! 工事を続けるぞ!」


作業員たちが再び動き始める。


しばらくして、遠くから歓声が聞こえた。


「掃討完了ーっ!」


工事現場にも歓声が広がった。


「すげえ! 本当に二百匹を倒しちまった!」


「これなら安心して働けるぞ!」


私は思わず笑ってしまった。


魔王軍との戦争では、敵を倒すことが目的だった。


今は違う。


私たちが魔物を倒すと、道路が延びる。


橋が架かる。


人々の暮らしが、少しずつ便利になる。


……これは、なかなか楽しい仕事ではないか。


◇


工事が進むにつれて、街道沿いに人が集まり始めた。


作業員のための食堂ができ、資材を扱う商人が増え、宿場の建設も始まった。


「殿下! うちの職人たちは、半年先まで仕事が決まりました!」


民間の工事監督が、うれしそうに報告してきた。


「しかも街道が完成すれば、今度は沿道の倉庫や住宅の建設が始まります!」


「それは忙しくなるな」


「ええ! こんなに忙しいのは久しぶりですよ!」


私は笑った。


最初は、五百人の仲間を救いたかった。


それが今では、何千人もの人々がこの事業で働いている。


私たちの仕事は、思っていたよりずっと大きなものになっていた。


◇


建設開始から一年。


ついに、王都と西部地方を結ぶ新街道が完成した。


開通式には、国王陛下もお越しになった。


街道の入口には、王国開拓騎士団の将兵たちが整列している。


その周囲には、工事に携わった職人や労働者、商人、近隣の住民たちが集まっていた。


父上が演壇に立つ。


「諸君!」


広場が静まり返った。


「今日、王都と西部地方を結ぶ新たな街道が完成した! 長年、魔物に阻まれてきたこの道を切り開いた、すべての者に感謝する!」


工事関係者たちから、大きな拍手が起こった。


父上は、民間の職人や労働者たちに向かって深くうなずいた。


「工兵たちと力を合わせ、道を築いた職人諸君! 資材を運び、工事を支えた者たち! 皆の働きが、この街道を完成させたのだ!」


歓声が上がる。


そして父上は、私たちの方を向いた。


「王国開拓騎士団の諸君!」


私は背筋を伸ばした。


「諸君は十年にわたり、魔王軍の脅威から我らを守り抜いてくれた。その忠勇を、私は決して忘れぬ!」


父上は新街道へ目を向けた。


「そして今日、諸君は再び王国に大きな功績を残した! 誰も通れなかった土地に道を造り、人々の暮らしを結んでくれたのだ!」


父上は将兵たちを見渡した。


「魔王軍から我らを守り抜いた、王国の剣たちよ!」


その声が、広場に響き渡った。


「次はその剣で、王国の未来を切り開いてくれ!」


大歓声が上がった。


私は、思わず目頭が熱くなった。


一年前、父上から解散を命じられた。


その父上が今、私たちに新しい使命を託してくださっている。


やがて、最初の商隊が新街道へ進み始めた。


数十台の荷馬車が、歓声の中を進んでいく。


私はその光景を見つめながら、アルベルトに尋ねた。


「……次の仕事は決まっているのか?」


「もちろんです。東部の河川改修、北部の鉱山道路、南部の橋梁建設。依頼が山ほど届いております」


「……そうか」


私は思わず笑ってしまった。


一年前は、五百人の仕事を探して王国中を歩き回っていた。


それなのに、今では王国中から仕事が集まっている。


「ずいぶん忙しくなりそうだな」


アルベルトが、にやりと笑った。


「団長。どうやら我々、当分失業できそうにありませんね」


私は声を上げて笑った。


「まったくだ!」

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